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 9月27日 今朝も雲ひとつない秋晴れの青空が広がっています。写真は病棟廊下の窓から見た黎明。和歌山市の東部を望み、中央のピークは紀州富士の異名でも知られる龍門山です。

 さて、昨夜、楽天ゴールデンイーグルスがリーグ制覇を果たしましたぁ。拍手!

 コジロー、9年前の誕生からこのチームを一貫して熱烈に応援してきました。といって、楽天という会社が好きな訳ではもちろんありません。理由はいくつかあって、ひとつには近鉄バファローズの解体騒動に際して、当時の読売渡辺とオリックス宮内が組んで仕掛けた卑劣な策略への激しい怒りと、その裏返しとしての各球団から捨てられた不遇な選手たちへの判官びいきから、ふたつには山屋として憧れの風土である東北に本拠地を置いたことから、そして三つには、鉄腕稲尾や怪童中西の時代からン十年にわたり応援していたライオンズがドラフトを巡る不正行為に関わったうえ、オーナーがまともに謝りもせず、これで完全に愛想が尽きたことでした。

 昨夜の試合、圧巻はやはり最終回の田中将大投手の投球でした。4ー3で楽天のリードはわずか1点。内野安打に四球が続き、きっちりバントで送られて1アウト2・3塁。対するは西武の打の看板3番栗山、首位打者を狙う売り出し中の4番浅村の主軸です。一本出れば優勝どころか田中の前人未到驚異の連勝記録も吹っ飛ぶ絶体絶命の局面で、田中を胴上げ投手にとの星野の温情がアダとなりかねない状況だったのですが、田中はすべて150kmを超える豪速球8球で2人を連続三振に取り、両腕を高く突き上げて優勝の雄叫びをあげました。これはもう、将来長く語り継がれる伝説の瞬間を目撃しているとしか言いようがない。実に劇的な凄いフィナーレでした。

 が、こうは書くものの、コジローが観戦していたのは「パ・リーグTV」という有料のインターネット中継。一ヶ月1500円でパリーグの全試合を観戦できるシステムで入院の日に契約。2日ほどはトラブルもなく観られたのですが、さてPCの受信状態に何か不具合が起きたらしく、ときどき画像がフリーズしだしました。PCをいくら調整しても直らず、ついにフリーズしている時間の方が長くなったので諦めてスマホでの視聴に切り替えましたが、こちらも間欠的にフリーズする分解写真状態(・・って、若い人には判らないだろうなあ。その昔、TVが普及しだした頃の相撲中継ではリプレイ等なくて、静止画像を次々に映し出すことで対応していて、これを「分解写真」と呼びました)になります。それも肝心なところに限ってフリーズするからイライラの募ること。しかし、田中の最後の投球は奇跡的にフリーズが一度も掛からず、この歴史的瞬間を見逃さずに済みました。

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 さて、話題変わって、これは今朝の院内探検で発見したマーク。自動販売機に貼ってありました。「JAMA」って「ジャマ」って読むの? たしかに自販機って、街の景観を壊したり、空き缶公害の元凶になったりで邪魔な存在ではあるけれど、自分でそう名乗るのに抵抗がなかったのだろうか。・・と思って、病室に帰ってからなんで「JAMA」と略称するのかを日本自動販売協会のHPに行って確認しようとしたのですが、どっこにも載っていないんだよね、これが。

 仕方がないのでグーグルの翻訳で「日本自動販売協会」と入力してみると、出てきた英訳は「Japan Vending Association」。ん〜、これだったら「JVA」になっちゃうよね。で、もう、誰も教えてくれないなら、こっちで決着をつけちゃうことにして「Japan Automatic vending Machine Association」なんてところでどうだ! ん〜、英語は苦手でニュアンスとか良く判らないんだけど、まあ、通じないことはない気がする。けど、なんか、いかにもモッサリした感じだよなあ。(^_^;) 

 さらについで、「JAMA」で検索したら、最初にヒットしたのは実は「日本自動販売協会」じゃなくて一般社団法人 日本自動車工業会(略称:自工会)でした。さすがにこちらは「Japan Automobile Manufacturers Association, Inc.」(略称:JAMA)と、ちゃんとHPで略称の根拠が示してありました。その名の通り日本の自動車メーカーで作る団体で現在の会長はトヨタ自動車の豊田章男社長。という訳で、HPにはTPP断乎推進!なんてことが書いてあります。ん〜、たしかに日本の国民生活を守る上では「JAMA」な団体かもしれないです。

 さて、こんな与太話を書いているうちに、もう10時を回りました。この間にいつもの明るい主治医さんの診察があって手術跡の絆創膏が外され、初めて自分の目で傷を見ることができました。ん〜、五針の縫い跡が鮮やか!(^o^)v さらにその後、呼吸器外科部長の短い回診があり、看護士から退院や退院後の手続きについての書類等が次々に届けられ、いつ退院しても良い状態になりました。今から荷物をまとめ、着替えて、昼食を済ませてから出て行こうと思います。

 そんな南病棟908号病室でいま流れている音楽はモーツアルトのピアノ協奏曲第26番ニ長調K537「戴冠式」。演奏は、イギリス室内管弦楽団、ピアノと指揮はダニエル・バレンボイム。  といったあたりで、17日から書き続けてきた病棟からのブログは、これでいったん置きたいと思います。 ありがとうございました。
 

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  9月26日、今朝は雲が多く、朝7時の開門を待ちかねて中庭に出たときは小雨が降っていました。8時半にいつも通り主治医が病室を訪ねてこられて私の手術跡の傷口を確認。傷口は左の脇の下にあって私には見えないのですが、指先で軽く触れながら「うんうん、抜糸できそうですねぇ」と言われた後、背後でプチプチ糸を切る音が聞こえて、それが終わったら抜糸は済んでいました。いつもながら、とにかくやることが速いです。

