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選挙も終わったことだし、このいい季節に一度も山に行かなかったら何のための森林インストラクター修行か判らないし…ということで、7月26日からの週末、北アルプス立山連峰の大日岳に行ってきました。

 25日夜に和歌山を出て富山地鉄立山駅に26日1時着。とりあえず仮眠して7時の始発ケーブルと高原バスを乗り継ぎ、室堂を9時前に出発する。

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 室堂からはしばらく平坦な遊歩道を行き、いったん雷鳥沢に標高差にして100mばかり下るのだが、その途上で今日歩く大日の稜線が見える。写真手前の山が奧大日岳、その奥に中大日岳と大日岳が重なって見えている。奧、中、というのは越中の平野から東に山稜を見上げての命名だ。

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 天気がイマイチなので風景を撮影するチャンスはあまりない。こんなときは足下の高山植物をつぶさに見て歩けばいい。この季節、お花畑は最盛期だ。写真はイワウチワ

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 アカモノ

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 タテヤマリンドウ

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 息を切らせながら奧大日への登りに耐えて振り向くと、わずかな時間、厚い雲が切れて劔が顔を覗かせた。左の尾根は早月尾根。

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 コバイケイソウ、斜面を覆い尽くすコバイケイソウの大群落に久しぶりに出会った。
 まさに盛夏の高山の典型的な風景だ

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 奥大日岳(2611m)山頂。無人、ガスで周囲は見えなかった。

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 キヌガサソウ

 この日はこの奧大日岳に登ってからさらに西進して中大日岳を越え、大日岳との鞍部にある大日小屋に到着する。大日岳にピストンするはずだったが天気が悪いのでやめて、とりあえず小屋の表のベンチでくつろいでいたら、雨が降ってきたのであわてて小屋の中に入る。 天気はイマイチだったけど、カッパを着なくて済んだ分、ついてるなあ! 14時、良いタイミングでの到着だった。

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 翌27日朝、周囲はガスで何も見えないが、せっかく来たのだから大日岳(2501m)に登っておく。登路は雪渓も残っていて不安定、頂上やはり無人、視界ゼロ。往復約35分、写真だけ撮ってすぐに下山する。下山開始は7時前だった。

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 それからは写真の大日平まで、ひたすら急降下だ。大日平は開放感にあふれた高層湿原だが、全面ササに覆われており高山植物は、ニッコウキスゲやタテヤマリンドウ、それにワタスゲが目立つ程度であまり見かけない。大日平を1時間弱で横切ると牛首から再び急降下して、10時50分、称名の滝の探勝路に降り立ち、観光客向けのレストハウスでビールを痛飲する。ん~、旨い!! これだから山はやめられないんだよなぁ~ レストハウスに入るとほぼ同時に外はいきなり土砂降りの雨になった。ん~、ついてる。やっぱ、日頃の行いのおかげだよなぁ。

 雨に濡れながら走る観光客たちを窓外に眺めながらビールを飲み干して、11時40分の路線バスで立山駅に周回。帰路についた。
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 参議院選挙は大方の予想通り自公の圧勝に終わったが、一貫して対立軸を示してきた共産党が一定の存在感を示したのが救いだった。国会は最終的には要するに数の論理で動くステージであり、その面からは「自共対決」というには力関係に懸隔がありすぎるが、ともあれ民主党やみんなの党などの「元自民」とか、維新のような「より自民」とかの自民亜流ではない、オルタナティブな政治潮流が見えやすくなったのは、今後の国民の選択にとっては良いことだ。

 ただ、次の選択は恐らく3年ほど先になる。この間に、多数の論理による暴走がこの国の進路を決定的に損なう恐れは小さくない。自公政権側は今回の選挙において、改憲や原発再稼働など、争点となって不利な対決点は極力触れずに通してきた。主張してきたのは「ねじれ解消」という整骨院のCMみたいな呪文と「日本を取り戻す」という意味不明のスローガンだけだ。だが、選挙結果を受けた各国のメディアは、さらなる近隣諸国との関係悪化の可能性が強まったことを冷ややかに伝えた。安倍内閣によって取り戻される戦前日本のアナクロ的孤立の危うさが見透かされている。

