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 昨日28日、日韓外相がソウル市内で会談し、両国間の懸案であった慰安婦問題について「最終的・不可逆的に解決」することで合意した。一昨日の本ブログでも書いたが、両国の閣僚が直接会うのは、あらかじめ妥結のシナリオが用意されておればこそなのであって、合意自体に驚きはない。ただ、そのブログでも指摘した首相サイドが忌避していると伝えられる「責任」という文言が日韓外相の共同記者発表で「あっさり」入ったこと、元慰安婦を慰撫し支援するための財団を韓国政府が新たに設立しこれに日本政府が10億円を拠出することの二点が予想外だった。

 慰安婦問題の最大のキーワードは「法的責任」だ。韓国側は日本軍慰安婦は当時の国際法国内法に照らしても違法であったのだから、その当事者である日本政府は違法行為を謝罪しその証として元慰安婦に賠償を行えという立場、一方日本側は、日韓の法的な問題は従軍慰安婦制度が違法かどうかに関係なく1965年の日韓請求権協定で解決済みという立場だ。これに対しさらに韓国側は、同協定で国家間の問題は決着しているとしても、個々の被害者への日本の法的責任は未解決としている。

 こうした韓国の主張の背景には、当時の日韓の経済的格差などから不本意な協定を呑むしかなかったという屈辱の記憶、戦後40年を経て韓国に民主主義が定着する中でようやく元慰安婦らが自らの存在を表明することができた現実もあり、国際法の基準では一律に裁断できない事情が横たわっている。が、だからといって日本も譲れない。政治は建て前の世界だ。長年引き継いできた建て前は余程のことがない限り変更できない。こうして双方の建て前が非和解的に対立したまま時間が経過し、置き去りにされた多くの元慰安婦が無念のうちに世を去っていった。

 河野談話は、この建て前を崩さず本音の部分で韓国側の求めに応じる政治の知恵だった。談話は「法的責任」には触れないが、実質的に日本国家の責任を認め、元慰安婦に首相が送った親書は「道義的責任」を明確に認めた。「道義的」の意味は一昨日のブログに書いたとおりだ。だが、当初はこれを歓迎していた韓国政府もあくまで「法的責任」の建て前にこだわる韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)の反発を受けて批判に転じ、解決は先送りされて今日に至っている。

 昨日の合意はこの問題について単に「日本政府は責任を痛感」と表現、かつての「道義的」の文言を取り去ることで日韓の建て前を両立させるものだ。「法的」と書いていないことで日本側が、また「道義的」を取り去ったことで韓国側が、それぞれ自らの主張を一貫させたと主張することが可能となるからだ。だからといって「道義」が打ち捨てられることがないよう願いたいが、これが外交の知恵というものだろう。率直に評価したいと思う。

 もう一点、韓国が設立するという元慰安婦への支援を目的とする財団に日本政府が10億円を拠出するという話。この財団は河野談話の際に設立された「女性のためのアジア平和国民基金」(アジア女性基金)を実質的に引き継ぐものだが、これを韓国が設立するというのがサプライズだった。韓国側はこれまで「法的責任」と一体のものとして元慰安婦への日本政府の支払いによる「賠償」を求めてきた。これに対し日本側は「法的責任」と関係なく人道的立場から民間資金を集めて「補償」するとし、やはり建て前は譲れないものの本音の部分で柔軟に対処しようとしたのだが、やはり韓国国内の強硬な批判で元慰安婦を慰撫する十分な効果を発揮できないまま頓挫してしまう。

 今回の措置は先の「責任」問題同様、こうした両国の建て前を両立させる苦心の作だ。韓国側は民間基金ではなく日本政府が資金を提供するようにしたことで実質的に「賠償」を取ったということが可能だし、日本側は元慰安婦への直接支払いではなく韓国の財団をフィルターとして通過させることで「法的責任」に伴う賠償ではないと主張することができる。やはり外交の知恵が発揮されたというべきだろう。

 問題は、こうした苦心を両国の政治家や運動団体が理解できるかだ。ここに書いたように、これらの合意は玉虫色の繊細なガラス細工に過ぎない。伝えられるところでは挺対協内にはやはり「法的責任」が不明だとして、今回の合意を非難する動きがあるという。このような原理主義が再び力を持てば、韓国政府は困難な立場に追い込まれる。逆に嫌韓を声高に叫ぶ日本のヘイトグループの妄動やこれに毒された政治家の愚かな妄言が再び繰り返されれば、壊れやすいガラス細工はたちまち崩壊してしまうだろう。歴史的な合意を成立させたからには、日本政府にはこうしたヘイト言動や歴史修正主義の表れに対し、毅然とした態度をとることが不可欠の義務であることを強調しておきたい。  