 もう一カ所、ドレーンが入っていた穴を塞いだ際のふた針の抜糸が残っているのですが、それだけの為に入院を続けるのもなぁ・・という話で、明日の午後、退院することになりました。その抜糸は通院で行います。また、それと同時になるかどうかは判りませんが、肺生検の最終結果が出るのを待って、治療方針が決定されることになっています。呼吸器外科の領分はここまでで、以後は呼吸器内科が闘病のパートナーになります。さて、どんな結果が出るんだろうなあ。まあ、どんな結果であれ、受け入れる以外の選択肢はないのですが。

 さて、冒頭に書いた小雨に濡れながらの中庭探索の件に戻ってのお話。まだまだ日中は30℃を超えるような日が続いていますが、季節は確実に進んで、この病院の小庭園もはや、実りの季節を迎えています。昨日の記事でアラカシとウバメガシの堅果についてはお伝えしましたが、それに続き今日も果実の話題を二つ。

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 これは、まだ未熟ですがクヌギの堅果(どんぐり)です。昨日書きましたようにウバメガシやクヌギが属するコナラ亜族の殻斗(お椀)にはツブツブがあるのですが、クヌギはそのツブツブがより発達して写真のようなトゲトゲとんがりになっているのが特徴です。これが成熟すると中央からずんぐりしたドングリの頭が顔を出し、殻斗のトゲトゲは外側にてんでバラバラにそっくり返って、「いいかげん散髪に行ったらぁ?!」って言われた、まだ若き頃のワタクシの頭髪のごとき状態になります。今はもう悲しいかな、散髪など行かなくとも、そんな贅沢な状態には決してなりません。(^o^)

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 これはカクレミノの果実です。カクレミノはこのあたりの藪山なら必ず見かけるありふれた亜高木ですが、30個ほどの果実が球状に集合していて、その一つ一つの中心に8㎜ほどの大きな種子が隠されています。このように果肉の中心に種子を持つ果実を「核果」(かくか)といいます。核果は私たちが見慣れた桃や柿などに見られる最も果実らしい果実ですが、ほとんどの場合、主として鳥などに果肉を報酬として与える代わりに、糞と一緒に種子を広域散布させる植物の繁殖戦略上の必要から進化してきたものと考えられています。ちなみに、このような種子散布方法を「被食散布」と言います。 写真の核果は今年実ったばかりの未熟果で、黒く熟すにはさらに1年ほどもかかります。

 この中庭にはカクレミノが数本植えられていて、写真と同じ球状に固まった核果が枝のあちこちに付いていました、ですが実はコジロー、こんなにたくさんカクレミノの結実を見るのは初めてなのです。不思議なことに、このカクレミノの果実は、山の中ではほとんど見かけません。先にも書きましたように、熟すまでの期間が長く一年中木に付いている果実ですので、あればすぐわかるはずなのですが、これは一体どうしたことなのでしょう。

 で、素人推理。前述のように、核果は食べられて初めてその役割を全うすることができるのですが、このような地方中核都市の真ん中では実を食べてくれる動物がいないため、人間の目に触れるまで残ったのではないか。一方、山の中では果実を食べる鳥類やげっ歯類がふんだんに生息していて、人間の目に触れる前に全部食べちゃうんじゃ〜ないかな〜??  ん〜、けど、そんな未熟なのを食べて美味しいのだろうか。ちゃんと消化できるのだろうか。と、この辺りの疑問への回答は、次への宿題ですねえ。

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 さて、そのカクレミノについてもう一つの話題。ここに並べた三枚はすべてカクレミノの葉です。左からグー・チョキ・パーって感じですね。このようにひとつの樹木が形態の違う葉を
付ける性質を「異形葉」といい、身近なところではヒイラギも異形葉です。クリスマスツリーの飾りにもするヒイラギはあの鋭いトゲトゲがトレードマークですが、実はトゲトゲのない葉もあって同一の木に同時に付きます。カクレミノもヒイラギも若いときには分裂葉を付け、老成するに従って丸い葉をつける傾向があり、「やっぱ人間と同じでトシを取るとカドが取れるわ」なんて冗談を言うのですが、カクレミノでは木の上部には丸い葉が付き下部に分裂葉が付く傾向なども明らかにあります。

 その理由について研究した人がいて、それによると、上部の丸い葉は密度が高く、下部の分裂葉は密度が低いそうです。手で触った程度ではその差は判らないのですが、この結果は上部の丸い葉の方が下部の分裂葉より光合成能力が高いことを示しています。また同じ研究で、相対照度(日向に対する日陰部分の明るさの程度)が30%を切ると、分裂葉が一気に増えることが確認されています。

 つまり、カクレミノは光条件の良い上部にはしっかり葉緑素を投資した葉を展開して盛んに光合成を行う一方、上部の葉に遮られて光条件の悪い下部の葉には葉緑素への投資を抑え、光条件の悪い環境下でのそこそこの光合成でも収支が合いモトが取れる戦略を取っているのでしょう。下部のみ葉の形状を分裂させるのも、さらにその下の葉にも無駄なく光を供給するための適応と考えれば筋が通ります。また、写真では分裂葉の葉柄が突出して長いですが、この葉柄の長さは分裂葉の共通した特徴で、この面からも、下部ほど葉を広く展開して少ない光を精一杯生かそうとするカクレミノの見上げた根性を見ることができそうです。

 ここまで考えてくれば、カクレミノの幼樹がすべて分裂葉という理由も判ってきた気がします。ということで、また推理。母樹が林冠に葉を広げて光を遮られた暗い林床で発芽したカクレミノの幼樹は、当然のことながら、そんな光条件に恵まれないところでの成長を余儀なくされます。そうした環境で、少ない光を最も効果的に活かせるようカクレミノがとった戦略が、あまり投資を必要とせず、木の上下でまんべんなく貴重な光をかき集めて無駄なく利用できる、低密度分裂葉展開作戦だったということなのではないでしょうか。