 その、危うさが早くも示されたのが、日本政府が昨日から初参加したマレーシア・コタキナパルでのTPP交渉だ。日本政府がまず求められたのは交渉内容を非公表にする「守秘契約」への署名だが、この署名でこれまでの交渉経過をまとめた数千ページ分に及ぶ電子資料の閲覧が可能になる一方、守秘契約により交渉内容は公表を禁じられ、協定発効後も4年間は交渉関連文書を秘匿する義務を負うことになる。つまり、国民の命と暮らしに直結する事柄が秘密交渉で進められ、異論も反論も封じられたうえで結果だけを押しつけられることになるわけだ。

 すでに安倍首相は日米首脳会談で、すべての関税・非関税障壁の撤廃を原則とする「TPP輪郭」を確認している。今回の交渉参加に際し日本政府は、先に書いた数千ページに及ぶ電子資料に記載されている、日本以外の参加国間でこれまでに確認した合意事項を蒸し返さないようしっかり釘を刺されている。つまり、すでに交渉が終わった関税撤廃や金融サービス分野などで日本が口を挟む余地などひとつもない。こんな状態を百も承知の上で「守るべきモノは守る」などと大ウソを言い張れる鉄面皮には恐れ入るが、それが「美しい国」の大本営発表というものなのだろう。報道はこの危機に警鐘を乱打し、国民不在の秘密交渉からただちに撤退するよう訴えるべきではないか!

 …と、思いきや、TVのニュースはどのチャンネルを選んでも、同じ映像を流して英国皇室の出産祝いで盛り上がってるのだから愕然とする。まあ、コジローもオトナであるから、めでたくないとまで天の邪鬼は言わないが、たかが地球の裏の国で男の子1人産まれたってハナシであって、それがここまで過剰に大騒ぎするネタかぁ? 実のところ、「おめでたい」のは英国ではなくて、日本の脳天気メディアと、それをへらへら笑ってみている我が国民ではないのか。

 福島第一原発では東電がようやく放射能汚染水が海に流出していることを認めた。それが投票日の翌日っていうのもナンだかなあ…なのだが、それもさりながら、この報告を受けた原子力規制委員会・田中俊一委員長が怒り心頭というならまだしも、「ま、そうだろうねぇ」って表情も、輪を掛けてナンだかなあ…なのだ。これ田中委員長に限らず我々にも共通するかもしれないが、東電のウソ隠蔽体質が当たり前になって、感覚がそれに慣れちゃったってコトなんじゃないだろうかと反省させられる。だが、事故から2年4ヵ月もたって、いまも海に放射能が漏れ続けてるって、ホントは大変なことなんだよ!

 にも関わらず、メディアは揃ってロイヤルベビー! なんなんだこの国は!


 7月16日、めざす試験まで残すところ2ヵ月を切ったが、どこまでやっても勉強には果てしがなく、底なし沼にはまって抜け出せないような、ちょっとブルーな気分なのだ。一方、参院選の投票まではあとわずか5日、こちらは気分も何も、とにかく出来ることをするしかない。

 メディアの事前予測は自民党の圧勝、一人区はひとつ残らず独占し、全体でも単独過半数に届く勢いという。そんな下馬評を繰り返し流すことが、有権者の行動にどのような影響を与えるのかが気になる。これまでの経験では、「勝ち馬」に乗ろうとする動きと逆に棄権して「負け戦」を回避する動きが助長されるように思うが、これについてフリージャーナリストの江川紹子さんは次のように語っている。

【以下引用】
特定の政党や政治家を強く支持していたり、返さなくてはならない義理がある人を除いて、今回ほど投票意欲の湧きにくい選挙はないのではないか。
何しろ、すべてのマスメディアが、与党の大勝利を「予言」している。いや、「予言」などと言い方は曖昧に過ぎる。「断言」と言った方がいいかもしれない。何しろ、ある1人区は自民党が総なめの勢いらしい。有権者にすれば、「結論が決まってるなら、今さら…」の気分だろう。それでも、自公大勝で結構、という人はハッピーだろうし、大いに盛り上がればよい。だが、「それはちょっと…」と思う人は無力感が募っているに違いない。
【引用以上】


