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  4月27日 朝の速歩をしていていつも気になっていたのが、近所の空き地で見かけるこの木。所々樹皮がはげ落ちる木肌はの模様は山でよく見かけるリョウブに似ているが、感覚的にちょっと違う気がする。落葉樹なので冬の間は葉がなく同定を留保していたのだが、ようやく若葉が出てきたので、早速一枚いただいてきた。鋭い鋸歯(葉っぱのふちのギザギザ)が目立つ。 

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 で、めでたく同定! これはカリンでした。葉と一緒にピンクの花がつき始めていた。梨のような果実はそのままでは食べられないが、果実酒などで使用されることはご存知の通りだ。ボケの仲間でそのボケと同様、元々は中国から観賞用に移入された植物とのこと。この空き地に生えているのも、だれかが植えたものか。ともあれ、カリンとわかったからには、実がなる時期を見逃さないようにしようと思う。

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 これは庭木の葉。自慢じゃないが、自分の家の庭に生えている木の名前もロクに知らない段階からのスタートなのだ。で、それも同定しているのだが、これはイヌマキ。調べてみたら、玄関と庭に1本ずつ生えていた。

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 森林インストラクター受験準備のテキストにクラフトのコーナーがあって、そこにイヌマキの手裏剣が紹介されていたことを思い出し、自作してみたのがこれ。よく見て比べてみるとイヌマキの葉にもいろいろあって、同じ長さ、同じ形の葉を選ぶのが、かっこ良く作るこつだ。

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 次いで同定した庭木がナンテン。この木は三点三出複葉という珍しい葉の形が際立った特徴だ。先に書いた羽状複葉と同様、一枚一枚の小さな葉ではなく、複葉の構造全体で一枚の葉になっているのだが、ナンテンの葉は、枝から一段階葉柄を出し、その葉柄からまた一段枝分かれし、さらに一段三枚の葉を出す形になっていて、これを三点三出複葉という。一枚の複葉は50cmほどもあってフレームに入りきらないので、上半分位をちぎってきたのが上の写真だ。
 ついでだが、ナンテンは難を転じるということで庭木に好んで植えられたという。

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 これは、自宅の車庫から対面の山を撮ったもの。モコモコと白く盛り上がっているのはおそらくスダジイだと思うのだが、どうしたわけかシイ類は森の端っこではなく、中の方に繁茂する傾向が強く、なかなか簡単には接近できない。もしかするとスダジイではなく西日本独特のツブラジイの可能性もあるので、花が咲いているうちに確認したいと思っているのだが、そんな時間が取れるかなあ。
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 (以下は植物観察記1の訂正がテーマですので、1を先にお読みくださるようお願いします。)

  4月25日、昨日書いた記事に考え違いがあったことが判ったので、それを訂正するとともに、新たに学んだことを補足したい。まず、アカメガシワという種名の語源について、「アカメ」は赤い芽が付くからで間違いないが、それに続く「ガシワ」はカシワの葉に似るからと書いたのが間違い。「カシワ」という言葉自体にふか~い意味があることがわかった。

 種名の「カシワ」は、食物を盛る容器として用いられた葉を炊葉つまり「かしきは」又は「かしぐは」と呼んだのが語源らしい。蛇足ながら念のため炊飯の「炊」の字は訓読みで「炊(かし)ぐ」と読む。やがて「かしわ」は食物を盛る容器の代名詞になり、さらに広く食膳や調理のことを意味するようになって、やがては宮中で調理を担当する人々のことを「膳」または「膳夫」と表記して「かしわで」と呼ぶようになったという。へえ~っと思って漢和辞典を引いてみると、確かに「膳」に「かしわ」の読みが載っていた。カシワは食器であり膳だったのだ。

 一方、「カシワ」を「柏」と漢字表記するのは現在から比較的近い時点での誤用が定着したもので、本来「柏」は松を除く針葉樹全般を指す文字であり、戦前の植物分類ではイチイ科からヒノキ科までの針葉樹をまとめて「松柏(ショウハク)綱」と呼んでいた。それからさらについでの話、特に名古屋以西で鶏肉のことを「カシワ」と呼ぶが、これは地鶏の色がカシワの紅葉に似るからだそうだ。なるほど、赤茶色に染まるカシワの紅葉名古屋コーチンの色に、似て、・・いるかなあ~。 さて、話を元に戻して結論、アカメガシワは「赤い芽が着く膳(かしわ)つまり食器」の意味だった!

 名前はこれでいいとして、さらにアカメガシワについて補足。下の写真のように、アカメガシワは肥大成長(幹を太らせること)よりもっぱら伸長成長(丈を伸ばすこと)を優先して、とにかく急速に上に伸びる。しかも葉はその頂点に集中して付く。これらはいずれも、一刻も早く太陽光を受けるのに有利な位置を占め、他の植物との競争に打ち勝つための先駆樹種ならではの生存戦略なのだが、これに関連してもうひとつ面白いことがある。

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 下の写真は、わかりやすいように赤い頂芽を取り除いたアカメガシワを、真上から撮影したものだ。それでもちょっと見づらいと思うが、葉が上から螺旋階段状に付いていることに気づいて欲しい。これは現に何本も確かめてみたから間違いないと思うが、この螺旋階段状に付いた葉は例外なく6枚目で2周した元の位置に戻るようになっている。