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 さらに問題。これはカクレミノの枝を上から撮影した写真です。まず、それぞれの葉ができるだけ重ならないよう、螺旋系に展開している点を確認。これはもちろん、日光を無駄なく利用するための適応で、多くの樹木の葉に共通する特徴です。で、その次が問題。昨年までの葉は丸く、今年展開したばかりの葉は分裂しています。 ん〜、とすると、上の方が光条件はいいはずだから、この現象はさっきまでの推理と矛盾するのではないかい? もしかしたら、展開したての分裂葉は時間とともに丸い葉になるのかな。 このあたりは、観察もしつつ、また次への宿題です。ホント、生物の世界は奥が深いです。


 9月25日、明け方はかなり雲もあったのですが、夜明けとともにその雲も消えてさわやかな秋晴れになりました。動くとメスを入れた傷口が疼き、まだ鎮痛剤との縁は切れませんが、こんな朝にベッドでボーっとしているのはもったいないので、朝食前に再び中庭を入念に探索しました。先日、植えられている樹木の数を20種と書いたのは間違いで、どうやらその倍はありそうです。スマホの写真でミクロ撮影は苦しいし、まあ、腕のせいもあってあまりいい写真ではないですが、以下、その成果を一部ご紹介します。

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 シモツケの花が咲いて、写真には写っていませんが、コガネムシの仲間が取り付いていてました。

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 ムラサキシキブです。まだ実り初めですね。

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 ノムラモミジ  ノムラモミジは秋の紅葉の主役イロハモミジの園芸改良品種ですが、いずれにしても和歌山の平地では冷え込みが不足して鮮やかに紅葉させることは難しく、まあ、頑張ってもこの程度のくすんだ色にしかなりません。が、その和歌山でもカタログの写真を見て紅葉を楽しもうと庭木に注文する人が結構おられるので、庭師泣かせの木と聞いたことがあります。

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 まだ未熟ですが、ウバメガシのドングリを見つけました。

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 スマホカメラにはマクロ機能がないので苦しいのですが、ドングリの「おわん」の部分が見えやすいようにちぎってみたのがこの写真です。なお、ドングリは正確には堅果(けんか)、「おわん」とか「帽子」とかいわれる部分は殻斗(かくと)といいます。

 一昨日のブログでも書きましたように、ウバメガシは「カシ」の名がついてはいるものの、ブナ科コナラ属コナラ亜属に属するクヌギやクリやナラ類の仲間で、殻斗にブツブツがあるのが共通した特徴です。 って、この写真で判ってもらえるかなあ・・

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 これをブナ科コナラ属アカガシ亜属に属するシラカシやアラカシと比較しようと懸命に木に取り付いて探して、ようやくアラカシで未熟なドングリを見つけました。まだ、植えられて日が浅い若い木であるためかほとんど堅果は実っておらず、アラカシでやっと数個、シラカシはいくら入念に探しても皆無でした。 ともあれ、やっとみつけたのがこの写真、アカガシ亜属に属するカシ類のドングリの殻斗には、共通してこのような同心円状の横縞が走っています。

 これから、森ではいろんなドングリが一斉に実る季節です。ドングリはリスやネズミやカケス、それに奥山ではクマも大好物で、すぐになくなってしまいます。彼らに全部取られる前に、ドングリを拾い集めて樹木を同定するのはこの短い期間だけのお楽しみですので、ぜひ、機会を見つけてドングリの森に出かけたいと思っています。


 9月24日、今日で入院してから一週間になります。見晴らしの良い9階の病室ですが、窓のカーテンをいっぱいに開いてもらっても、ベッドに横たわっていて見えるのはどこまでも広い空だけ。今朝はその空が一片の雲もなく真っ青に晴れ渡り、その中を一羽のトビが悠々と大きく輪を描き舞っていました。こういう情景に触れると、若山牧水の有名な歌を思い出します。

 白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ

 白鳥(しらとり)はもちろんトビではなく純白のカモメだと思いますが、それがたった一羽、真っ青な空と紺碧の海に挟まれた中空を風に吹かれながら漂う情景を想像してみてください。明治時代の歌人である牧水がどのような自意識でこの歌を詠んだかは知る由もありませんが、この世界の大勢に従って染まることを拒み、敢えて貫いた孤独ゆえの寂寥感が見事に謳い上げられています。

 牧水が一羽のカモメに仮託して表現した孤独とはどういった状態なのでしょう。世界保健機関(WHO)がその憲章前文において健康を以下のように定義していることはよく知られています。「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること」(日本WHO協会訳)。

 肉体だけでなく、精神状態も合わせて良好であることが健康にとり不可欠の要素であることは、当然理解できることですが、WTOの定義が優れているのは、それに加えて「社会的にも満たされていること」を健康の条件としてあげた点でしょう。では、「社会的にも満たされる」とはいったい、どのような状態なのでしょうか。

 社会には様々な矛盾が蔓延しています。戦争、貧困、差別、格差・・ これらの社会病理はどこの国でも見られますが、特にこの国では政治がこうした社会矛盾を解決する方向に作用するのではなく、むしろこうした社会不安をますます深く広げる新自由主義的な政策が連打されており、そうした意味で国民の健康は社会的な側面からも常に危機にさらされています。

 いつ首を切られるか分からない不定期雇用の労働者、働いても働いても生活費にすら事欠くワーキングプアたちは、到底「社会的に満たされた」状態になく、WTOの定義に従えばとても健康とはいえません。「社会的に満たされる」ということの一つの意味はこうした点にあるでしょう。

 加えて、私はWTOがいう社会的健康にはもうひとつ重要な意味があると思ってます。それは、ひと言でいえば、ある人が、他の誰かから必要とされる存在であるかどうかということです。ヒトは他のヒトと群れになって社会を形成する動物です。ヒトにとりそれが所属するヒトの集団つまり小社会は、それを維持する活動に参加する代償に保護を与える存在であり、こうした社会的関係、所属集団や他者から必要とされる関係の中でヒトは初めて「満たされた」状態で心安らかに休むことができます。