 江川さんの論考はこのあと、自民党が本当に圧勝すれば、政権与党が圧倒的多数を占める衆院を当面解散するはずはないので、次に参院選がある3年後まで国民には審判の機会がないことを明らかにし、さらに自民党が提案している憲法草案の驚くべき内容に踏み込んだうえ、それでも3年間安倍内閣に白紙委任をして良いのかと問うている。さすがの見識だが、これについてはぜひ本文を参照されたい。
江川紹子さんの特別寄稿

 さて、江川さんの論旨には全面的に同意なのだが、それとは別にここで投票日を迎える前に書いておきたいことがある。維新の橋下徹代表がことあるごとに言う「統治機構改革」の「統治」という言葉についてだ。コジロー個人としては、聞くたびに耳にトゲが引っかかるような違和感があり、またそれゆえ、この言葉を発する橋下氏への拒否感情もさらに深まる。

 もとより、この最低男については、最初に見かけたときから公的な発言で「ボク」を連発するマザコンぶりも、すりかえで相手を論破した気になるアホさ加減も、居丈高で思い上がった無礼千万な言葉遣いも、ん~、もう、なんつうか、ペラペラしゃべる声も薄っぺらな顔も、さらには着ているモノも靴も、なにもかも全てが大嫌いなのだが、ヤツが好んで連発する「統治」という言葉には、さらにコジローのカンに障る何かがあるのだ。その正体は一体何だろう。

 ということで調べてみたのだが、世界大百科事典は「統治」について次のように書いている。

特定の少数者が権力を背景として集団に一定の秩序を付与しようとすること。政治とほぼ同義に用いられることが多いが,厳密に解すれば,統治は少数の治者と多数の被治者との分化を前提とし,治者が被治者を秩序づけることを意味するのに対して,政治は,少なくとも,対等者間の相互行為によって秩序が形成されることを理想としている。こうした差異を端的に示しているのは,政治と統治の言語としての差異であろう。すなわち,〈統治〉は〈統治する〉という他動詞の名詞形であるが,〈政治〉には同様の他動詞が対応していない。 」

 ごくかいつまんで言えば、「統治」とは少数の支配層が被支配層たる我ら大多数の人民を権力支配して従わせることであり、支配層の存在を所与の前提とするところが、被支配者層の承認による分限的な権力委託を意味する「政治」とは異なるというのである。

 つまり、橋下は自らを封建領主の如き特権階級と認識しており、国民や大阪府市民はその権力支配に服するデクノボーに過ぎないのであって、彼が言う「統治機構改革」とは要するに、「これまでの支配の仕方は生ぬるい、ボクちゃんならもっと上手く国民を牛耳ってやるぞ」と言ってるに過ぎないのだ。ちなみに、この感覚は石原慎太郎というアナクロ化石老人も同一であり、過去の戦争についての認識が多少違っても二人がくっつけるのは、この低級な選民感覚が触媒になっているからだ。

 かくして、橋下が発する「統治する」という他動詞には、国民の人権や生命など屁とも思わない禍々(まがまが)しいファシズムの臭いが紛々としている。コジローがこの言葉を聞くたびに激しい拒否感情を抱くのはそのせいだ。だが、これはコジローうすうす感じていることなのだが、「統治」という言葉を連発する橋下自身、ここに書いたような意味でこの言葉を正確に理解はしてはいないのではないか。でなければ、実際の意味が伝われば国民の反発必死の危険な言葉が、あんなにペラペラと軽く口をつくはずはないのではないか。

 …なんて思うのは、まだ橋下をフツーの政治家と同じ物差しで評価しているせいかもしれない。身近にはまともな人間しか見たことがない者には信じがたいことだが、ホント、こいつの中身はピーマンのように空っぽで何ひとつ判ってないって可能性も結構高いのだ。例えばこの「統治機構改革」なるものも、それが意味する深刻な内容など空疎な脳みそで理解していたのかどうか、「行政改革」と同程度の意識でなんとなく言葉の響きがカッコイイって程度で使っている可能性がある。考えてみれば、脱原発もトキの流れに乗っただけの無内容さだったし、呆れ果てた沖縄米軍への「風俗お勧め発言」も、単なるウケ狙いだったかもしれないのだ。