 螺旋階段は6枚目で2回転つまり720度回転しているワケなので、1枚目の葉の付け根から6枚目の葉の付け根までにある5つの間は、それぞれ平均144度の角度でもって付いている勘定になる。もちろん人間が作った機械じゃないから厳密に正確ではないが、よく観察してみると、なるほど上の葉とその次の葉の付け根はこの角度に近い状態で並んでいることが判る。

 で、ここが肝心なところなのだが、多くの枝を張ってたくさん葉を出すエネルギーを節約し、その分を急速に背を伸ばすことに集中投入した結果として、上部に葉を密集させるしかなくなった状態でも、葉の形状と葉の大きさとこの展開角度とが3点セットになって、その少ない葉で太陽光線を最も効率的に受け止めることが出来る構造をなしているのだ。上から見た写真で、葉が重ならずに展開していることを確認してもらえば、そのことが良く理解できるだろう。ん~、植物の生存戦略ってやっぱり凄い!

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 あらためてアカメガシワの若葉。よくよく見てみると、葉脈が美しい。

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 さて、こちらは昨日ヤマハゼと書いたもの。今朝、木に飛びついて葉っぱを引きちぎり確認したら、あると思っていた毛がなかった。・・ということで、昨日の同定は間違いで正解はハゼノキでした。 アカメガシワといいヤマハゼといい・・ まあ、まだ勉強を始めて2ヵ月の初心者なのでなにとぞご容赦。m(_ _)m  ハゼノキはモミジと並び西日本の紅葉の主役だが、擁壁を崩されたら困るし、秋まで置いておくことは出来ないなあ… 

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  4月24日、森林インストラクターの受験勉強で、付け焼き刃ながら植物について多少は知識も増えたので、近くの植物を片端から同定し、デジカメに撮ってこのブログに掲載していこうと思う。まずは先日このブログで紹介したお隣の分譲住宅造成地から。

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 これは、今年伐採の手を入れて間もない造成地。放置するとすぐに植物が繁茂するので、ときどき年配のおじさんがホンダHR-Vに乗ってやってきて、チェーンソーの音もけたたましく立ち木や草をきれいに刈り取ってくれる。話をしてみると、雇われて賃仕事で…というのではなく、ある会社の持ち物である宅地を、リタイヤしたその会社の役員さんが暇つぶしに運動も兼ねてのんびり楽しんでいるといった風情だ。ついでながら、おじさんの作業用の車種まで判るのはコジローが前に乗っていた車と同じだからで、特に車に詳しいわけではない。

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 一方、こちらは去年オジサンがきれいに伐採した造成地だ。隣同士だがたった一年でここまで繁茂する。「後は野となれ山となれ」などと無責任な仕業を指していうけれど、植林などしなくても伐採後が勝手に野原や山林になるって、日本は本当に気候と土壌に恵まれた風土だと思う。ともあれ、足の踏み場もない状態だ。

 自然現象や人為による森林など生態系に対する物理的な破壊を「撹乱」という。また、生態系が時間の経過とともに新たな段階に発展してゆくことを「遷移」といい、噴火後の溶岩台地や新島など生態系の痕跡がないところから始まる遷移を「一次遷移」と、また前の生態系の痕跡が土壌中の種子などの形で遺存しているところで始まる遷移を「二次遷移」という。この造成地のように、人為的な伐採という撹乱の後で生態系が再び回復に向かって進み始めるのは二次遷移の典型的な形だ。せっかくだから、この小自然の遷移の過程を観察してみたい。

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 今年伐採したキリの株、で、これぞ「キリ株」・・・って、いうのかどうか知らないけれど、ともあれここまで伐っても、去年伐った株からしぶとく復活してくるのが次の写真。
 
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 このように、撹乱後にいち早く進出してくる木本を「先駆樹種」(パイオニアプランツ)という。明るいところで良く育つ「陽樹」で貧栄養の土壌でも成育でき、しかも他の植物との競争に打ち勝って急速に伸張(背を伸ばす)するのが共通する特徴だ。キリも「風散布」といって翼を持つ種子を広範にばらまいて分布を広げる先駆樹種のひとつで、「娘が産まれてから植えたキリで嫁入り道具の和箪笥が出来る」といわれるほど成長が早い。しかも、この写真のように種からではなく切り株から新しい枝を伸ばすのだからなおさら早い。ちなみに、このように切り株から新しい枝を伸ばすことを「萌芽更新」という。

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 萌芽更新、近づいてとくと視れば、一種グロテスクなほどだ。生命力のすごさをひしひしと感じさせられる。ついでながら、右後方に見えているのがコジロー家の車庫と玄関前の石畳です。

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 萌芽更新したキリの新しい葉。表面に毛が密生しており、ザラザラとした質感がある。雑草かと思っていたらみるみるうちに背が伸びて巨大な葉をつけ、「これは何だ?」とご近所の話題になるのは、実生(みしょう=種から生えること)で産まれたばかりのキリの幼樹であることが多い。この写真の葉は萌芽更新のため、それほどの大きさはない。縦の長さが20cmくらいだ。