 しかし、先に述べた新自由主義的な政策は、差別と選別、競争と排除の論理とシステムで人と人との繋がりをずたずたに引き裂いています。単に資本が必要なときに人間としてではなく、消耗品のような単純労働力としてのみ呼びだされる存在でしかなくなった状態で、完全に孤立した一人の人間を想像してみてください。それでもなお家族や友人やパートナーから人として必要とされたなら救われもしますが、それすらもないとき・・ こう考えを巡らせてくると、あの秋葉原の事件をどうしても思い出してしまうのですが、言葉の真の意味での「孤独」とは、そうした人間存在の否定に直結するギリギリの厳しい状態を指すのだと思います。社会的健康の崩壊、それが孤独なのです。

 さて、本題に戻りますが、「空の青海のあを」がもし、今のこの国を覆う大勢である新自由主義や改憲の勢力ないしは時代の空気のようなものを指すとすれば、それに染まらないこと、それと闘う存在であり続けることは、むしろ孤独とは対極にある生き方といえるでしょう。それは、資本の横暴にタガをはめてまともな労使関係を構築することで人々の社会的健康を取り戻す大多数の国民の利益にかなう闘いであり、そこに連帯はあっても孤立はないからです。

 トビはもう、ずっと前にどこかに消えてしまいましたが、私には「空の青海のあを」に挟まれた中空を、おびただしい群れとなって飛ぶカモメの大集団が見えるようです。 「空の青海のあをにも染まず」闘う、労働者国民の政治的覚醒を信じたい。

 今日はレントゲンを撮るほかは、超音波式ネブライザでのトレーニングくらいしかすることがなく、痛みもかなりひいて余裕の一日でしたので、ぼ〜っと、景色を見ながら感じたことを流し書きしてみました。夕方5時15分、そういえば病棟で痛みと闘っているうちにもう、秋の彼岸も過ぎたのですね。相変わらず快晴、間もなく、見事な夕焼けが見られそうです。




 

  
 9月23日、高曇りの穏やかな朝になりました。アルプスの三千mを繋ぐ尾根を歩くには絶好の季節、昨年までなら和歌山にいることなんて考えられない三連休の最終日です。昨日のブログを書いた夜7時以降にはようやく痛みも和らぎ、ときどき間欠的な痛みに襲われることは相変わらずありますが、鎮痛剤の助けを借りずに夜明けを迎えることができました。

 9時になると、いつもの通り主治医の女医さんが「おはようございます」と飛び切り明るい声で病室に入ってこられます。この先生は、私が入院した先週火曜日から毎日、土曜も日曜も今日も朝9時きっかりに診察にきてくださいました。さすがに気になって、「先生、ちゃんと休んでますか?」と声をかけると、私の傷に触れながら「まあ、こんな仕事を選んじゃったもんでぇ」と例によってハキハキした明るいお返事。医師特に外科系の医師って本当に大変なお仕事だと思います。

 その診察で主治医は昨日クリップ(正確にはクランプといいます)した部分に異常がないことを確認し、即座にレントゲン撮影へ。昨日とは違い、車いすに乗せられての移動もずいぶん楽になりました。そのレントゲンの結果を即座に確認した主治医がすぐに病室にやってきて、胸腔に突っ込んでいたドレーンの抜去へ。

 このあたりの手配の速いこと。処置室で背中を医師に向けて横たわると、患部を露出した身体の上に白い紙を被せられ、直ちに局部麻酔が処方されてドレーンを抜去、ふた針縫って、背中から「これで無罪放免ですねぇ、お疲れさまでしたぁ」と主治医のいつもの頼もしい明るい声がかかるのを聞き、痛みに注意しながらゆっくり振り返ったときには、ドレーンも女医さんも消えていました。処置室から歩いて病室に戻ったのが10時、最初に朝の挨拶を交わしてから1時間もかからない間の処置でした。

 ようやくチューブだらけの囚われの身から「無罪放免」されて身ひとつの自由な身分となったからには、ベッドでじっとしている理由はないので、早速、いま一番やりたいことである樹木の観察に出かけました。といっても、いきなりアルプス1万尺というわけにはいかないので、観察のフィールドは病院の中庭です。

 この病院にはちょっとした中庭があって20種ほどの樹木が植えられ、遊歩道やベンチ、東屋なども整備されています。すでに秋口を迎えて落葉樹は色づき始め、常緑樹も老成した緑の濃い葉のみとなっています。この庭で面白いのはシラカシとアラカシの東西を代表するカシが揃って植えられていること。また、ユズリハとヒメユズリハも揃って植えられていることです。

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  病棟9階から見下ろした中庭、遊歩道と東屋、それに水路が見えます

 二つのカシはともに暖温帯の樹木ですが、一般にシラカシは関東を代表する一方、アラカシは西日本に多く分布しています。見分け方は常緑樹ですので葉に注目すればよく、シラカシは葉が細長く全鋸歯であるのに対し、アラカシの葉は短く鋸歯が葉の先半分にしかありません。しかし、シラカシは関東のカシとはいうものの、関東周辺の山地で見かけることはまずなく、見るのはもっぱら公園樹や庭木、社寺林の樹木としてです。

 というところで素人推理をするのが面白いのですが、シラカシは元々山には生えず、かつては広大な関東平野の平地林に優占して分布していたのではないでしょうか。それが人口増に伴う新田開発や都市の展開によって伐採侵食され、今日のように、人為的に残された部分以外では見ることができなくなったのではないか、なんて推理はいかがでしょう。

