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 またブログの更新が滞っている。毎朝4時には起きて懸命に勉強はしているのだが、試験に向けてやらなくちゃならない課題があまりに膨大で、今は一分一秒でも惜しく、なかなか試験に直接関係ないことには時間を割けない感じなのだ。その間にも植物観察は続けていて、写真や成果は結構溜まってきているのだけれど、それを文章にする時間がない。まあ、また落ち着いたら、段々載せていくことにしようと思う。

 そこで、取り急ぎ、話題があまり古くなりすぎないうちに、5月連休に立山で発生した遭難事故についてだけ書いておこうと思う。以下は、コジローが所属する紀峰山の会の5月定例ミーティングでのケーススタディとして、コジローが会員に報告したパワーポイントからの抜粋だ。

NHK1.jpg

 遭難事故の第一報を伝えるNHKのTVニュース。赤で強調したが事故発生は「4日正午過ぎ」通報は午後0時半頃で「先を歩いていた仲間」が「西側の斜面に滑り落ちた」とある点に注目。通報を受けて室堂に常駐する富山県警山岳警備隊が直ちに、通報があった「富士の折立」西斜面を中心に現場を捜索したが発見できず、日没とともに捜索を終了している。

NHK2.jpg

 翌日のNHK・TVニュース続報。5日4時半、夜明けとともに捜索を開始した富山県警は、富士の折立から「北東におよそ240m離れた」内蔵助谷(くらのすけだに)で遭難者の遺体を発見、回収した。この朝、雷鳥沢ヒュッテに宿泊していた我々は、早朝から富士の折立西面をなめるようにホバリングするヘリを下から眺めていたのだが、やがてヘリは東面側に移動し、そして間もなくそこで遺体を発見したようだった。ちょうど7時頃だった。通報された遭難斜面とは正反対だったわけで、前日の捜索で警備隊が発見できなかったのも当然だった。

 その後確認された死因は挫傷や出血多量ではなく低体温症だった。つまり即死ではなかった可能性がある。結果論だが、もし正確な遭難地点が特定されていて、救助隊に発見されていたらどうだったろうか。どうして、反対側の斜面を遭難現場と誤って伝えたのだろう。

 これについて、ネットでアクセスできる限りの情報をかき集めて調べたところから、ほぼ確実なところでいうと、どうやらこのパーティは難所の富士の折立に差し掛かったところで突然の悪天に見舞われて視界を失い、遭難した男性が先行してルートの偵察をおこなっていたらしい。パーティの構成などは不明なのだが、こうした行動を率先してとられたことから判断して、遭難した男性はパーティ内ではリーダー的な方だったのだろう。だが、偵察に出たままいつまで待っても戻らないので、残ったメンバーが遭難の可能性ありと判断して警備隊に通報したようだ。落ちた方向は、男性がガスの中に消えた方向から判断したのだろう。

立山地図

 遭難パーティは福岡から5月3日に立山室堂に入り、翌日朝から立山三山の縦走に入っている。我々紀峰山の会パーティは3日夜に和歌山を出発して4日朝に室堂入り、当初の計画では直ちに立山三山に入る予定だったから、その通り行動しておれば、遭難パーティと前後して歩いていたはずだ。だが、室堂に着いたところ、天気がイマイチで登っても展望は望めそうになく、翌日の方が良い天気に恵まれる確率が高かったことから、その翌5日に登るはずだったサブイベントの奥大日岳を先に登り、メインイベントの立山三山を5日に回すことにしたのだった。

奥大日1

 というわけで4日に登った奥大日岳山頂。11時半、すでに遠方の視界は効かず、天気はかなり下り坂の様相だ。

奥大日2

 下山は雪の中となった。登りのトレースが残っているので不安はないが、急速にガスが濃くなり、ほとんどホワイトアウトとなって上下も判然としない時間帯もあった。そのなかでかろうじて撮影できたのがこの写真だが、本来はこの背景には富士の折立を含む立山の主稜線が見える。遭難はこの時間帯で発生していた。

富士の折立

 これが遭難現場となった富士の折立の岩場。5日に紀峰パーティが北からアプローチしたときに撮影したものだが、遭難パーティは雄山から北上してきてこの岩の斜面に達した所で視界を失い、遭難した男性はルートの偵察に出て向こう側の斜面に滑落したと思われる。岩には手がかりが多くあり傾斜もほどほどで、見えてさえいればどうってことない斜面なのだが、雪の季節の下りはやはり気持ちが悪い所だ。そのため、紀峰のパーティはこの難所を登りで通過するルートをとった。

朝日

 さて、問題はこの悪天を事前に予想できたかだ。パーティが歩き出す前に確認できたとすれば、この朝日の天気図が最後の情報だが、これで悪天を予測するのは不可能に近い。次々と日本列島を通過する移動性高気圧が見えている。コメント欄には天気の崩れが警告されているが、この天気図をどう読んだってそんな予報にはならない。

赤旗

 一方、こちらは同じ日付の赤旗の天気図。朝日と違って、地上天気図に添えて700ヘクトパスカル(hPa)高層天気図が掲載されている。ついでなので、富山の天気予報も読めるように切り取ってあるが、ご覧の通り予報は朝から夜まで文句なしの快晴である。

赤旗2

 その高層天気図を大きくしたのがこれ。朝日に掲載されている普通の天気図が地上ゼロメートルの気象情報であるのに対し、700hPa高層天気図は標高3000mの気象情報だと思えばいい。つまり遭難があった立山の高度だ。ご存じの通り地上天気図には等圧線が引かれているが、高層天気図には実線で等高線、波線で等温線が引かれており、読み方も全く異なる。山の会でのスライドにはそのあたりの説明も少し添えてあるが、ブログで説明するのは大変なので省略するとして、ただひとつ、天気図に太い波線が引かれたところ、つまり等高線の出っ張ったところに引かれた太い波線は気圧の谷でこれをトラフと呼ぶことだけは覚えておいて欲しい。