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 擁壁の隙間からも先駆樹種が次々に顔を出している。これらもほとんどは、去年植木ばさみでバッサリ伐った株からの萌芽更新である。伐っても伐っても出てきて「賽の河原の石積み」って感じがしなくもないが、だからといって成長するのを放置していたら、やがて擁壁は壊されてしまうだろう。植物の生命力はかくもすさまじい。

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 そのなかのひとつがこのアカメガシワ。枝先端の新芽が鮮紅色になるのが何よりの識別ポイントで、この季節なら他の樹種と間違うことはない。万葉時代には久木(ヒサギ)といったらしい。ゴサイハともサイモリバとも呼ばれたというが、葉に食物を載せて食べたり、神様への供え物の下に敷いたとのことから、これは恐らく「御菜葉」「菜盛葉」と書くのだろうと思う(あくまでコジローの推理)。・・・で、ホントに敷いたら一体どんな味がするんだろう。葉はふんだんにあるから、今夜にでも試してみよう。

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 そのアカメガシワの葉。赤い新芽が付き、葉がカシワの葉に似るからアカメガシワと名付けられたのだろうが、カシワの葉は柏餅でご存じの通り葉の縁(ふち)が波打つ形で、この姿とはかなり違う。しかも、分裂葉(縁に切れ込みがある葉、モミジが典型的)である点は共通するが、実を言うとこの写真に撮った分裂葉は探さなければ見つからないほど少なくて、ほとんどが不分裂葉だった。幼樹のときは分裂葉だったものが、成熟するにつれて不分裂の葉をつけるようになる例は、カクレミノなど他の樹種でも結構多いから、この萌芽更新個体もそうなのかもしれない。植物だって年の功を重ねればカドが取れてくるってわけだ。人間たるワタクシもそうありたい・・が、いつまでも邪念と煩悩が…(^_^;)

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 こちらはクサギ。名前の由来は葉をちぎると臭い木だからで、なんともわかりやすいネーミングだが、もうちょっとマシな名前をつけてやればいいのにぃ。そういえば、イヌノフグリとかヘクソカズラとか、気の毒な名前の植物は結構ある。ともあれ、そこで実際にちぎってみると、なんというか、ピーナッツの発酵しかけ・・って、そんなの実際に体験したことは無いんだけれど、まあ、そんな感じの臭いがする。特に顔を背けるほどの悪臭ではないと思うけどなあ…

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 これがそのクサギの若葉、長さが15cmくらい。

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 これは、恐らくヤマハゼ。「恐らく」というのは、高いところにあって今朝は葉が採取できなかったので、確実に同定できないためだ。間違うとすれば、大昔にロウを採取する目的で中国から移入されて野生化したハゼノキだが、下から見上げた葉の形からどちらかというとヤマハゼじゃないかと・・ 葉に毛があればヤマハゼと断定できるので、近いうちに脚立で登って採取しようと思っている。

 ついでだけれど、このように小さな葉が葉柄の両側に並んで鳥の羽のようになっているものを「羽状複葉」といい、実はその羽全体が1枚の葉になる。落葉するときはこの羽状複葉単位で落ちるからだ。なお、羽状複葉を構成する1枚1枚の小さな葉は「小葉」という。先端に1枚の小葉がつくものを「奇数羽状複葉」、つかないものを「偶数羽状複葉」というが、これはもちろん小葉の数からのネーミング。羽状複葉はウルシ科やマメ科の植物などで多く見られる。
  4月20日、登山専門旅行社の公募ツアーで大分県湯布院町の由布岳に登る。先週末に続き2週連続の九州だ。前日19日の夕刻に大阪南港フェリーターミナルに集合し、「さんふらわー」に乗船。22人の参加者に男性のリーダーと女性のサブリーダー2人がつく総勢25人の体制。男性はコジローのような単独行がほとんどで、ペアが2組ばかりいたかな。一方、女性はみるからに勇猛そうな単独行の方も見かけたが、やはり2人連れ3人連れの小グループが多いので、パーティーは圧倒的に女性優位の構成だ。

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 別府観光港で8時前に下船し、貸し切りバスに乗り換えて湯布院町の正面登山口へ向かう。身支度を調え、女性サブリーダーのかけ声で念入りにストレッチをしたあと、8時40分から歩き始めた。写真は正面登山口に掲げられた大看板。

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 キスミレが咲く山麓の草原を抜けるとイヌシデやクヌギが目立つ疎林の登りとなる。常緑の高木はアカマツくらいしかなく、全体に葉が落ちていて明るい林床にはスミレの仲間が多い。やがて高木層が途切れるとアセビが優先する灌木帯となり、ぐっと展望が開ける。写真はそんなあたりから見上げた頂上方面だが、遠くまで視界が利いて見通せたのはこれが最後だった。

 そうそう、どんより曇る中、ドーンドーンと間欠的に空気を震わせる大きな音が聞こえるのは、てっきり落雷と思っていたのだが、いつまでたっても遠ざからないので不審に思ってリーダーに尋ねたら、湯布院にある自衛隊の基地で訓練のために撃つ空砲の音だそうだ。まあ、なんとも興ざめなこと。(^_^;)

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 ゴロタ石の急坂を登り詰めると双耳峰である由布岳の東西両ピーク間の鞍部であるマタエに着く。10時50分だった。