 もう一つの西日本のカシであるアラカシは紀州備長炭など薪炭材としても盛んに利用され、人為的に萌芽更新などで保護されてきたため、今もよく見かけます。なお、最高品質の紀州備長炭ができるウバメガシも、この中庭に植えられていますが、ウバメガシはブナ科コナラ属コナラ亜属に分類されるナラ類やクヌギの仲間であり、先にあげたカシ類もコナラ属ではありますがアカガシ亜属という別のグループですので、ウバメ「カシ」という名はついていますが厳密にはカシの仲間ではない点も面白い所です。

 一方、ユズリハとヒメユズリハの違いは、まずヒメと名付けられるくらいですからヒメユズリハの方が樹体が小振りであること。ユズリハの葉は大きくまばらに着いて葉裏は粉を吹いたように白く、葉脈が枝分かれする側脈は16〜18対あるのに対し、ヒメユズリハの葉はやや小さい代わりに木全体に密生してつき、葉裏は黄緑色で、側脈はユズリハのちょうど半分の8〜10対と少ない点などで見分けます。

 また、生息地はユズリハは暖温帯林の山地、ヒメユズリハは海岸に多いことでもざっとした見分けがつきます。ユズリハの仲間にはもう一種、エゾユズリハというのがあって、これはユズリハが、日本海側の多雪地帯に適応した亜種(専門用語で「日本海要素」といいます)で、この適応についても実に興味深い話がたくさんあるのですが、書き出すと止まらなくなりそうなので、今日はこの辺で。

 以上は、森林インストラクター試験に備えた受験勉強で頭に叩き込んだ知識です。試験の結果はともかく、学びは人を裏切らないもので、苦労して記憶に叩き込んだ内容は、確実にこれからの森歩きを豊かにしてくれるに違いありません。そんな時が一刻も早く実現するよう、頑張りたいと思います。
 

 
 9月22日、午後6時半。今日はなかなか大変で、ようやく今になって心身ともにブログを書く余裕ができました。痛みは時間とともに徐々にひくものと思っていたのですが、そうでもないみたい。痛みの制圧はひと筋縄では行かないようで、敵はやはり手強いです。

 術後の経過自体は順調なようなのですが、背中に入っていた針から注入していた薬液が切れて痛みが再燃しました。ちょうど担当医が回ってきた際に、補給をお願いしたところ、これは麻酔医が責任を負うもので自分にはできないし、そもそも麻薬の一種だから補給は絶対無理とのこと。術後麻酔が覚めた直後の激痛を抑えるのがその役割だから、一定時間が過ぎればもう使えないとのこと、で、「だから、これはもういらないから外しちゃいましょう」というなり、あっさり背中の針を抜いてしまわれました。

 次いで、「これで、胸が痛くなる人もいるんだけど」とおっしゃりながら、体腔内で集水する部分を変化させて状況を見たいとのことで、ドレーンを5cmばかり外に引っ張りだして固定。ちゃっちゃと手際よく作業を終えて、担当医が病室から出て行かれた後、5分ほどできっちり胸にイヤな痛みが走り、これを引き金に麻薬が切れた背中にも激痛がきました。胸の痛みは胸腔内のドレーンに沿っているように思えます。

 そこへ、今度はレントゲンを撮るということで車いすのお迎え。昨日まで2日間は簡易なレントゲン装置が出張して撮影してくれていたのですが、今日からは放射線科へこちらから出かけることになるそうです。ちなみに、毎日レントゲンを撮るのは、手術でへしゃげた肺の復活状況をモニターするため。結果はきわめて良好らしいですが、この激痛に耐えている最中の車いすでの移動はホントに厳しく、途中で気絶するんじゃないかと思ったほどでした。弱り目に祟り目とはこのことです。

 で、レントゲンから病室に戻って完全にダウン。寝ていれば次第に痛みも落ち着くのですが、食事をするために起きるとか、手洗いに行くために歩くとかすると、たちまち胸と背中に痛みが走り、脂汗だらけになってベッドに倒れ込むような状態を、夕方まで繰り返していました。

 しかし、痛みはありますが、もう身体についている管はドレーンのみ。午後の担当医の診察で、移動したドレーンからもあまり血液や体液は出ていないことがわかったので、ドレーンが身体から出ている所を大きなハサミ状のクリップで固定し、ダラダラと体液が出る機能を止めました。このまま明日まで様子を見て、固定したクリップから胸腔側に体液などがたまっておらず、レントゲンでも水分を認めなければ、ドレーンも外される予定です。

 はあ、しかし、こうして痛みに耐えてなんとか頑張ってはいるけど、考えてみればこれって、少しも間質性肺炎の直接的な治療にはなっていないんだよね。 治療を始めるための診断を確定するための検査で、これだけエラい目に遭わねばならないとは。やはり敵は手強いと思った一日でした。

 
 
 9月21日、今朝も秋晴れのいいお天気です。手術から2日目の朝、初日に比べればずいぶんマシですが、やはり痛みに耐えながらの夜明かしになりました。

 この痛みは、肋間神経からくるそうで、胸部側面は人間の身体でもっとも痛みに敏感な所とのこと。がらっぱちな物言いの部長は「そら痛いでしょう、ここが身体中で一番痛いらしいですわ」「まあ、なってみんと分からんけどね」とのありがたいお言葉。担当の快活な女医さんは「まあ、日にち薬ですからあ」と、励ましてくださるのか諦めるようさとしているのか・・(^_^;)

 背中には、麻酔医が処置してくれた痛み止めの薬液を注入するチューブが固定されています。麻酔医の説明によると、痛みは脳が認知することで初めて痛みとして感じるものであり、鎮痛剤のたぐいはこの脳の機能を鈍化させる作用を持っているのですが、このチューブの先の針は患部からの痛みの情報を脳に届けるルート(硬膜外)に入っていて、情報が脳に行く前にその情報をブロックしてしまうそうです。

