上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 昨日15日午後、八ヶ岳を構成するピークのひとつ阿弥陀岳の頂上に近い南稜で表層雪崩が発生、登山中だった3人パーティが巻き込まれて300mを滑落、女性一人が死亡し男女各一人が重軽傷を負った。同パーティは八ヶ岳を熟知する地元の30代男性山岳ガイドが業務として60代の女性2人を引率していた。報道によれば、八ヶ岳は数日前の陽気でいったん解けた雪がこのところの冷え込みで堅く凍り、その上に新雪が積もって表層雪崩が起きやすい状況にあったらしい。

 原村から取り付く阿弥陀岳南稜にハイキングレベルの道はなく、特に稜線に出てからは夏でも厳しい岩尾根のバリエーションルートになる。まして積雪期、山のプロが初老の域にある女性客を引率して挑むからには、安全に踏破できる確証があってのことだったと思うが、どこで何を読み誤ったのだろうか。和歌山で収集可能なわずかな情報から安易な憶測は慎みたいが、雪崩に対する備えの重要性を改めて知らされる事件ではある。

 私が所属する紀峰山の会も、同じ八ヶ岳で冬の主稜縦走に挑む計画を立てていた。南八ヶ岳主稜は阿弥陀岳南稜に比べ入山者こそ多いが、冬山の経験がそうないメンバーたちにとり難度は同程度だと思う。そこで問題になった課題の一つが雪崩対策だ。自分はこのパーティのメンバーではなかったが、冬の八ヶ岳ならもう10回以上寝泊まりして大概のルートを登っているし、雪崩についての知識も経験もそこそこある。そこで老婆心ながら助言したことを、会誌『紀峰の仲間』に発表したのが以下の文章。ブログの更新がままならず恥ずかしいのだけれど、関心があれば読んでください。



     コラム  雪崩のリスクと対策を考える

 今回は、植物百話をひと休みして雪崩のリスクとその対策について書こうと思う。この間、紀峰塾が企画した南八ヶ岳主稜縦走を巡っていくつか質疑応答があり、特に冬山の大きなリスクのひとつである雪崩への対処法について、会全体で共有しておく必要を感じたからだ。

さて、冬山といえば直ちに雪崩の恐ろしさを連想されることが多いが、実際のところ雪崩による登山者の死亡事故はそれほど多いわけではない。冬山での遭難事故原因についての正確なデータが見つからないので、これまで長年、山岳遭難報道をしつこくチェックしてきた自分の印象から語るしかないのだが、冬山で一番多い死亡原因は滑落で凍死がこれに次ぐのではないかという感じだ。

 入山者の数からみて以下の大半は夏山での事故だろうが、警察庁生活安全局がまとめた『平成25年中における山岳遭難の概要』によれば、遭難(死亡事故に限らない)の原因は道迷いが41.8%でトップ、17.0%の滑落さらに14.5%の転倒がこれに次ぐ。冬は氷雪という環境が滑落や転倒のリスクを高め、夏なら道迷いで済む小さなトラブルが酷寒の冬山では凍死に直結するという差があるだけで、遭難原因自体に夏冬違いがあるわけではないだろう。ちなみに雪崩による遭難者数は全体の0.7%に過ぎない。

 にも拘わらずこの程度のリスクに不釣り合いなほど雪崩に大きな脅威を感じるのは、滑落や道迷いが登山者の注意や努力で相当程度まで回避可能と思われるのに比べ、雪崩はその多くが登山者の失策とは無関係に発生するのに加え、滑落や道迷いに比べ遭遇した際の致死率が格段に高いためだろう。

 たしかに、雪崩の予測は専門家でも難しい。自分はこれまでの長い山行生活を通じ雪崩に3回遭遇しているが、そのうち2回はやはり不意打ちの印象だった。雪崩発生のメカニズムなどひと通りは勉強し、弱層テストもしてそれなりに警戒はしていても、自然はそんな人間の事情など考慮してはくれない。条件さえ整えば斜面にビシッと亀裂が走ってその下の雪が動き始め、速度を増し、やがて斜面全体が崩れ落ちてくる。

 こうしていまコラムを書いているからには生き延びているわけだが、例えば穂高の吊り尾根直下にあるトリコニー(靴裏に打つ鋲の意味)と呼ばれる岩場を登攀している最中、背後の岳沢大滝付近で起きた底雪崩では、轟音の直後に爆風と雪煙が押し寄せ、危うくしがみついていた岩から身体が引きはがされるかと思った。大きな雪崩のパワーは本当に総身の毛がよだつほどにすさまじい。