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 マタエから進行方向の西峰方面を望むが、上部はガスって見えない。4月とは思えないほど気温が下がっているうえ、風も強くなってきて非常に寒い。あわててリュックからダウンと手袋を取り出し、装着して登りに備えた。

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 マタエから西峰へはいきなりの岩登りになる。ホールドはしっかりしているので岩登りの素養があれば問題ないが、壁は結構切り立っていて、高度感もかなりありそうな感じだ。・・・ここで「感じ」というのは、ガスでな~んも見えず、景色に感動することも、高度感で背筋がひんやりすることも無かったから。ともあれ、岩登りで一気に高度を稼ぐと西峰に着く。11時20分。ここでついに雨が降り出した。弁当を食べる予定だったが、吹きっさらしでとにかく寒くて仕方がないので、全員大急ぎで合羽を着用し、東峰へと続く「お鉢巡りコース」に入る。

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 西峰からしばらくは危なっかしい大下り。さらに最低鞍部に達して東峰への登りにかかるが、この辺りがこのコースで最も厳しい岩登りだ。これがあるため、旅行会社では由布岳コースを「上級」扱いとして参加資格を設け、初心者の参加を制限している。写真は最低暗部から連続する難所をおおかた過ぎた東峰直下にあった標識。「難コース」の表示は決して脅しではない。この付近は風が弱いので、東峰に登る前に大急ぎで昼食を腹にかき込んだ。

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 で、そこからもうしばらくの岩登りと痩せ尾根のトラバースを終え、全員無事、東峰に登頂。やはりな~んも見えないしとにかく寒い! なもんで、こんなところに長居は無用だからさっさと下山。マタエに戻ってから登ったコースを足早に下り、14時30分に登山口にたどり着いた。所要時間は5時間50分。湯布院の日帰り温泉につかって汗を流し、着替えてサッパリしてからバスを港付近のスーパーに横付けして、全員ゾロゾロ夕降りて夕食の買い出し。レジ袋をぶら下げて予定通りサンフラワーに乗船し21日朝大阪南港フェリーターミナル帰港、停めてあった自家用車で無事帰和した。

 結構ハードな岩登りもある「お鉢巡り」コースは非常に面白いが、優美さで名高い双耳峰の姿は結局一度も拝めずに終わってしまった。お鉢めぐりは終始ミヤマキリシマの大群落の中だったがもちろんまだ咲いてはいなかったし、また宿題が増えた気がする。
  4月19日 朝6時に『ニューフォレスターガイド』読了。フォレスターは林業家や林業技術者のこと。それに「ニュー」を冠したのはようするにその卵ということで、要するに林業の素人向けのちょっと凝った入門書といったところだ。

 たしかに門外漢には学ぶことの多い充実したテキストだったが、林業経営とか企業会計とか、さらにはいかにして売るかとかの話になると、そんなことに手を出す気は毛頭無い身には退屈で… でもまあ、これから先、林家の方とお付き合いするのに知っておいて損はない話だと思って、睡魔と闘いながら読み進んだ。

 それを終えて、朝の雑事を済ませてから庭の芝生の植え替え。やはり日当たりが悪いんだろうな、昨年の今頃、知り合いの庭師に頼んで植えてもらった芝の成長が芳しくないので、自力で植え足すことにした。雑草をむしり取り、芝が活着していない部分の土を起こし、タップリ灌水してから、昨日購入してきた芝を貼り付けてゆく。

 その後、ローンスパイクで、新しい芝にも古い芝にも10センチ間隔で縦横に穴を開け、さらにその穴に丁寧に「芝の目土」と呼ばれる肥料入りの砂を入れてゆく。穴を開けるのは土壌中の気相を増やすとともに切って活性化した根に養分を効率よく吸収させるためだそうだ。初めてやることなので、聞きかじったことを書いているだけなんだけど… かくして再びタップリ灌水して作業は終了。もっと大変かと思ったが、案外早く済んだ。活着してくれるといいが。

 外に出たので、ついでに昨秋に伐採と草刈りが入り裸地化したの空き地で元気に伸び出した先駆性樹種(パイオニアプランツ)の同定。まず、昨年伐採した根株から萌芽更新しているのはキリ、これはすぐに判る。シュートが伸びてその先端に赤い葉を付けているのはアカメガシワ、そして同じくシュートの先の葉をちぎるとピーナッツのような匂いがするのがクサギだ。

 ちなみに、アカメガシワとクサギは、ヌルデとあわせて、パイオニアプランツ(二次遷移の最初に侵入する植物)の御三家と呼ばれるほどの先駆性樹種。うち2種がこんなに簡単に見つかるのは、さすが御三家と言うべきか。ともあれ、つつがなく同定できて嬉しかった。

 さて、明日は由布岳登山。もう1年近く前に予約していた登山専門の旅行社が企画する公募ツアーで、日帰りコースに行き帰りともフェリー泊の弾丸登山。しんどそうだが、ちょっとワクワクもしている。
 一週間ぶりの更新になる。先週は仕事が多忙だったうえに、金曜日から昨日まで九州へ出かけていて書く時間がなかった。その九州行脚の目的は全国環境ボランティアリーダー会という団体の年次総会出席だが、それもさりながら、八丁原地熱発電所やタデ原湿原等の見学というサブイベントも実に魅力的だったので、なんとか日程を調整して出かけた。