 地上の天気と3000mの山の天気は、もちろん関係はあるがかなり違う。トラフが通過するとき、地上の天気にさしたる影響は無くても、山の天気は崩れると思っておいた方がいい。地上で低気圧などが偏西風に乗って東に移動するように、高層でもトラフは西から東へ移動する。

赤旗3

 そこで、4日と5日の赤旗高層天気図も並べてみた。ひとつ上の3日9時の高層天気図で黄海の北、渤海湾あたりに横たわるトラフが、4日9時には日本海に進出し、5日9時には日本列島を通過して太平洋に達していることが読み取れるだろう。つまり、このトラフが立山を通過した4日昼頃に天気は急速に崩れ、視界を失ったパーティから遭難者が出たわけだ。

 高層天気図まで読みこんでから山に行けというのは酷かもしれない。天気の悪化は現地でも予感できるし、そこで自重して遭難を未然に避けることもできるだろう。だが、高層天気図にはそうした気象変化を事前に読み取れる情報が表現されている。ここに書いたのはその一例に過ぎない。学んで損はないと思うのだ。

 ちなみに1500mくらいの中級山岳の天気を知りたければ、850ヘクトパスカルの天気図を参照すればいい。残念ながら過去のデータを参照できるサービスはないが、700hPa、850hPaとも、「地球気」という専門気象サイトで直近のデータを入手できる。たまには見て天気を読み、とにかく慣れておくことだ。

DSCF0781.jpg
 最後に遭難翌日5日の奥大日岳の写真をサービス。絶好の快晴で奥大日は神々しいまでに美しかった。 

DSCF0852.jpg
 快晴は夕刻まで続き、山はやがて荘厳なアーベンロートに沈んでいった。 合掌 
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 連休中、途中まで書いた記事を放り出したまま立山に入っていて、すっかり更新が遅れてしまったのが以下の記事。とりあえず大急ぎで載せておきます。さて、そのゴールデンウイーク山行では昨年の白馬に続き、またもや遭難死亡事故とニアミス。これについてはまた機会を改めて書きます。

 4月30日 朝からなにやら表で気配がすると思ったら、例のホンダHーRV愛用のオジサンがやってきていて、道路脇の草刈りを始めていた。挨拶をして尋ねてみると、昨年伐採してから一年間放置し、草ぼうぼうになった造成地をまた綺麗にするとのこと。先の記事で書いたとおり、人為的な撹乱からの二次遷移の経過をつぶさに観察しようと思っていたのだが、どうやらここまでって感じだ。

 そこで、綺麗に草刈りをされてしまう前に、もう一度、草むらの中に分け入って先駆樹種を確認してみる。そこで見つけたのがこれ。種名はヌルデといい、先にも書いた先駆樹種「御三家」のうちのひとつだ。これで、アカメガシワとクサギとあわせ御三家がそろい踏みってことになった。さすが「御三家」といわれるだけのことはある。

130501 249

 葉は上の写真でご覧の通りの奇数羽状複葉で、鋸歯がある小葉は付け根に近づくほど小さくなる。が、いちばんの特徴は下の写真のように、葉柄に「翼」と呼ばれる薄い出っ張りがついていることで、他にこのような形状の樹木はまず見かけない(厳密には他にもあるが通常はほとんど見る機会がない)という。

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 ところで、ヌルデという名は「塗る」に由来する。ヌルデにはヌルデフシアブラというアブラムシが寄生して独特のゴツゴツとした虫コブを作る。この虫コブを特に五倍子(ごばいし)と呼び、これをすりつぶして昔の女性が歯に塗った「お歯黒」にしたそうだ。五倍子は染料としても使用され、これで染めた色を「空五倍子色」と書いて「うつぶしいろ」と読ませる。

 「五倍子」の3字を「ぶし」と2音に読ませるわけだが、この「ぶし」が先のアブラムシの名と関連することは当然だろう。さらにその前の「うつ」は五倍子から虫の死骸を取り出した後が「抜け殻」で「うつろ」という意味じゃないかなあ・・と、この部分はコジローの推理なので真に受けないで欲しいが、雑草のように生えるヌルデひとつでも結構奥が深いものだ。

 なお「空五倍子色」とはこんな色 しっとりとして渋い輝きをたたえたベージュというか、なかなか味わい深く微妙な色だと思う。身の回りのありふれた植物から、こんな素敵な色を作り出し、耳にも心地よい響きの名をつけ、他の色との微妙な違いを区別して表現してきた日本文化の繊細さって、やっぱすごいと思うよ。 

 
 実は、連休前に書きかけて放り出した時点では、これ以下にも一杯写真を載せていたのだけど、それについて書き出すと膨大な記事になってしまいそうなので、今日5月8日の編集でいったんカットし、ここで休憩。続編はまた後ほどにします。

 さて、森林インストラクターの受験勉強は、大型連休に入る前になんとかテキストを全て終了し、連休明けの昨日からチェックペンを駆使して片っ端からテキストを記憶する作業に突入。今朝4時から森林科目第1章の応用演習問題を解き通信教育の本部に送った。3日ほどで添削結果が返送されてくるはずだ。

 が、まあ、さすが応用演習とあって中々手強い。「○○字(100~300字までいろいろ)でまとめてください」なんて問題が数問あるし、初めて名前を聞く樹木が生育する植生帯を問う問題もあるし、終えるのに2時間以上かかってしまった。ちなみに本番での試験時間はわずか80分。やっぱ大変だぁ。
 
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