 だが、そのカラっぽさで何も考えずにペラペラしゃべれる軽さが重宝で、真の少数統治者の煙幕に役立つとは言える。そうして、役立つ間はマスコミにはやし立てられてピエロはずっと有害な道化を演じ続けるだろう。そんな橋下と石原とそして維新の会は、21日の投票日を賞味期限にしなければならない。

 で、そのうえでの余談だが、有権者がそうした選択をなしえたそのとき、「政治する」という他動詞が日本語として成立するのかもしれないと思ったりもする。

 7月8日に原発の新規制基準が施行されたのを受けた翌9日、、北海道、関西、四国、九州の4電力会社は早速、原子力規制委員会に対し5原発計10基の原発再稼働に向けた安全審査を申請した。

 さて、ここで「安全審査」というが、その審査基準は「安全」基準ではなくこのたび施行された新「規制」基準に定められている。「神は細部に宿る」だ。あえて「安全」といわないところがミソで、新規制基準には事故で原子炉格納容器の圧力が高まった際、放射性物質を減らした上で格納容器内の蒸気を外部へ放出する「フィルター付きベント設備」の設置や、十分な電源車、注水ポンプの配備が求められている。

 で、例えば「フィルター付きベント」だが、これはまあ格納容器の爆発を防ぐのに格納容器自体の設計基準を見直したら全原発イチから造り直しになりかねないので苦し紛れに採用した基準なのだけれど、ざっくり判りやすくいえば放射性物質を多少「減らした」程度で環境中に放出してもええよってコトだ。つまり、規制基準をクリアしたところで「安全」はぜ~んぜん保証されないのであって、だから「安全基準」とはいわないんだよね。まあ、国語の使い方としては正しいと思うけど、ンなもんもちろん、生命と環境の危機の前には何のナグサメにもなりはしない。

 福島第一原発では今も放射能汚染水が漏れ続けているし、格納容器も中の核燃料の状態もどうなっているかすら誰にも判らない。さらに昨日は海に近い観測用井戸で著しい高濃度の放射能汚染が検出され、本日10日に開かれた原子力規制委員会は東電による原因説明について「疑問がある」との認識で一致、「高濃度の汚染水が地中に漏れ、海洋への拡散が起こっていることが強く疑われる」との認識を示した。はっきりいうと、海に放射能汚染水が漏れだしてるってコトだ。

 さらに、この福島第一原発事故により居住地が「帰還困難区域等」に指定されて帰宅できない原発難民は15万人を数え、「原発で死んだ人は一人もいない」とのたまった自民党高市早苗政調会長の呆れた認識とは異なり、原発関連とされる死亡者は1500人に達しているという。つまり、福島第一原発事故は収束などしておらず現在もなお不測の事態が新たに発生する可能性をはらみつつ進行中であり、事故の原因すら解明されてはいない。

 そうした環境下で、何事もなかったかのようにこの国の首相は原発のセールスに走り、電力会社は原発再稼働に向け着々と既成事実を積み重ねてゆく。この人たちにはそもそも、恐れや恥といった感覚が欠落しているのではないのか。こんな連中に日本の未来とエネルギーを任せておいて良いのか。21日の選挙ではしっかり回答を出さねばならない。


 ところで、これに関連して「週刊朝日」7月19日号が、結構破壊力のあるスクープを報じているので、以下、転載させてもらう。タイトルの「驚愕」が効いているが、まあ、ありそうなことだよなって気もしたりして。なお、同記事本文冒頭にある再稼働申請の日付は先にも書いたように実際には9日だったが、原文のまま転載する。


【以下転載】

 驚愕! 東電幹部 原発再稼働へ向けて猛暑を念じ、経産省幹部へメール

 電力4社は7月8日、原発の再稼働を申請する。その直前、経済産業省幹部が「柏崎は、やはり反発がきましたね。根回し、ウラでどの程度、されたのでしょうか?」などというメールを東京電力幹部に送っていたことがわかった。本誌が入手した10通のメールには安倍政権の“再稼働シナリオ”が赤裸々に記されていた。ジャーナリストの今西憲之氏と本誌取材班が取材した。