 といった次第だから、ここは一発、その模様をリアルタイムでブログに載せようとi Mac Airも持参したんだけれど、日程は早朝から夜までギュウギュウに詰まっているし、ブログ更新の時間に充てようと思っていた夕食後はもう、なんつうか、二晩とも懇親をしっかり深めつついつしか意識混濁のうえ沈没して、ハッと気がついたらもう朝。(^_^;) 結局i Macはただの1回も立ち上げずじまい。その運搬で重い目をしただけに終わった。

 総会の会場は大分県玖珠郡九重町。同団体と関係が深いセブンイレブン記念財団が運営する九重ふるさと自然学校が立地していることから、一度みんなでいってみようということになって実現した。九重の四季は山焼き後草原が黒く染まる春から、草木の緑に萌える夏、草紅葉の赤が鮮やかな秋、そして白い雪に覆われた冬へと巡るが、いまは「黒い春」で草原は焼け焦げて真っ黒。しかし、つぶさに観察するとハルリンドウやキスミレ、それにショウジョウバカマなどが素早く花を開いていて、焼け跡の中にも燃え上がるような生命の息吹を感じる。

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 タデ原湿原から望む九重火山群。湿原は火入れからまだ日が浅く真っ黒だが、このように見える期間は短く、間もなく湿性の草本が旺盛に繁茂して湿原を覆い尽す。

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 キスミレ ヤマ屋には高山植物のミヤマキスミレやオオバキスミレなどがなじみ深いがこちらが本家(?)のキスミレだ。本来草原性のスミレであり、燃料革命・肥料革命以後、雑木林などに人手が入らなくなって半ば草原化していた疎林が森に戻るにつれ激減、いまや絶滅危惧種に指定されているが、九重では伝統的な山焼きが遷移(草原から森林への移行)を食い止めて草原を維持していることで生き残った。今回は目撃できなかったが、同様の絶滅危惧種サクラソウも生えるという。 

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 見学した九州電力八丁原地熱発電所。出力5万5000kw/hの発電機を二基装備したうえ、さらに写真奥の斜面中腹(見えないかなあ…)に2000kwのバイナリー発電所を併設しており、計11万2000kwの総出力は地熱発電所で日本最大だ。写真は地熱発電部の冷却塔。バイナリー発電は火力、地熱、原子力など通常の気力発電(高温高圧の水蒸気でタービンを回す発電方式)で使用する水よりはるかに沸点が低い熱媒体を使用することにより、比較的低温の水蒸気でも使えるようにした発電方式。八丁原ではペンタン(沸点36℃)が使用されている。
 
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 2日目に宿泊した九重観光ホテルの敷地内に立つ九重地熱発電所。定格出力は1500kwだが、国立公園法との関係があって1000kw/hに発電量を制御しているそうだ。井戸の深さは350mと450mの2本で、深さ2500m程度の井戸を30本使う八丁原に比べれば格段に小さく、取り出す蒸気の温度も低い。そういわれてみれば、素人目にもわりと素朴なシステムなのだが、それにしてもホテルが地熱発電所を持ってるなんて、すごい! ちなみに九重町のエネルギー自給率は1100%だそうだ。

 さて、受験勉強の方は、今朝、4時からテキストの林業中チャプター3の演習を終えて、林業の科目は一段落だ。次いで3科目目の「森林内の野外活動」に進もうかとも思ったが、それより先に『ニューフォレスターガイド』を読むことにした。しばらくは、林業について集中的に知識を身につけようと思う。
  4月8日、今日から新学期、子どもや学生たちには新しい学年の朝だ。それにふさわしい快晴で、このところの暖かさから急転してやや冷え込んだが、今朝も4時から始めた受験勉強をいったん中断して、いつものコースで裏山に駆け上がる。

 歩き慣れたのか、昨日あたりから以前の早朝ランニングの調子がやや復活してきたのでペースを上げ、26分44秒で帰宅。これは裏山速歩を始めてからの新記録だ。が、こうした持久力系の有酸素運動は25分以上続けないと運動効果が薄いと聞く。とすると、実質的な運動時間、2分足らずってことになるのかな。もう少し、歩く距離を延ばすかなあ…

 2週間分頂いた薬が切れるので、出勤前に整形外科に立ち寄る。例によってそこそこ混んでいるが、自分より少し年下と思われる小柄で気さくな医師が、短い足を駆使して二つの診察室を忙しく行き来しながらの診察は気持ちいいほどテキパキと素早く、ひとり3分もかからないのでそれほど待つこともない。

 右肩の調子は相変わらずで、薬の効果が切れればたちまち痛みが増す状態だが、首や肩を押した医師から「柔軟性は回復してきていますよ」とのご託宣を押し頂き、隣の調剤薬局でまた2週間分の薬をもらって帰る。処方されるのは筋肉を柔らかくする薬と痛み止め、胃薬、それに貼り薬だ。これらの薬とは当分、縁が切れないんだろうなあ。

 さて、たまたま見かけた朝のNHKテレビ、ニュースの冒頭は布川玲子元大学教授が情報公開請求して入手した米政府解禁文書の話題だった。1959年7月31日に米国駐日大使が本国の国務長官に送った報告文書で、日本の最高裁田中耕太郎裁判長が、「米軍の日本駐留は憲法違反」とした砂川事件東京地裁判決(いわゆる伊達判決)の跳躍上告審として開かれた最高裁での判決を、判事の全員一致での原判決破棄つまり米軍の駐留は合憲という方向でまとめることを、駐日大使を通じて事前に米国政府関係者に報告していたという内容だ。