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 今朝12月26日の『朝日』は1面トップで、慰安婦問題の妥結をめざし28日に日韓外相会談が開かれることを報じた。両国の閣僚同士が会うからには手ぶらでは帰れない。これまでの事務折衝で双方、妥結の見通しが立ったからこその会談だろう。同紙によれば日本側は政府予算で医療・福祉支援を実施することで最終調整、2007年に解散した「女性のためのアジア平和国民基金」(=アジア女性基金)に代わる新たな基金を設ける方向で検討している。一方、安倍首相が元慰安婦に伝える言葉などをめぐり、立場の違いが残されているという。

 アジア女性基金を引き継ぐ基金の再開は大賛成だ。存命の慰安婦はもう48人にまで減った。政府資金をどのような形で入れるか、民間の拠金をどのように求めるか、技術的な課題はあるが、彼女らの名誉を公式に回復し、傷ついた心を慰撫することにもはや逡巡は許されない。この問題で最大の焦点は、生身の人間が不幸な歴史によって負った傷を癒すことだ。これ以上、国や運動団体のメンツや筋論で時間を浪費することは許されない。

 翻って、安倍首相が慰安婦に伝える言葉での「立場の違い」とはどういうことなのだろう。『朝日』が伝えるところでは、日本側が「責任」という言葉で引っかかっているらしい。事実とすれば、「何をいまさら」というのが率直な印象だ。いかにも歴史修正主義者らしい狭量ぶりに改めて嘆息するが、これは河野談話を引き継ぐことに難色を示したのと同じ構図で幼稚な歴史感覚に既視感がある。

 正確に言えば、河野談話は「責任」という言葉こそ使用しなかったが、文面に実質的にそれを織り込み、内閣総理大臣が慰安婦に送った親書には「責任」の言葉を二度にわたり使用した。これは、談話が日本政府を代表しての公式の声明であるため、慰安婦問題は1965年の日韓請求権協定で解決済みという日本側の公式の立場を譲るわけにはいかない一方、慰安婦への私信である首相の手紙にはそうした制約はないためと、私は理解している。


 なお、さらに詳しくいえば、親書の方も責任は「未来への責任」「道義的責任」という文脈で使用されており、「法的責任」と誤読されることは慎重に避けている。しかし思うのだ。果たして「法的責任」と「道義的責任」のどちらが言葉として重いのかと。法的責任とは無法を行ったということであり、償いは必然だが償いに謝罪の気持ちは必要ない。些細な速度超過で覆面パトカーに反則切符を切られた時のことを想像してみればいい。あれが法的責任と償いだ。他人は知らず、「人間ができていない」自分であれば理不尽さに腹が立つばかりで心から詫びる殊勝な気持ちが起きるなど毛頭思えない。一方「道義的責任」は、違法か否かに関係なく、心から自分の非を認めることだ。その自分の犯した罪の大きさを自覚して首を垂れ、許しを請うというのが道義的責任を償うということなのだ。

 自分は、コンチクショーと思いながらも長いものには巻かれるしかないと反則金を納めるより、適切な例を思いつかないのだけれど心から反省して頭を下げるほうが人の行為として気高いと思う。河野談話とセットとして出された橋本龍太郎内閣総理大臣名の親書はそうした思いのこもる名文だったと、以前、このブログで書いた。といっても、探して読むのは面倒なので、以下、河野談話と首相の親書を引用しておこう。


慰安婦関係調査結果発表に関する
河野内閣官房長官談話
平成5年8月4日

 いわゆる従軍慰安婦問題については、政府は、一昨年12月より、調査を進めて来たが、今般その結果がまとまったので発表することとした。
 今次調査の結果、長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したことが認められた。慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。
 なお、戦地に移送された慰安婦の出身地については、日本を別とすれば、朝鮮半島が大きな比重を占めていたが、当時の朝鮮半島は我が国の統治下にあり、その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた。
 いずれにしても、本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。政府は、この機会に、改めて、その出身地のいかんを問わず、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる。また、そのような気持ちを我が国としてどのように表すかということについては、有識者のご意見なども徴しつつ、今後とも真剣に検討すべきものと考える。
 われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する。
 なお、本問題については、本邦において訴訟が提起されており、また、国際的にも関心が寄せられており、政府としても、今後とも、民間の研究を含め、十分に関心を払って参りたい。