 冒頭のメールを出した経産官僚が気にしていたのは、東電が再稼働を目指す新潟・柏崎刈羽原発6、7号機についてだ。福島原発事故の当事者である東電だけに、再稼働のハードルは高いため、6月に東電幹部に宛てたメールでこう危惧していた。

〈反発、怖いのは御社がKK(柏崎刈羽)で動かれる時でしょうか。一気に世論が高まり、地元もNOというしかない状況になりかねません。過去の裏での積み重ねが、一気に壊れてしまう。そのところ、いかがでしょうか? 巧妙にされておられるとは、思ってはいますけれど〉(経産官僚)

 後に経産官僚の不安は的中した。

 東電は7月2日、柏崎刈羽原発の再稼働申請の意向を表明したが、これに対し、新潟県の泉田裕彦知事がこう猛反発したのだ。

「地元に何の相談もなく申請する。こういう態度で、立地地域との信頼関係を築けるはずがない」

 翌日の新聞、テレビ各社がトップで泉田知事の発言を大きく取り上げたが、それを読んだ東電幹部はメールでこうぼやいていた。

〈どの新聞もトップで、新潟県知事でほとほと、まいりました〉

 さらに東電幹部は地元の対応については、こう暴露している。

〈離れたところで地元と話をすると、早く再稼働してもらわなければ困るんだよ、東電さん、とみんな話している。それで、再稼働を申請しますよとなれば、反対だ、地元の同意を要求でしょう、本当に。あなたたち、どうすればいいのって、言いたくもなります。議員さんたち、たいてい、(原発関係の)商売にかかわっている。再稼働しろという、だが、議会になれば、ダメダメ〉

 一方の経産官僚は冷静に事態を分析し、その先の展開をこう予測している。

〈柏崎は、やはり反発がきましたね。(略)先に地元の了承をとりつけろとの論になるでしょう。それやっちゃったら、永遠に再稼働は無理なことは明白。わが社OB、新潟県知事(泉田氏は経産省OB)、次の選挙はまだ先。つめたいでしょうね、きっと。他の事業者の動向を眺めつつ、申請となるのでしょうか〉

 この予測は現実となりつつある。

 泉田知事は7月5日、説明に訪れた東電の広瀬直己社長に再稼働の拒否を改めて表明し、申請は延期となった。

 本誌が入手した計10通のメールは、いずれも今年5月から7月にかけ、東電はじめ複数の電力会社幹部と経産官僚との間で、“情報交換”として交わされたものだ。いずれも原子力ムラの露骨な「本音」が赤裸々に記されていた。

〈夏は猛暑という世論形成はどうなるのでしょうか? 1F(福島第一原発)の事故で2度の夏を経験。結局、原発なくとも電力がまかなえたので、大丈夫だとの意識が国民に植え付けられているのではないでしょうか。もう、足りないだけでは、国民の意識は変えられない。/(他メールの引用)気温40度が3日間ほど続けば、原発再稼働してほしいとの声が高まるはずです。/天に任せるのも、つらいところです。昔のようにお金だけでは世論は操れず、時代がかわってしまいましたね…〉(経産官僚)

 これは5月頃に経産省幹部官僚と東電の原発部門幹部の間で交わされたメールの一部だが、さらに生々しい記述もあった。

〈今年の夏、気温40度くらいまで猛暑になれば、議会、世論ともに再稼働容認になるだろうとか、つい期待して、毎朝、天気予報を見ています。あがれ、あがれと新聞の天気図に手を合わせていると、ビール飲みながら、笑わせている上司もおります。情けないですが、今のうちには、猛暑頼み、すがるしかありません。株じゃないですが、あがれ、あがれ!〉(東電幹部)

 事故の反省もなく両者が「猛暑」の話でこうも盛り上がる背景には、原発再稼働の命運を決める“一大イベント”を前にしても再稼働に否定的な世論へのいら立ちが垣間見える。

 原子力規制委員会は福島第一原発の事故を受けて作った原発の新規制基準を7月8日に施行。これを受け、全国4電力会社が6原発12基の再稼働を申請するという。申請を前に、メールで入念な情報交換をしていたことが読み取れる。