 これは驚天動地の事態ではないか。そもそも「評議の秘密」は裁判官として絶対のルールであり、判決を言い渡す瞬間まで秘匿することが厳重に義務づけられている。にもかかわらず当時の司法トップが、その情報を直接の利害関係者、それもあろうことか外国の為政者に事細かに提供していた。司法の独立もクソもあったものではない。これは当時の日本が、米国との関係において独立などとはほど遠い、奴隷的な被占領国の地位にあったことを雄弁に物語っている。そしてそうした関係は、この最高裁判決後に調印された日米安保条約としてこの国の形となり、今に至る米国による軍事的半占領状態に繋がっているのだ。

 これは確かにトップで報じるに値する大ニュースではないだろうか。NHKの取り扱いはもちろん妥当だ。だが、驚くべきことに8日の朝日はこれをたったの1行も報じていない。他紙は確認していないが、朝日は夕刊でもこれを追わなかった。意図して外したのか、それともニュース価値なしとして報じなかったのか。いずれか知らないが、いずれにしたって報道機関失格だ。なお、赤旗はこのニュースを「米軍駐留を憲法9条違反とした砂川伊達判決が安保改定を遅らせた」として、別の観点から1面トップで報じている。日本の司法が米国米軍と通じていたことは、すでに過去の資料から知られていたということで、このような観点での扱いになったようだ。

 自民党や維新の会など、現憲法を敵視し改憲を声高に叫ぶ勢力が国会の圧倒的多数を占めており、憲法特に9条はいまや風前の灯だ。だが、この半世紀前の事件が現代に投影するのは、この憲法が米国と米軍、そしてそれに魂を売った売国勢力や軍国主義者にとり、どれほど邪魔になる存在であるかという事実である。猛々しく憲法改正や破棄を叫ぶ面々がまとう愛国主義の仮面の下には、自らの地位の安泰のために民族の利益を裏切って外国に主権を差し出そうとする、卑しい奴隷根性が隠されていることを、見逃してはならない。

  4月7日、4時に起床して少し勉強した後、例によって裏山速歩。4時に起きた時点ではまだ降っていたが、6時前には上がったので歩き始める。昨夜来の雨で大気が綺麗に洗われチリも一掃したのだろう、紀淡海峡を隔てて淡路島がいつになくくっきりと見える。その淡路の上空、西の空には綺麗な青空が見えていた。山頂の桜はまだ残っていた。気温が低く経過したせいかもしれないが、なかなかよく頑張っているな…と、機嫌良く歩いていたら額にポツリ、いつも通りのコースを歩くうちにだんだん雨脚は強くなり、家に帰り着く頃には本降りとなってしっかり濡れた。所要時間28分29秒。

 今日は日本勤労者山岳連盟近畿ブロックの搬出訓練。近畿の各府県連盟が持ち回りで開いており、今年は和歌山県連盟の番ということでお付き合いに加えお手伝いもあって、会場設営の段階から参加した。参加者は地元和歌山を中心に近畿一円から130人。午前中は三角巾なども使った応急手当と搬出の講習、午後は実地での搬出訓練だ。三角巾の使い方では、今回ようやく正しい折り方が理解できた(^_^;)。 というか、考えてみれば、これまであまり真剣に聴いていなかった気がする。

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 ダミー人形の頭からトマトジュースを流して出血量のイメージを掴む。血液は体重の8%を占めており、その3分の1が失われると生命が危ない。体重60kgの人なら血液は4.8kg、その3分の1は1.6kg、だいたい1600cc。ダミーに流したトマトジュースは400cc、この4倍の出血になれば本格的にヤバいということだ。

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 登攀で使用するパワーロープの強度を測ってみる。写真で繋いでいるのは直径4mmの登山用シュリンゲ(細引き)。公示されている静的引張強度は330kgだが、結び目では強度はその6割に落ちると聞いてきた。これをセットし、両側20人ずつ計40人が引っ張ったところ、静的張力が216kgに達したところで結び目から切断した。見事にと言うべきか聞かされてきたとおりの数値だ。
 次いで、コーナンで購入した4mmロープの強度を同じシステムで試してみたところ、たった118kg、しかも結び目でなくロープの中央で簡単に破断した。118kgの荷重なんて、体重60kgの人が3m墜落すれば楽に超えてしまう。やはり、登攀には専用のロープを使わなくてはいけないことが改めてよくわかった。

 さて、受験勉強は林業の第2章のノートが終了。明日は演習だ。無味乾燥なテキストは早々にやっつけて、早く林業の資料本を熟読したいと思う。
2013.04.06 強風警報の朝
  4月6日、森林インストラクターをめざそうと受験勉強を始めて1ヶ月が経過、当初の意気込みも落ち着くというかそろそろ気が緩む頃だし、早起きが続いたせいもあるし、とどめに春眠暁を覚えずの時候とあって、昨日は午後からやたらに眠く、泉佐野に母を見舞いに行く往復でも気を抜けば居眠り運転になりそうでヤバかった。

