一斉地方選挙が終わると同時に、昨日から大阪都構想をめぐる住民投票が告示されました。大阪市を解体するのみで住民には何ら利益にならない大阪都構想のナンセンスさはすでに明らかだと思いますが、だからといってこれが住民投票で否決されるとは限りません。

 しかし、住民投票もさりながら、この大阪都構想なる荒唐無稽な主張がなぜうまれたのか、そして論理的には破綻しながらそれがなぜ住民投票という最終決戦にまで生き延びたのか。それは橋本徹というキャラクターを理解しなければ解けない問題のように思えます。ということで以下、数日前に連投ツイッターした内容を一部手直しして転載します。


大阪都構想について1
 これは、橋下というタレントが何かの拍子に思い付いた政治ショーに過ぎないのではないか。テレビに映ってナンボのタレント政治家である橋下は、凋落しないためにいつも、衆目を驚かせるテーマを血眼で探している。そんなときに思い付いたのが大阪都という幻想だったのだろう

大阪都構想について2
 タレントにとっては、「大阪都」というこれまで誰も言っていない言葉が呼ぶ有権者=視聴者の注目度が全てなのであり、なぜいま大阪都なのか…の理屈は、あとで付け足された講釈に過ぎない。だから、それで解消するとされた二重行政の無駄なるものが実際にはないとわかっても、主張は変わらない。

大阪都構想について3
構想自体はすでに論理的に破たんしている。が、そんなことはタレントにはどうでもよくて、これをネタにケンカを吹っ掛けることで、物見高いマスコミや視聴者が注目し続けてくれれば、視聴率を取るという目的は達せられる。要するに、派手なケンカを演じられるネタさえあればいいのだ。

大阪都構想について4
 歴史にはこれと類似の事件がある。1950年代の米国で猛威を振るったジョゼフ・レイモンド・マッカーシーによる赤狩り。いわゆるマッカーシー旋風だ。共和党の不人気な上院議員だったマッカーシーは、自分を世間に売り込むネタを探す中で共産主義のスパイの脅威という物語を思いついた。

大阪都構想について5
 それは、経済や福祉のこまごました改良的な政策など訴えるなどよりはるかに、有権者やマスコミに受けるに違いない。そこでマッカーシーは共産主義の脅威を主張、国務省内に侵入したスパイのリストがここにあると証言して赤狩りの砲撃を開始したが、彼が掲げた紙切れはどこかの商店の領収書だった。

大阪都構想について6
 攻撃を開始した時点もそれ以後も、マッカーシーは何ひとつ知ってはいなかったし、国務省にもCIAにも、結果としてみれば共産主義のスパイ自体実在しなかった。だが、マッカーシーにすれば事実などどうでもよくて、自分が注目され重視されることだけがすべてだった。

大阪都構想について7
 一人の不人気な上院議員が選挙対策でついた嘘から始まった赤狩りはやがて、政府から軍、学術、芸術分野にまで広がり全米で猛威を振るった。密告の奨励や自白の強要などが日常化して繰り返され、対人関係の緊張や社会の分断が深刻化するなど、当時の米国が陥った混乱はとんでもないものだった。

大阪都構想について8
 今となっては、マッカーシーが政治というものをまじめに考えていなかったことは明らかだ。さて、橋下さんはどうなのだろう。すでに大阪は大混乱に陥っている。少なくとも、大阪府市の首長が都構想に熱中していた時間、府市が地方自治で行うべき緊急課題は棚上げされ、後回しにされてきた。

大阪都構想について9
 住民投票で都構想が可決されれば、新たな舞台で新たな混乱がなお続くだろう。否決されれば、荒らし廻られた大阪府市にはその傷跡だけが残ることになるだろう。失ったものは小さくないがしかし、混乱が長引きさらなる損失を回避するためにも、住民投票で否決だけはしなければならない。

大阪都構想について10
 さて橋下さんだ。否決されればもちろん、可決されてもそのうちに飽きて舞台から降りるのではないか。単なる思い付きにいつまでも拘泥する粘着質な性格とは思えない。降りるときも自爆テロのようなパフォーマンスを演じる気がする。これに付き合いさせられる方はホントいい迷惑だ。

