以下、コジローが所属する「紀峰山の会」の機関誌に連載している巻末コラムを転載します。これまで25年間に渡り連載を続けてきた毒舌タッチのコラムなのですが、もう登山は卒業したことだし、今回から方向を変えて植物や森林生態系などについて面白いと思ったことを書いてゆくことにしました。 …いつまで続けられるかわかりませんが。

【以下転載】

 厳しい登山はできないとしても山との縁は大事にしたい。そう考えて、最近はもっぱら山麓での植物観察に明け暮れている。

 このゴールデンウイーク、4月末の前半は宮崎県綾町の照葉樹林の観察と鹿児島県姶良(あいら)市の蒲生八幡神社に日本最大の巨樹であるクスノキを見に行き、ついで5月の後半戦は福井県坂井市の雄島、滋賀県長浜市の山門(やまかど)水源、管山寺と三ヶ所の森をたっぷり時間をかけて歩いてきた。いずれもその土地の森林を深く知る地元の森林インストラクターらが一見を勧める森だけに、さすがに見ごたえ十分だった。

 山頂や見晴らしの効く尾根から眺めるマクロな世界はもちろん素晴らしいが、風雪に耐えて佇む巨樹の威容に接したり、足元の草花、そしてそこで営まれる生態系の不思議をルーペも活用しミクロの目で見つめることも、それに劣らず面白い。これは、登山を禁じられなければ発見できなかった世界だったかもしれない。「人間万事塞翁が馬…」とは、さすがに昔の人たちはいいことを言ったものだ。

 これらの森林観察は「コジローのあれこれ風信帖」と名付けたブログで詳しく報告しているので→(http://yamatomori.blog.fc2.com/)、お時間が許せばぜひご訪問頂きたいが、このコラムでも「植物百態」と称して、その一端を折に触れ紹介していこうと思う。

 その初回に何を取り上げるか。紹介したい植物がたくさんあって少し迷ったが、まず雄島で見たウラシマソウから話を切り出してみよう。

 雄島は観光名所として知られる東尋坊の北、橋で陸地と繋がれた周囲2kmほどの無人島で大湊神社が鎮座し、島全体が鎮守の森として守られてきたことから、見事な照葉樹の海洋性原生林が残されている。最大の見物は和歌山ではもう滅多に見ることができないタブノキの巨木林なのだが、そのタブを見上げながら薄暗い森を歩いていて、林床にウラシマソウが幾株も花をつけているのに気付いた。

ウラシマソウ
 ウラシマソウ

 ウラシマソウはサトイモ科テンナンショウ属の多年草で、読者諸兄が紀州の山でもよく見かける同科同属のマムシグサの花から長い付属体が伸びた姿をしている。写真がそのウラシマソウで、この湾曲して伸びる付属体を浦島太郎の釣竿や釣糸に見立てたのが名の由来だ。

 テンナンショウ属は世界に約200種、日本で約30種が知られており、その生態には実に興味深いところが多い。ちなみにテンナンショウは「天南星」と書く。球茎を生薬とした漢方薬の名前だが、漢字で書くとなんだか競走馬みたいでカッコいい。            

 さて、まずそのテンナンショウ属の構造からだが、葉を支える茎のように見える部分は実は葉柄(葉の付け根の柄の部分)が重なって筒状になったもので「偽茎」と呼ばれる。つまりテンナンショウ属の葉は地中から直接地上に出ていて、本当の茎は葉に囲まれた中心に軸のように存在している。で、この偽茎の模様がマムシの皮膚の模様に似ることがマムシグサの名の由来だ。

 さらに興味深いのはその繁殖システム。テンナンショウ属の殆どの種は、発生してしばらくは雌雄無性で花も付けない。毎年少しずつ大きくなってやがて雄株になり、さらに大きくなってやっと雌株に性転換するのだが、風や虫害で葉が損傷したりすると再び雄株に戻ってしまう。これは子孫を残すこと、植物でいえば種子やそれを包む実を生産することがいかに大変な、資源とエネルギーの動員を必要とする営みであるかを示している。

 その雌雄の花について。まず、サトイモ科の花といえば連想してもらいやすいのはミズバショウだが、ご存知のとおりミズバショウの花に見える白い帆のような部分は実は「仏炎苞」(ぶつえんほう)といって、つぼみを包んでいた葉が変化したもので、本当の花はその仏炎苞に囲まれた中心の黄緑色の棒状にたくさん付いている。このような花のつき方を肉穂(にくすい)花序といい、テンナンショウ属の花も類似した構造だが、肉穂花序が仏炎苞の筒の中に隠れている点がミズバショウとは異なる。

 その花を訪れてテンナンショウ属の花粉を媒介するのは小さなハエなどの昆虫だ。彼らは雄花の仏炎苞の上部から筒の内部に侵入するが、筒の内壁はツルツルになっていて一度入ったら二度と這い上がることはできず、ズルズルと底に落ちてゆくしかない。仏炎苞の底には雄花が撒き散らした花粉が敷き詰められていて、もがけばもがくほど昆虫は全身花粉まみれになるのだが、その上でようやく巻スカートのようになった筒の底の一角に空いた隙間を発見し、そこからかろうじて脱出することができるわけだ。

テンナンショウの実

 この花粉まみれになった昆虫が次に雌花の仏炎苞から内部に侵入し、肉穂花序についた雌花に触れればその時点でめでたく受粉が成立する。受粉が成立すればやがて仏炎苞は剥落して肉穂状のまま成熟した実が露出する。落葉樹の葉が落ちた明るい秋の林床で、マムシグサの赤いトウモロコシのような実の塊を目撃した方もおられることだろう。

 で、話を戻して雌花に入った昆虫のその後の運命。雄花同様、一旦入り込むと仏炎苞の筒内を上に戻ることは不可能で下へ下へと追い込まれてゆくのだが、雌花には雄花にあった開口部がない。受粉の役割を終えた用済みの昆虫を外へ出す必要はないからだ。このため、成熟した雌花の仏炎苞の底には昆虫の死骸がたまっている。夏の終わり頃にマムシグサを見かけたら、ナイフで仏炎苞を割いてみればその模様が観察できるはずだ。こうした植物と動物の関係を知るたび、この惑星の主役はやはり植物なのだと思わされる。

 雄島でウラシマソウを撮影しょうとしゃがんでいたら、ちょうど通りかかった若いカップルが背後から、「食虫植物ですか?」と尋ねてきた。テンナンショウ属の雌花は昆虫を捉えはするが、モウセンゴケのようにそれを栄養源にするわけではない。だから食虫植物というのは当たらないのだが、湿った日陰に生える異様な姿が不気味な印象を与えるのだろう。くだんのカップルには「食虫植物ではない」と説明した上で、その興味深い生態を手短に解説し、「別の意味で当たっているかも…」と、答えておいた。



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