先の週末、有機農業の町として有名な宮崎県綾町を訪ねる機会があり、それとあわせて念願だった綾の照葉樹林を訪ねることができた。

 照葉樹林はクスノキやシイ・カシ類、ヤブツバキなどに代表される常緑広葉樹の森で、ヒマラヤ山麓から揚子江中下流域を経て海を渡り、台湾、沖縄、九州から南東北の海岸域までを覆う本来の植生であり、そこに照葉樹林文化と名づけられた共通する文化が成立したことで知られる。共通する文化要素としては、根栽類の水さらし利用、絹、焼畑農業、陸稲の栽培、モチ食、麹酒、納豆など発酵食品の利用などが挙げられている。日本人のルーツを解明する上で興味深い仮説であり、ブータンの探検で知られる中尾佐助や、「イネの来た道」をこのルートに追求した佐々木高明ら、知的刺激に満ちた論考は、読むたびに大きな興奮を与えられたことを思い出す。

 しかし、日本における照葉樹林は人間が最も暮らしやすい場所に分布していたため、その大半が伐採されて農地や都市に変換され、各地の神社の鎮守の森などを例外として、もうほとんど残っていない。綾町には、その貴重な照葉樹林がまだ千ヘクタールのオーダーで残されている。ちなみにユネスコの生物圏保護区に指定された照葉樹林の面積は、約700ヘクタールの核心地域を中心に緩衝地域、移行地域を含め2市2町1村にまたがる約14500ヘクタールに及ぶ。

 その貴重な綾町の照葉樹林を、この森を守り復元させる活動を展開する「てるはの森の会」のガイドさんの案内で半日に渡り、見学させてもらった。



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 綾町の入り口にかけられた看板

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 綾の大吊り橋から見た照葉樹林。モコモコしていてブロッコリーが集まったようにみえる。
 シイとカシの花が満開の今が最高の季節だ。

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 クマガイソウ

 森の見学なのだから樹木を載せるべきなのだが、樹木、特に大木は写真にならないんだよねえ。(^_^;)

 で、草花の写真にならざるをえないのだけれど、これはクマガイソウ。図鑑で何度も見て、いつか現物を見たいものと思っていたのだが、今回こうして初めて見ることができた。名前は源氏の武将、熊谷直実(なおざね)に由来する。騎馬武者は後ろからの弓矢の攻撃を防ぐため、母衣(ほろ)という袋状の防具を背負っていたのだが、この花を熊谷直実がまとった母衣に見立てたわけだ。

 その熊谷直実は一の谷の合戦で逃げようとする平家の若武者を追い、捕えてその若さに我が息子を思って殺害をためらうが、直実に討たれることを望む若武者の言を受けて泣く泣く首を取る。その若武者こそ横笛の名手として知られた平敦盛17歳だった。平家物語の山場の一つだが、この敦盛にちなむアツモリソウという花もあって、やはり袋状で、こちらは敦盛の母衣にちなんだものだ。

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 コバノタツナミソウ
 葉が小さく、花が一方向に並んで咲くことから立浪草と名付けられた。
 別名ビロードタツナミ、触れるとビロードの様な柔らかい感触がある。


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