大阪都構想について11
 橋下さんとマッカーシーに共通するのは、病的に肥大化した顕示欲によってというかそれを守るためにというか、自己の主張を通す詭弁の巧みさだ。社会は時々このような人物を生む。ユダヤの陰謀という仮想敵を創作してのし上がったヒトラーも同じだ。いずれにせよ、こうした人々の跳梁をいつまでも許してはいけない。



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 さて、25日、先週の土曜日は、大和葛城山にカタクリを見に行ってきました。

 カタクリは一年の大半を落葉広葉樹林の土中で過ごし、雪が融けると同時、まだ落葉樹の葉が開かず十分に受光できるわずかな期間に葉を展開して懸命に光合成に励み、花を付け、受粉して種を実らせると地上部は枯れ果てて、落葉樹の葉が茂り始める頃には、また長い地中での生活に戻ってしまいます。福寿草やショウジョウバカマ、多くのスミレなど、このような生活史を展開する植物のことをスプリング・エフェメラルつまり「春の儚(はかな)さ」と呼びますが、本当に春の妖精を連想させるような可憐な趣があります。

 ついでですが、エフェメラルは蜉蝣(カゲロウ)の訳語でもあります。カゲロウも羽化してからの命は一日しかありません。その間に交尾を終え慌ただしく子孫に未来を託して命を終えてゆくのです。そのため、成虫には消化器も口すらもありません。こちらも実に儚い命で、それはカタクリなどと共通していますね。でも、彼らはそれでこの厳しい自然淘汰を生き延びてきたのですから、儚いというのは、人間の勝手な思い入れに過ぎないのかもしれません。

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カタクリは、頂上西側の自然研究路から尾根筋に開かれた縦走路いわゆるダイヤモンドトレールに沿って咲いています。

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 ミツバツツジも満開でした。

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 このあたりはかつて薪炭林として盛んに利用されたあと放置された二次林で、高木層を構成する樹種はまずコナラ、次いでリョウブ、イロハカエデなどです。また低木層はミツバツツジやクロモジが中心で、林床をネザサが覆っています。つまり薪炭林時代からの人間の収奪が激しかったため土壌が痩せ、近畿の標高1000mレベルの極相林をなすブナ・スズタケ群落が回復していません。しかし、人手が入らなくなって時間が経過したため土壌の肥沃度も回復傾向にあると見えて徐々に遷移が進み始めており、こうしてブナの幼木を発見することができました。

 地球温暖化という別の人為的干渉がブナの将来に暗雲を投げかけていますが、このまま気候が安定していれば、まさに「自然」に、ここはブナ・スズタケ林に回復してゆくはずです。

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 ダイヤモンドトレールの道端で見つけたカタクリです。

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 大和葛城山の頂上は禿山です。

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 ミヤマキケマン。一応、高山植物ということになっていますが、低地でも結構見かけます。綺麗な株がなかったので撮影はしませんでしたが、同じ花の形で紫色のムラサキケマンもありました。ちなみにケマンは華鬘で、お堂の梁などからぶら下げる仏具のことです。キケマンは黄色の華鬘ということですね。ついでながら、黄色でもムラサキでもない単なる「ケマンソウ」の赤い花は、全然違うハート型をしています。
 
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 櫛羅(くじら)の滝コースを下山。頂上の南東側になりますが、この一角には立派なブナがあり、その林床をスズタケがカバーしていました。若々しい新緑が美しく、目が洗われるようです。

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 クサイチゴ。今年はイチゴの当たり年というか、とてもたくさん咲いていました。5月中旬頃に結実、酸味は強いですが美味しいです。

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 イカリソウ。杉林の林床にひと株だけ咲いていました。

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 ガマズミ。まだ咲き始めです。

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 今回、最後に見たのがウワミズザクラ。ブラシのような白い花序が特徴で、花の付く小枝(花序枝といいます)に葉があることで、よく似たイヌザクラと見分けます。ウワミズは大昔の亀甲占いで使用された溝を掘った板のことだそうです。

 本当に滴るような新緑が美しい季節です。厳しい山登りはもうできないのですが、せめてこの新緑に少しでも多く接することができるよう、機会を見つけては森に出かけようと思います。