 そのチューブの元には薬液の入れ物がついた小さな機械があって、一定時間ごとに空気が抜けるような音がして薬液が注入され、背中がちょっとひんやりします。それでも痛いときは手元にあるボタンを押すと、その薬液が数回分、余分に注入されます。ということで、痛くなるたびにそのボタンを押すのですけれど、あまり続けては反応しないようセットされているようで、一定時間を空けないと機能しません。昨夜は何度も押しては、「よしよし、成功!」「ちぇ、無反応」と一喜一憂を繰り返しました。

 夜中に最後の点滴が終わり、点滴の針は外されました。今朝は排尿の管が取れる予定で、そうなると残りは先に書いた痛み止めのチューブと体液を排出するドレーン、そして酸素チューブだけになり、移動もかなり楽になるはずです。


 ・・と書いたところでまた痛みでダウン。ベッドでウジウジしているうちに3時間が経過して今はもう昼前です。この間に、予定通り排尿の管が外され、さらに担当医の指示で一気に酸素チューブも外され、残るは痛み止めとドレーンだけになりました。ドレーンの先端はたくさん穴があいた細いチューブで肺の周りを巡っており、よけいな体液や血液を体外に出す役割を果たしています。

 ともあれ、これで相当自由に動けるようになり、CDプレイヤーも自力で操作できるようになりました。で、今日かけているのはベートーベンの有名な三つのピアノソナタ、第8番『悲愴』、第14番『月光』、第23番『熱情』のセット。演奏は指揮者としても名を成したダニエル・バレンボイム。さすがに叙情に満ちた丁寧な演奏です。

 ついでの話ですが、これらのCDは12年前に亡くなった親父の形見です。特にクラシックが好きという人ではなかったのですが、恐らくはフレンチホルンを吹いていた私の影響も多少はあって、晩年にチャレンジしようと求めたものだったのでしょう。こちらはクラシック音楽より仕事と登山に忙しく、12年間、段ボール箱に詰めたままだったのですが、入院を機会に、ドイツ古典派を中心に10枚ばかり選んで持ち込みました。なので録音はかなり古く、奏者も二時代くらい前の方ばかりですが、クラシック音楽の世界ではそんなことは全然問題ではありません。音質は申し分なく、名盤ぞろいで大いに楽しめます。

 こんなにゆっくり音楽に耳を傾けるなんて、いったい何年ぶりになるでしょう。難病との戦いは厳しいですが、こんな副産物もありますから、やはり人間、万事「塞翁(さいおう)が馬」なんですよね。まあ、ボチボチ頑張りましょう。

 
 

 
 9月20日、12時半、42時間の絶食絶飲をへて、いま茶粥をいただいたところです。点滴栄養を入れていれば空腹も乾きも案外、感じないものですが、やはり口から頂く食事は美味しい。動物はとりあえず食べることさえできれば命は長らえるし、基本的に幸せなのだと思います。きっちり完食しました。いまこの病室でかけているBGMはベートーベンのピアノ三重奏曲第5番ニ長調。サブタイトルが『幽霊』というのが、いまの状況に似合いすぎるなあ・・って感じですが、ピアノはウラディーミル・アシュケナージ、ヴァイオリンはイツァーク・パールマンという、往年の豪華キャストによる名盤です。

 昨日、手術の呼び出しがあったのは午後4時過ぎ、予定より1時間遅れで点滴をつけたまま車椅子で手術室に向かいました。この大きな病院では広い手術専用フロアがあって、エレベーターを降りてすぐの入り口のインターホンで付き添いの看護士さんがコジローの名前を告げると、大きな引き戸がおごそかに開いて、両側に扉が並ぶ無人の広く長い廊下が現れます。ん~、これって、いつかみたSF映画みたい、と思う間もなく車いすはズンズン進み、やがてどこからか「3番です」という声が聞こえて、車いすはその番号のドアの前で止まり、ドアが開くと数人の手術スタッフが用意万端で待ち構えていました。

 とにかく何もかもがテキパキと早い。全員マスクをしているので誰が誰だかよくわからないうちに手術台に乗せられ、これは明確にあの先生と確認できた麻酔医が「じゃ、麻酔薬を入れますね」といって点滴チューブから麻酔薬を注入、さらに「だんだん眠くなりますよ~」という声を遠くに聞きつつ、それっきり、あとは記憶が途切れました。

 目覚めたのは、手術が終わって手術室で手術台からベッドに移されたとき。左の肩甲骨あたりに我慢できない激痛を感じて、姿勢を正そうとしたのですが、どうにも体が動かない。懸命に少しでも楽な姿勢をと体をねじる私を乗せたベッドは容赦なくどんどん進んで行くのですが、ところどころある廊下の小さな段差を通過するたび、飛び上がりそうに痛い。病室にたどり着いたときは冷や汗がびっしょりで、しばらく痛みをこらえてうなっていました。

 そんな状態で必死で体をねじって時計を見たら7時半、ともあれ手術は無事済んで生還したのだと思いました。痛み止めが少し効いてやや落ち着き、気がついてみると体にはいっぱいチューブがついていて、これでは動けないのも道理でした。それから夜明けまで、痛みと戦いながらウトウトする長い長い夜が続きました。いやあ、ホント、長かったです。

 しかし、バイタルサインにはいずれも問題はなく、心配された肺からの空気漏れもない。ガス交換も順調ということで、朝から徐々にチューブが外され、昼前には酸素ボンベや点滴や肺からのチューブをつけたままでの歩行訓練が行われました。現在は肺付近から体液を排出するドレーン、点滴、排尿用のチューブ、それから酸素チューブで毎分2リットルの酸素を吸入している状態です。これらを全部くっつけて歩くのは結構ホネでした。

 と、ここまで書いてきて、また背中が痛くなってきたので、いったん

 で、また慌てて痛み止めを処方してもらってしばらくうなりつつ、やがて眠りに落ちて2時間半経過。ん〜、敵はなかなか手強い。『幽霊』もとっくにどこかに行っちゃったようだし(^o^)v、ちょっと疲れましたので、続きはまた明日。です。 