元慰安婦の方々に対する
橋本龍太郎内閣総理大臣の手紙

拝啓

 このたび、政府と国民が協力して進めている「女性のためのアジア平和国民基金」を通じ、元従軍慰安婦の方々へのわが国の国民的な償いが行われるに際し、私の気持ちを表明させていただきます。

 いわゆる従軍慰安婦問題は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題でございました。私は、日本国の内閣総理大臣として改めて、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し、心からおわびと反省の気持ちを申し上げます。

 我々は、過去の重みからも未来への責任からも逃げるわけにはまいりません。わが国としては、道義的な責任を痛感しつつ、おわびと反省の気持ちを踏まえ、過去の歴史を直視し、正しくこれを後世に伝えるとともに、いわれなき暴力など女性の名誉と尊厳に関わる諸問題にも積極的に取り組んでいかなければならないと考えております。

 末筆ながら、皆様方のこれからの人生が安らかなものとなりますよう、心からお祈りしております。

敬具

日本国内閣総理大臣 橋本龍太郎



 いかがだろうか。私は人間としての心からの謝罪といたわりの真情のこもった美しい日本語の手紙だと思う。道義的責任とはこういうことなのだ。河野談話が発表された時の内閣総理大臣は村山富市だったが、最初にこの手紙の送り手となったのは橋本龍太郎。そしてその後、小渕恵三、森喜朗、小泉純一郎に至る歴代総理大臣はこの文面を引き継いで署名してきた。なのに今、この手紙にある「責任」という言葉に、それが「法的責任」を意味しないことを知りながらなお難癖をつけるとすれば、それはそれをいう人物の人間性の貧しさを雄弁に物語っていると評するほかはない。だが、それはそんな為政者をいただくこの国そして国民総体としての恥辱ではないか。慰安婦問題の最終的解決のために、狭量な歴史修正主義者のたわ言が速やかに排除されることを、切に望みたい。




 またもご無沙汰。前回更新してからはや1ヶ月が経過して、またトップページにコマーシャルが出だしたので、取り急ぎ、山の会の機関誌に掲載したコラムを以下に転載しました。ん~、頻繁に更新してる人は、ホント、偉いと思います。


植物百話 7
                ドングリの話

 11月5日、森林インストラクターとして依頼された仕事で田辺市龍神村の小学生たちを案内し、護摩壇山に近い森林公園を歩いてきました。同日朝、マイクロバス3台に分乗してやってきたのは同村にある4つの小学校の3~5年生の児童約40人と引率の先生方。案内する森林インストラクターは4人で、自分は5年生14人を担当しました。

 とはいえ、標高1000mを超える高所のこと、この時期だともう紅葉には遅い・・どころか、針葉樹のモミやツガを除けば葉っぱ自体ほとんどありません。そこで、児童たちに落ち葉の中からドングリを拾ってもらい、それをテーマに話すことにしました。幸い、今年はブナが大豊作で、ミズナラとともにたくさん拾うことができました。

 子どもたちが拾ったミズナラのドングリを手に、そもそもドングリとは何かということから話し始めます。「さて、ドングリは種ですかそれとも実ですか?」と尋ねてみました。さて、紀峰の仲間諸兄のご回答や如何? 答えを先に言えばドングリはれっきとした実、より正確には果実なのです。 と、子どもたちにも正解を示したうえで、すかさず次の質問を畳みかけます。「じゃ、種はどこにあるんだろう?」

 現代の系統分類での「植物」には、厳密には緑藻やコケの仲間など種子を作らないものも含まれますが、我々が一般に「植物」の名称でイメージする草木類はすべて種子を作ります。さらに植物のうち、すべての被子植物(広葉樹と理解してもらっておおむね間違いありません)は種子を包む果実を作ります。いってみれば種子は植物の卵のようなもので、これがなければ次の世代は生まれないわけですから、種子が植物の存続に不可欠なことは自明です。しかし、果実の役割は一様ではありません。