【転載以上】

 はあ~、これがこの国のキャリアと電力会社とのやりとりなんだよねえ。
 このところのこの猛烈な暑さ、連中の「雨乞い」ならぬ「猛暑乞い」のせいだったのかぁ!
 ますます腹が立つぞ。
 7月4日、参議院の選挙戦が始まった。で、このところ、選挙のたびに思うのだけれど、どうしてマスコミは有権者がシラける方へシラける方へと、ヤブにらみな報道をするんだろう。最近の選挙でマスコミが争点としてあげたのはもっぱら政権交代で、要するにどの党が政権を握るかだけだ。

 まあ、どの党が政権を取るかが重要でないとはいわないが、自民党でも民主党でも米国と財界の嫌がることはしないって点では同じなのだから、どっちが政権につこうがやることに大差ないことは選挙の前から分かっている話なのであって、目くそ鼻くそ・・・はちょっと言い過ぎにしても、せいぜい素麺と冷や麦程度の違いでしかない。(お、我ながら巧いコトいった気がする(^o^)v) どっちが選ばれるかは、そのときのマスコミの好みと気分の問題だけだ。

 マスコミから、その素麺と冷や麦しかないなんとも貧しすぎるメニューを出されて、どっちか選べと迫られる有権者こそいい迷惑。〜んなの、有権者にはどっちだっていいのだ。それより大事なのは、いったい誰が自分たちの利益を代表しているのかを知ることだ。そうした意味では、まずなによりも米国や財界の利益が果たして自分たちの利益と一致するのか、それを解き明かすことこそが、主権者の耳目たる報道の役割ではないのか。

 今回はどうだろう、公示前の報道や本日の夕刊を一瞥したところでは、いまのところ「アベノミクスの評価」と「ねじれ解消」がどうこうなんてのが共通しているようで、やはり庶民の目線はどこにもない。いまさら書くのもはばかられるほど見え見えの話だが、アベノミクスは要するにインフレと円安で輸出大企業をもうけさせるって政策であって、庶民には貯金の目減りと物価高が押し付けられるだけで何の益もない。

 大企業が儲かれば、いずれそのおこぼれが庶民にも届くって理屈をトリクルダウン説というのだが、これまでもその伝の政策で潤った大企業はあまたあったのだけれど、儲けを内部留保としてがめつく溜め込んだだけで、賃上げで労働者に分配などしたことなど皆無、疲弊した地方や家庭には閑古鳥ってトリだけがやってクルもんで、ダウンしたのは庶民の財布と生活だけというお粗末だった。ここを突っ込まずにアベノミクスの評価なんてことが争点になるものか。

 さらに「ねじれ解消」に至っては、政策などもうどこ吹く風の風情だ。ねじれがなくなって、どんな悪法もスカスカ通るって国会がそんなにいいのか。決められる政治・・・などとエラそーにいうが、あっさり決められては大迷惑って問題も結構あって、両院大いにねじれて議論を尽くすのがそもそも国会本来の役割だって当たり前のことが、どうして考慮されないのか。

 この国のマスコミというかメディアは、選挙のたび、投票率の低さや有権者の無関心さを嘆く振りをして、その実、そうした事態を作り出す主犯の役割を果たしているのではないのか。この国の政治の最大の争点は常に、端的にいって、米国と財界の利益に無条件に奉仕するのか、それとも米国や財界の不利益になることでも国民の利益を守る立場を貫くかの、政治勢力の選択にある。この原点さえ押さえれば、報道はぐっとこの国の政治の真相に迫れるし、国民の政治的関心も高まるに違いない。だが、そもそもこの国のマスコミは自分を財界の一員と思っているから救い難いのだ。んなもん、ジャーナリズムの名に値しない。

 でもまあ、いくらマスコミにケチを付けても、政府のメガホンと化したマスコミがそう簡単に変わるとは思えない。それより、当座の選挙で一人でも多くの有権者が自分の利益になる選択ができるよう、何とかしなくちゃと思っている人から行動を始めることだ。幸い、今回の選挙からSNSを通じての選挙運動もある程度はできる。これらのツールも駆使してまず、自分たちが関心のある争点から選択の方向を示して行くことだ。