 こんなときは睡魔に抵抗して勉強したところで能率が上がるはずもないので、あっさり早寝だ。で、久しぶりにたっぷり7時間以上熟睡して4時に起床。今日は弁当を作る必要がないのでゆっくり6時半までかけてテキストを再度読み込み、林業1の演習問題を解いた。林業は森林に比べれば地味な科目だがなんでも勉強はしてみるもので、人工乾燥ひとつとっても、結構深い意味があることがわかったのはこの単元での大きな収穫。これは昨日、バイオマス発電をめざす協議会の今年の方針を巡る議論で早速応用することができた。

 演習を終えて6時半から日課の裏山散歩。今日は午後から台風並みの大荒れの天気が予想されている。その前触れか、空は厚い雲に覆われ風も強い。今年の桜はこれが見納めになるだろうと思いながら、少し時間をかけて名残の桜を見て回った。ソメイヨシノにもはや若葉が芽吹き、枝を揺するとたちまち花吹雪となって残った花が散る。風もちょうど良いタイミングかもしれない。

 桜を眺めながら歩を進めてふと気づくと、足下にはシャガの白い花が群生していた。シャガが属するアヤメ科はすべてマルハナバチ媒花で、ポリネーターつまり送粉者をマルハナバチのみに特化して進化してきており、その受粉戦略とも呼ぶべき巧妙な受粉システムは、自然の驚異を語る話題に事欠かない。これはしっかり勉強したいところだ。

 いつもはここから帰路に向かうが、今日は時間があるので海岸に降りてみる。そこで、ハマダイコン、オオキバナカタバミ、トベラ、ヒイラギモクセイなどを同定、さらに先に進んで潮騒の小道の入り口から登り返すつもりだったが、ポツリポツリと雨が降り出したのでショートカットして天満宮から山に入って帰宅した。所要時間45分19秒、ちなみに昨日は23分59秒だった。

 さて今日は、紀峰山の会「なでしこ班」で企画していた花見が強風警報で中止になったので、特に決まった用事がない。まだこれからたっぷり時間があるので、林業の第二章の学習をしようと思う。

 
  4月4日、快晴、今朝も4時に起きて勉強の後、しばし裏山散策。自宅から100mばかり坂道を下ったところに登山口があり、そこから200mほど小径を登ると尾根筋の太い登山道に出るのだが、今朝はそこにネコがいて、こちらを確認するやあわてて前方へ走り出した。すると、そのタイミングですかさず、右手の森から「グギッ、グギッ」といったカエルのような声がする。

 声はかなり高いところから発していたので、一瞬、カラスかと思ったのだが、揺れる枝を発見したので目をこらしてみると薄茶色の物体が見える。正体はすぐにわかった、タイワンリスだ。さて、ネコを警戒したのか、それとも対象はこちらか、さきほどの奇声を繰り返しながら、大きな尻尾を立てて素早く枝から枝へと移動したのち、やがて森の奥へと遠ざかっていった。

 この森ではタイワンリスの食痕が残る幹をしばしば見かける。どうやら、同じ木を集中して食害するようで、幹の高いところから根元まで、鋭い歯で樹皮をえぐり取って出来た横縞の食痕が何十本も残っている様は、少々グロテスクだ。つまり、それほど多くのリスがこの森に生息しているということで、数年前になるが、この山の麓の道を歩いていて、その道の右側の枝から左側の枝へ、十数頭のタイワンリスが一斉に頭上を走り抜けてゆくのに遭遇したこともある。

 見かけは愛らしくペットとしてもそこそこ人気があるらしいが、野外に放たれてしまえば既存の生態系にとり脅威となる外来種だ。空気銃や罠などを使って駆除している自治体も多いが、和歌山市は放置しているようだ。さてそのタイワンリス、この小さな森の生態系でどのようなニッチを占めているのだろう。天敵は… 蛙やネズミを食べるトビや蛇は、幼獣なら襲うかもしれないが、成獣は餌にはちょっと大きすぎる気がする。猫はどうかなあ… かなり警戒して鳴いていたから、それだけ気になる存在なのかもしれない。

 などと考えながら帰宅、途中で樹木の葉を採取しているときにストップウオッチをいったん止め、再び歩き出してからリスタートするのを忘れたので時間は判らないが、しばしタイワンリスに気を取られていたことだし、昨日に比べればいくぶん多めにかかったろう。
 あの強風の試練に耐えて、桜はまだ満開近い状態を維持している。この週末の花見でも何とか持ちそうだ。そのほかには、ヤブツバキが派手な大きな花を付けていて目立つ、また山道に接する林縁部には、ビワの幼木が一斉に新しい葉ををつけて林立していた。なるほど、ビワって先駆性の陽樹なんだな。このうち何本が生き残るのだろうか…

 勉強は林業第一章のノート取りがあとわずか、明日は演習問題に取り組めるだろう。昨日買った図鑑は、期待通りに面白いが、掲載されている樹種数に限りがあって樹木を同定するには不向きだ。まあ元々子ども向きの本だしやむを得ないんだけどね。

 
  4月3日、朝4時過ぎから起きて2時間弱、ノートを取って学習したのち、速歩で裏山に登る。雨は上がっているが風が強い。山道には桜の花が散り敷き、まるで雪が降った直後のような風情だ。良いことは長続きしないことをことわざに「月に叢雲(むらくも)花に風」というが、なるほどよくいったもので、桜の盛りに合わせたように毎年、必ずといっていいほど強風の吹く日がある。