 

 

 
写真-2

 9階にある病室からの眺め。和歌山市南部が一望です。


  9月19日、それが手術前の標準らしく、睡眠薬を処方してもらったので、6時半までぐっすり眠りました。3月に受験勉強を始めて以来、毎朝4時には目が覚めるのがすっかり習性になって久しいので、目覚めて周囲が明るいとちょっと変な感じですが、たっぷり睡眠を取っただけあって非常に爽快。窓から眺める世界は雲一つない秋晴れ、持ち込んだ旧式のCDプレイヤーから流れるシューベルトの『美しき水車屋の娘』がピッタリ似合う爽やかな朝です。

 手術は午後3時半からの予定ですが、私を担当する手術クルーが朝から順々に手術をこなして順番が回ってくるのを待つ訳で、その間には長引くのも、短く済むのもあるでしょうから、予定時間にピッタリということではないようです。しかし、朝からその準備は着々と進められていて、口から食べ物をとってよいのは昨夜9時まで、飲み物は今朝9時までということで、9時11分となった今はもう何も口に入れることはできず、その代わり、手術後まで維持される点滴の管が右腕に差し込まれました。

 ん~、なんつうか、点滴の管がついてやっと、すっかり病人らしくなったという感じです。自覚の方はまだ乏しいですが。(^_^;)  点滴液を吊ったスタンドを引っ張って室内をウロウロしていたら呼吸器外科部長が単独でやってきて、聴診器をあてながら体調の確認。それと入れ替わるようなタイミングで今度は担当の女医さんがやってきて、それぞれ笑顔で挨拶して帰られました。「じゃ、のちほど~」って街角で手を振って挨拶を交わす雰囲気ですね。

 かくして、あとはもう、各種自主トレをぼつぼつやりつつ、読書をしながら、お呼びが掛かるのを待つだけです。その間、BGMにしているシューベルトを朗々と歌うのは、ドイツ歌曲の第一人者フィッシャー・ディースカウ。そのときがきたら、やっぱここはディースカウに『冬の旅』で送り出してもらうのがいいな。

 そうそう、ちょっと古い話題で今朝の新聞にも関連記事が載っていたのですが、あの16日、台風18号が猛威を振るっていたとき、竹山堺市長が避難指示が出た大和川の状況などを視察しに行ったことについて、橋下大阪市長がイチャモンをつけているらしい。理由は、「現場が混乱するだけ」「市長は忙しい、一カ所に集中したらよそが手薄になる」「一カ所にとどまって全体を見るのが長の仕事」云々。まあ、そういう見方はあるかもしれないけれど、起きている問題によっては焦点の現場を直接自分の目で確認する必要があるケースもあるでしょう。

 ということで、双方言い分はあるわけですが、お笑いなのは橋下君がこのご高見を、ご自宅からツイッターで発信していたこと。堺市でも大阪市でも、大和川周辺で万単位の住民に避難指示が出され市民の生命と暮らしが脅かされているまさにそのとき、現場に駆けつけた竹山堺市長をせせら笑いながら、ご自分は市役所に出仕すらせず、防災の指揮を執るでもなく、もっぱら安全な自宅のソファーに寝転がって(たかどうかは知らないが)、もっぱらツイッターで遊んでたってワケなんだよね。そこで問題は、あなたなら、どちらが市長にふさわしいと思うかってことだ。コジローなら災害のさなかにツイッターで遊んでるようなボンクラのゴクツブシを市長とは認めない! それどころか、即刻リコールだ。

 橋下という男は、下品が際立つことは何度も書いたし、本質的にノンポリで政治のことなど考えたこともない空っぽな野郎だってことも書きましたが、要するに大阪府知事だって大阪市長だって維新の会だって、ヤツの手なぐさみのオモチャにすぎないのであって、それを扱うのに最低限必要な真面目さなんてカケラもない。マスコミがいくら持ち上げたって、その見下げ果てた薄っぺらで無責任な人間性などいつまでも隠しおおせるものではない。堺市長選はその空っぽの脳天に鉄槌を叩き下ろす機会にしなければならないと思います。

 ・・・なんて興奮して血圧が上がったら、手術に悪いじゃないか。(^_^;)  ので、まあ、今日はこの辺で勘弁しておきます。  さて、もういちどシューベルトでも聴いて落ち着かなくっちゃ。 

 9月18日、入院2日目。 手術前だから特にでしょうが、退屈で仕方がないのでは、と、勝手に想像していた入院生活は予想外に忙しく、昨日の入院初日は荷物を運び込んだり、入院に伴ういろんな手続きをしたり、今後の予定について説明を受けたり、それから手術に備えて肺の機能を高めるトレーニングや、手術後の感染などを防ぐためのトレーニング、さらにはストレッチや腹式呼吸の練習もあったりして、なんだか忙(せわ)しなくバタバタしているうちに日が暮れました。

 明けて今日は、朝イチで麻酔医の説明、次いで手術室の看護士長さんの説明、それを終えてから執刀もする担当の女医さんからの説明、何のためかよく知らないけどまた採血、メスを入れる左胸側面の剃毛、部長回診など次から次にあって、その合間を縫ってせっせと前述のトレーニング。まあ、やることがぎっしり詰まっているという訳ではないですが、それでも「退屈」とはほど遠い一日でした。

 医師らの説明は、これがまさにインフォームドコンセントなのでしょうが、いずれも、全身麻酔なり手術なりに伴って起こりうるリスクの説明がズラズラと並べられます。ほとんどのリスクについて「確率は非常に低いのですが…」という枕詞があっての具体的な解説。つまり万一の時のために、「ないとは思うけれど予(あらかじ)め断っておくよ」って話なのですが、生死に関わるリスクもそこそこありますから、いくら笑顔で説明してくださっても、聞いていてあまり気持ちのいいものではないです。まあ、ここまでくれば「まな板の上のコイ」ですから、説明を受けた旨を記録する書類に次々とサインをしました。