 とはいえ、いずれの場合もパーティに危険が及ばなかったのは、ヤバそうな斜面は用心して迂回したり疎林帯を直登するとか尾根通しに歩くとか、できるだけ雪崩が起きそうな状況から距離をとるルートを意識していたからだ。雪崩自体は何の予兆もなく突然に起きたが、「危うきに近寄ら」ない君子の警戒は有効だった。ついでながら自分が遭遇した残る1回は立山の雄山直下から黒部湖へ、不安定な斜面にスキーで不用意に踏み込んだ自分が引き起こしたのだから警戒もくそもない自業自得だった。しかしこのときは幸い雪崩の頂点にいたため、波乗りのように雪崩に乗ったまま斜面を下り事なきを得た。

 だがもちろん、不幸にして雪崩に飲まれた場合のことも考慮しておかねばならない。雪崩による死亡原因の半ば以上は窒息だ。雪に埋まってからも生きているケースは多いのだが時間の経過につれ窒息のリスクが増し、生存可能性は加速度的に低下する。つまり、どれだけ早く掘り出し呼吸させるかが生死を決するのだ。もちろん状況にもよるが、おおむね半時間以内に救出できるかどうかで生死の比率は逆転するといわれている。

 だから、冬山登山や山スキー(最近はバックカントリースキーなんて言ったりもする)では、アバランチビーコン(電波信号の受発信機=埋まった人の位置を特定するのに役立つ)、ゾンデ(=プローブ=雪に突き刺して遭難者を探る棒)、そして雪スコップを「雪山の三種の神器」などと称し、持参することが推奨されている。

 だが、「三種の神器」を持ち上げすぎる昨今の風潮も疑問だ。なぜなら、これらを効果的に活用するには事前にかなり練習して使い方に習熟する必要があり、持参するだけでは「神器」も無用の長物に過ぎないこと。さらに、実際にホンモノの雪崩を掘ってみればわかることだが、道具の使い方に習熟し遭難者の埋設地点を特定できたとしても、デブリの堅く締まった雪を掘るのはとんでもない重労働で、二次遭難のリスクがない状態で人海戦術がとれる場合以外、雪崩で深く埋まった人を救うのは実際には非常に困難だということが、きちんと伝えられていないように思うからだ。

 優れた道具は命を救える可能性を高めるが決して万能ではない。自分としては、最悪の事態に備え、使い方に習熟したうえで三種の神器を持参すべきとの意見に大いに同意はするが、山スキーや冬山には、こうした雪崩遭難の過酷な現実を理解し受容したうえで行くべきで、やはり雪崩対策の基本は、あくまで天候と地形と雪質を読み尽くし、慎重にルートを選び、進退を判断し、とにかく遭遇しないことに尽きると思うのだ。

 さて、この項の最後に今回紀峰塾の冬山で話題になった「雪崩ひも」の件。自分がまだ紅顔(厚顔ではない!)の若者・・だった頃、ビーコンがまだなかった当時は、10mほどの赤い荷造りヒモや毛糸を腰に結び、尻尾のように長く延ばして行動するような不格好なことをしていた。万一雪崩に巻き込まれもみくちゃにされても、軽いヒモは風圧で飛ばされて雪面上に出る可能性が高いからだ。

 当時、雪崩ひもは小さく丸めて輪ゴムで止めておき、雪崩が起きたら輪ゴムをほどいて放り投げるのが使用法として伝えられていたが、パニックに陥ること必定の状況下、そんな悠長なことをしている余裕があるのか、またこんな方法でちゃんとヒモが伸び切って雪の上に出てくれるのか、いずれも自分としては確信が持てなかったので、やむを得ず雪崩の発生を否定しきれない斜面付近を通過しなければならないときは、紀峰のパーティ全員事前にひもを伸ばし、赤く長い尻尾を引きずって歩くようにさせていたのだった。

 もちろん万能ではないが一部でも雪面に出ていれば、ビーコンより遥かに早く遭難者にたどり着ける優れた道具だろうと今でも思う。ちなみにかたやビーコンは一台数万円、こなた雪崩ひもは一本せいぜい5円程度、コストパフォーマンスでいえば勝負にならない圧勝だ。紀峰では三種の神器と雪崩ひも両者を併用するとともに、これらを使用しなくて済むよう、雪崩との遭遇を未然に避ける学習と経験の蓄積に努力してほしいと思う。

 繰り返すが、きちんと対処すれば雪崩のリスクは一般に思われるほど大きなものではない。実態以上に恐れず勇んで冬山に出かけようではないか。その素晴らしさ、そこで得られる感動は、雪崩のリスクなど補って余りあることは間違いないのだから。



スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。