 さて、このことわざに関連して思い出すのが、晩唐の詩人「于武陵」(うぶりょう)の「勧酒(酒を勧む)」の結びの句につけた井伏鱒二の名訳だ。こんな時、ネットは本当に便利。浄土真宗のお坊さんのブログから以下のデータを早速いただいてきた。原詩は高校古典の漢文でおなじみの五言絶句。


【以下、引用】

「勧酒(酒を勧む)」(于武陵)

  勧君金屈巵

  満酌不須辞

  花発多風雨

  人生足別離


(書き下し文)

  君に勧む 金屈巵(きんくつし)
  満酌 辞するを須(もち)いず
  花発(ひら)いて風雨多し
  人生 別離足る

※金屈卮:曲がった取っ手の附いた黄金の杯
※足  :満ち足りる。多いということ。

【引用以上】


そして井伏鱒二の名訳である。

  この盃を受けてくれ
  どうぞなみなみつがしておくれ
  花に嵐のたとえもあるぞ
  「さよなら」だけが人生だ

 いうまでもなく「花に嵐のたとえ」は「月に叢雲花に風」を指すのだが、強烈に印象に残るのはそれに続けた「さよならだけが人生だ」という、あまりにきっぱりとして、とりつく島もないような断定の一文だろう。友と親しく杯を交わす「花のとき」に嵐を思い、「人生、別離足る」とうそぶく詩人はいったい何を訴えようとしているのだろうか。原詩にも名訳にも、所詮人生なんて…といった投げやりな空気、敢えていえば厭世観のようなものが濃密に漂うが、それが真意ではあるまい。

 人は出逢い、そしていつか別れる。満開の喜びの時は永遠には続かず、いずれ必ず嵐がやってきて今朝の山道のように路上に吹き散って終わるときが来るのだ。であればこそ、杯を交わすいまこの貴重な瞬間を大切にしようではないか・・・ 唐代の詩人はそう友にも自分にも言い聞かせている気がする。 
人と出逢い、ふれ合い、花の時間を過ごすとき、人はその幸せの価値に気づくことがあまりに少ない。幸せの大きさを知るのはいつも、嵐にはかなく散り別れ、それを失ってしまった後のことなのだ。 再び出逢うことなく時は流れ、後悔はもう及ばない。

 ・・・などと、出会った人、別れた人に思いをめぐらせつつそぞろ歩いた今朝の時間は32分15秒。
 勉強の内容は林業のチャプター1をノートを取り、PCでより詳しい情報をチェックしながらの精読だが、テキストに書いてあること は本当にエッセンス中のエッセンスで、ノートにはほとんど全文を書き写すような感じだ。こんなことならテキストをそのまま覚えればいいだけの話なので、果たしてノートを取る意味があるんだろうか、と、ときどき疑問になったりもする。ま、んなこと考えても仕方ないから、機械的に先に進んじゃうんだけど。

 今日は市役所で午前午後と続けて二人、女性団体の方と待ち合わせて打ち合わせる機会があり、そのダブルデート(?)の合間の時間つぶしで近所の書店をウロウロした。今の勉強に役立つ本はないか、探すともなく探していて、まあ、面白そうな生態学の本も見つけたのだが、それより子ども本のコーナーで目が吸い付けられたのが小学館の『図鑑NEO植物』だった。分厚い表紙を開き中身を一瞥して、これこれ!この内容!これを全部理解し覚えて話せたら十分じゃん!

 で、早速購入。ん~、ずっしり重い。まだ6才か7才だったと思うが子どもの頃、はじめて『恐竜の図鑑』を買ってもらって、最初にページを開いたときの興奮がありありと蘇ってくる感じだった。あの図鑑はボロボロになるまで毎日読んで、隅から隅まで完璧に暗記していたものだ。 あの子どもの時の恐るべき記憶力が今残っていたら、受験勉強もさぞかし楽なんだろうけどなあ・・・

4月1日、前夜は早く床についてすぐ眠りに落ちたが、昼間のクライミングの疲れが残っているせいか、なかなか起きられない。いったん2時に目覚めて起きられず、再び3時に目覚めて起きられず、これではダメだと意を決して起きたときは4時を回っていた。冷水で顔を洗って気合いを入れ、なんとか勉強を始めたが5時半までで限界、再び床に戻って結局6時半までウトウトと惰眠をむさぼってしまった。やはり、相当疲れていたのだと思う。

 そんな蓬莱峡での岩登りの一部始終を、ご一緒したメンバーの一人がヤマレコ(山行のレコード=記録って意味だと思う)にアップしてくださった。 この記事で紹介されている「オモさん」がコジローなのだが、ん~、やっぱ、もう少し痩せんといかんなぁ・・・(^_^;)

 受験勉強は『林業』に突入、あわせて付録の『主要樹種』にも目を通す。朝の学習でテキストの第一節は読了、ここで記憶すべき内容を今日入手した新しいノートに書き写し、演習問題に取り組む段取りだが、今夜も少し呑む機会があり、夜は勉強になりそうもない。そのぶん、明日未明にがんばろうと思う。
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