写真-3
   超音波ネブライザ

 さて、先に書いたトレーニングについてです。ひとつは超音波式ネブライザという小さな機械を使うもので、写真のドーム状の部分に薬液を入れたうえ通電し、霧状にした薬液を胸いっぱいに吸い込む動作を5分間続けます。この薬液は痰を切って出やすくする薬なのですが、そのせいかどうか、思い切り吸い込むと思い切り咳き込む。(^_^;) で、これを5分は結構きついです。手術後は傷口の痛みに加え麻酔の影響もあって痰を出すのが難しいらしく、その痰が出ずに気管支のどこかに詰まると非常に面白くない合併症を引き起こすとのことで、昨日から一日三回、咳をするトレーニングをしているわけです。

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   トリフロー

 もうひとつは、ボールが入った円筒を三つ並べてホースを繋いだトリフローという器具でのトレーニング。トリフローは「三つの浮き(=フロート)」という意味だと思いますが、それぞれのボールつまりフロートは一秒間に600cc、900cc、1200ccの空気を吸い込むと浮くようになっていて、600ccのフロートを天井まで吸い上げながら、他のフロートは浮かない強さで3秒以上息を吸うトレーニングを、1ラウンド10回。1時間に1ラウンドのペースで終日続けます。

 つまり、一回の呼吸で1800cc以上の空気を一気に吸う深呼吸訓練ですが、これが同年齢男性の平均値の3分の2しか肺活量がない自分にはやはり、かなりきつい。最初はとても無理でしたが、やはりなにごともやってみるもので、十数回繰り返した今は、なんとかかんとか3秒以上、フロートを持ち上げて維持できるようになりました。しかし、これを連続10回はやはりそこそこしんどいです。

 このトレーニングは、手術で落ちた肺の機能を回復するために重要だそうです。というのは、肺を取り巻く体腔は通常、陰圧(大気圧より気圧が低いこと)環境にあり、これが肺に空気が満たされることを助けているのですが、メスを入れて体腔に空気が入ると気圧が外界と同じになってしまい、その物理的な機能が失われて、極端にいえば肺がへしゃげてしまうため、意識した深呼吸を続けて肺を膨らませてやらなければならないってことのようです。

 まあ、なにごとも勉強というか、好奇心の固まりを自認する自分にしてみれば、何ごとによらずいろいろ新しい知識が増えるってのは面白いのですけれど、よくよく考えてみれば、こんなこと知らないで済んだ方がずっと幸せなんだよね。などなど、思っているうちに、今日も美しい夕焼けです。いいお天気が続くなあ。というわけで、明日は手術です。

 

   またご無沙汰をしました。実はいま、和歌山市内のある病院の病室でこのブログを書いています。前のブログを書いてから今日までは、まず9月15日の日曜日に半年間、毎朝4時から起きて頑張ってきた森林インストラクターの試験本番があり、もう、最後の悪あがきというか、自由にできる時間のすべてをこの試験に向けた受験勉強に充てて、ブログまで手が回らなかったというのがひとつ。そしてもうひとつは、間質性肺炎の治療をめぐり病院側といろいろやり取りがあって、いろんな検査もあって、これも結構忙しかったこと。で、やっとモノを書く時間ができたのが今となったのでした。

 森林インストラクター試験は大阪が会場で、和歌山からでも早起きすれば間に合ったのですが、直前まで勉強に集中したかったので試験会場周辺のホテルに前泊。夜遅くまで勉強して、そろそろ明日に備えて寝なければと思いつつ、興奮しているせいか頭が冴えきって眠れず、結局、すこしまどろんだ程度でまた3時前に起きだして最後の最後まで悪あがき続け、翌朝8時半、台風が近づき時折突風が吹き抜ける街を、大阪城を南に見ながら試験会場に向かいました。

 この日受験したのは80人あまり。昨年までに一部合格している人が必要な科目だけ受けては帰るので、会場が満杯になることはありません。4科目計5時間近くの試験は、とにかく長文を書いて回答する設問が主で、例えば林業科目や森林科目の試験は11ページ分あり、そのうち4問4ページ分が300字の長文で解答する問題であり、さらにその他にもある程度の文章で答える問題があります。これは、頭も疲れますが、腕も相当つらい。3科目目の途中で、腕がしびれ、手の平がこむら返りになって困りました。(^_^;)

 かくしてまあ、全科目終わった4時前には脳みそが沸騰状態、腕は無力感でぶらぶら、もう、とことん疲れ切って、しばしぐったりしてしまいました。で、出来ですが、まあ、緊張した結果の「ど忘れ」もあれば、後ではっと気づいた勘違いもあったし、守備の薄いところを鋭く突かれた問題もあって、あまり自信はありません。でもこれが、半年頑張ってきた結果の自分の到達点だと思います。合否はもともと二の次だった勉強で、ここまで集中して頑張って知ったことは、私の人生にとり、ものすごく大きな成果に違いないですから、ここまでこられたことで、満足しようと思います。 ん〜、和歌山に帰って呑んだ最初の一杯のビールが美味かったぁ!!

 で、懸案の試験が終わったので、いよいよ本格的に闘病。というわけで、肺の生検を受けるため、今日、入院したのです。肺生検とは、全身麻酔の上で肺から少し組織をとって、7種類ある間質性肺炎のうち、自分がどのタイプにあたるのか、確定診断を行うための検査です。検査といっても全身麻酔だし、肺周辺に空気が入って体腔内の気圧が上がるため、術後の呼吸困難も必至ということで、その回復の時間を見て最大3週間もかかるのです。明日から、時間があれば、その後の経過をつぶさに書いていきたいと思います。

 

 
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