 一番わかりやすいのは食べてもらうためにできた果実です。自分で動くことができない植物の一部はジューシーな果肉を持つ果実を作り、それが鳥や動物に種子ごと食べられ、堅い種子が消化されず糞と一緒に排泄されることで、動けない植物も遠く離れた場所に種子を散布して勢力範囲を広げることができます。動物らの食料となる果肉部分は種子を散布してもらうための報酬なのですね。このような果肉に富む果実を専門用語で「液果」(えきか)といい、さらに人間の食料となるものは「果物」(くだもの)と呼ばれます。

 一方、ドングリのように堅い皮で覆われた果実を専門用語で「堅果」(けんか)というのですが、こうした堅果にはモモやカキのような果肉はないように見えます。しかし、果肉はちゃんとあるのです。ドングリの仲間であるクリを思い出してみてください。クリは他のドングリの仲間と同様、堅い皮に包まれていてこれを鬼皮と呼んでいます。その鬼皮をむくとその下に渋皮に包まれた可食部が現れます。あの渋皮は実は種を包む皮つまり種皮でその渋皮で包まれた部分全体が種子、そして渋皮と鬼皮に挟まれた狭い部分が果肉なのですね。こんどクリを召し上がる機会にぜひご自分の目で確認してほしいのですが、鬼皮の裏にびっしり張り付いている繊維質がクリの果肉なのです。

 ついでにいえば、堅果はクリも含めすべて頭がとんがっていて、種の部分が二つに割れる特徴があります。とんがっている部分は根が出る所、そして割れる二片は発芽した時に二枚の子葉になるのです。堅果類は無胚乳種子といって発芽の際のエネルギー源としての胚乳がないのですが、大きな子葉に栄養を貯めて発芽に利用しています。

 すこし横道にそれましたが、つまり私たちはクリの果肉を捨てて種子を食べているのです。ドングリもモモやカキなどの液果と違い大切な種子を動物たちに食べられてしまうのですから大変、これでは報酬をタダ取りされるだけでは・・と思われますがそんな心配は無用、そこは動物を巧みに操る植物のこと、さらなる深慮遠謀があるのです。

 リスやネズミ、それに鳥のカケスらはドングリが主食で、紅葉の頃には越冬に備え大量のドングリを蓄える習性があります。逆に言えば、だからこそ樹木はこの時期を狙って一斉にドングリを実らせているのです。リスたちは行動範囲のいたる所で土に埋めてドングリを貯蔵し、厳しい冬の間これを掘り出して命をつなぐのですが、なかには余る場合もありますし掘り忘れるケースもありそうです。ドングリは地上で乾燥するとすぐに発芽能力を失うところ、湿った土に埋められることで春に発芽することができるのです。つまり、ドングリをつける植物は、少数の種子を広域に散布して確実に発芽させるために、多数の種子を報酬として動物たちに与えるという繁殖戦略をとっているわけです。

 ドングリは動物の一種である人間にとっても重要な食料でした。ドングリをつけるのはブナ科の樹木ですが、ブナ科の多くは高木で日本の森の主役を務めています。東北地方など涼しい地方ではブナやミズナラが、また暖かい地方ではシイやカシがその代表です。考古学では、縄文時代の人口分布は圧倒的な東高西低で総人口の9割以上が関東から東北で暮らしていたとされており、涼しい地方のほうが縄文時代の主食であるドングリが豊富であるためと説明されています。しかし最近、ブナ・ミズナラ林とシイ・カシ林の生産力を実際に比較してみたところシイ・カシ林に軍配が上がる結果が出ており、先の説明にも疑問符がついているのですがそれはさておき、青森の三内丸山縄文遺跡では周辺にクリが植えられていたことが分かっています。長年の観察でクリの実から栗の木が発生することに気付いた縄文人が、効率的にクリの実を得ようと植えたのでしょう。これはまさに農業の芽生えです。人間は奪うばかりかと思いきや、栗の木は美味しい種子を報酬とする代わり、栽培させることで人間すらもその繁殖戦略に利用していたということができそうです。

 クリだけでなく、ブナ、シイ、そしてイチイガシなどのドングリは、あく抜きをしなくても生でさえも食べることができます。龍神村の子どもたちには、ブナのドングリを縄文人になったつもりで味わってもらいました。フライパンで炒ったり、レンジでチンすればなお香ばしく美味しくなります。晩秋の山、ちょっと余分に時間と装備を用意して、自然の恵みを味わってみてはいかがでしょうか。味は好みがわかれるかもしれませんが、少なくともキノコに比べれば安全ですもんね。



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