 コジローが重視する選択は、もちろん脱原発、被災地復興、護憲、反TPP、消費税撤回、京都議定書復帰、そして世界平和と民族独立だ。米国にも財界にも遠慮なくモノを言い、嘘をつかず、変節しない党、そして外国に出しても日本人として恥ずかしい思いをしなくて済む人(^_^;)を推したいと思う。

 さて、今、実は和歌山港から徳島港に向かうフェリーの中。低気圧のせいか、それとも客が少なくて船が軽いせいかいつになくよく揺れる。今夜は徳島市内に泊まって、明日は四国を横断し宇和島から大分に渡って佐伯森林組合を見学する予定だ。夜は再び宇和島に戻って大洲で宿泊、受験勉強の材料は出版されたばかりの25年版森林林業白書を持参した。政府刊行物を予約購入したのなんて初めて・・なんだけど、結構分厚いぞ、読めるかなあ。
 
  今日から7月。まさに盛夏だが、いまにも降ってきそうな空模様のおかげで涼しく、過ごしやすい。今朝も4時半から起きて「安全・教育」科目の過去問をひとつ解いたが、その後はフェデレーションカップ決勝戦の時間となって、当然のことながら勉強は中断だ。スポーツ中継の観戦ではビールが不可欠なのだけれど、仕事を控えた朝から呑むわけにはいかず、ここはグッとガマン。 ・・って、我ながらエラい!! (^_^)v

 それにしても、ブラジルは凄かった。ここ2年ばかり公式戦無敗(29戦25勝4分け)で「無敵艦隊」の異名をとるスペインにろくにサッカーをさせず3-0で圧倒という結果だ。南米のサッカーは個人技に優れるが組織力はイマイチというのがこれまでの定評だったがトンでもない。今回のブラジルは全員が献身的に守り、前線から果敢にプレスを掛けてボールを奪い、伝統の個人技で見事なゴールを量産した。ことにネイマールはさすがの天才ぶりだった。

 対するスペインはどうしたのだろう。正確無比なパスを縦横に通して相手の守備を破綻させてきた無敵艦隊の片鱗など無く、逆にブラジルのプレスに圧倒されて、大黒柱のフェルナンド・トーレスにボールが渡るシーンすらほとんどない。後半開始早々の棚ぼた的なPKは外し、ネイマールの独走に足をかけて止める反則で一発退場を喰らい、ブラジル相手に10人サッカーとなってはもう勝ち目はない。完全に力負けしての撃沈だった。

 とまあ、こんな話ならいくらでも書けるのだが、別の話題だ。最近ワケがわからない事件に富士山の世界遺産登録についての熱狂ぶりがある。いったんは除外された三保松原(みほのまつばら)が復活しての逆転指定ということで大喜び、それに至る元外務官僚だった文化庁長官のロビー活動が功を奏したと報じられている。

 ん~、で、コジローなどが素朴に感じたのは、世界遺産の指定ってそんなことで決まる程度だったんだぁってコトなんだけど、同じように感じる人は少ないみたいで、皆さん素直に喜んでいらっしゃるのが理解できない。国際記念物遺跡会議(イコモス)が富士山の構成資産から三保松原の除外を登録の条件としたもんで、なるほどそんなもんかと思っていたら、それが外務省の役人のロビー活動でいとも簡単にひっくり返るって、じゃあ富士山周辺を視察してエラそうな意見を出したイコモスって一体何だったんだ? コトほど左様に、世界遺産の登録基準がなんともいい加減なものだって証明したようなもんじゃないか。

 ここは、バカにするなって怒るとか、シラけて世界遺産への熱狂から覚めるとかが、大人らしい反応ではないかと思うのだけれど、今日7月1日山開きを迎えた富士山へは入山者が殺到、その数、昨年までの倍以上といういうことで土産物屋はウハウハ・・なんて現象が起きているらしいから、まあ、世の中の皆さん、よく言えば素直なんだろうけど、単純というか乗せられやすくて危ういというか・・・ まあ、そんな世間の感覚とは完全にずれちゃって、ひねくれてるこちらの方が悪いのか知らん…と、ちょっと不安になったりもするご時世なのだ。
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