2014.09.15 富士下山
 この週末は富士山に行ってきました。といっても「富士登山」ではなくて、いわば富士「下山」。富士山の中腹を横断する信仰の道、お中道(ちゅうどう)と呼ばれる山道の一部を歩き、翌日、青木ケ原樹海を貫く道をひたすら下り、精進湖口まで達する計画です。標高は高いですが、登りさえなければ肺に病気を抱えた自分でも可能だろうと考えて8月上旬に企画したのですけれど、台風に邪魔されて一ヶ月後の今週末にようやく実現した山行でした。

 9月12日夜8時に集合して和歌山を出発し、精進湖畔の山梨県営駐車場に着いたのが2時前。早速テントを張って仮眠しようとしたのですが、ちょうどその頃から合宿に来ていた男女の学生十数人がゾロゾロと駐車場の敷地に出てきて、はしゃいで騒ぐものだから、とてもじゃないが眠れたものではない。我々はともかく、周囲の旅館もすぐ下のキャンプ場の人たちも迷惑しているだろうに、誰も注意しないのでここは自分が一喝してやろうとテントから出かけましたが、同行者が制止するので、結局、警察を呼んで注意してもらい、旅館に帰らせました。しかし、真夜中の旅館街で運動会まがいに騒ぐとは、最近の大学生がこれほと幼いのに呆れ果てました。大学名は伏せますが、東京の某有名大学の管弦楽団でした。

 さて、そんな騒ぎの翌13日朝は、まず車を下山口に回して駐車し、そこから100mほど離れた赤池バス停から8時41分のバスで河口湖駅へ。さらに河口湖駅で9時20分発のバスに乗り継いで10時過ぎに五合目に到着、10時45分から大沢崩れを目指してお中道を歩き始めました。

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 お中道は、富士山に三度登頂しなければ歩くことを許されなかったといわれる信仰の道で、元は富士山の中腹、標高2300m~2800mの間をぐるっと一周していました。しかし、大沢崩れが広がって今や横断不能となったうえ、他にも廃道となった部分があり、今は一部しか歩くことはできません。五合目からの歩き始めはこんな感じです。

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 お中道が巡っているのは、だいたいが森林限界ギリギリの高度です。といった次第で写真のように、お中道の片側には森林限界を超えて樹木がない荒涼たる世界が、そしてもう片側には過酷な環境に耐えて生き残った樹木が生育する世界が広がっています。そして樹木がない側を彼岸つまりあの世、樹木のある側を此岸つまりこの世に見立て、その境をきわどく縫って歩むのがお中道参りの意義なのでしょう。このあたりは、熊野本宮を死後の世界に見立て、そこに至って退出することで死からの復活再生を擬似体験させた熊野参詣に通じるところがあるようにも思えます。

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 お中道の森林限界に生える樹木は、カラマツ、コメツガ、シラビソ、それにダケカンバなどです。火山礫の荒地のうえ、風雪が強い厳しい環境で、樹木は大きく伸びることはできず、だいたいは地を這うような樹形をしていますが、そのなかでも光を求めて懸命に上に伸びようとしたカラマツなどは冬季、積雪から突き出した部分のうち卓越した季節風の攻撃を受ける側の枝が枯れ落ち、そろってこのような樹形になります。これを旗型(きけい)樹形といいます。

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 風雪に耐えて地這い型となったダケカンバ。押さえつけられ、痛めつけられて、捻じくれながらも、それでも四方に枝を伸ばし頑強に根を張って生きようとする凄まじい生命力には感動を覚えます。

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 カラマツもこのとおり。お中道途中の御庭や少し下がった奥庭には、このようにまるで盆栽のような姿をしたカラマツがたくさん見られます。山麓でスッキリのびのびと育ったカラマツからは想像もできない姿です。

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 カラマツの背が低いおかげで、日頃はあまり見る機会がないカラマツの枝についた実をしっかり観察することができました。まるでバラのように美しい造形です。

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 お中道を歩いている時に見つけたシャクジョウソウです。後で出てくるギンリョウソウと同じ仲間で、腐生植物といって他の植物の根に共生する担子菌(松茸やシメジなどの仲間)の菌糸に自分の根を絡ませ、そこから栄養を得て生きています。一本の茎に複数の花が下向きにつくことから、この形を僧侶や修験者が持つ鉄の輪のついた杖、つまり錫杖に例えてシャクジョウソウの名がつきました。

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 さて、目的地の大沢崩れには13時45分に到着。肺に負荷を与えないよう、樹木を観察しながらゆっくりゆっくり歩いたので、3時間もかかってしまいました。 しかし、大沢崩れにはガスが掛かって全貌が見えず、この写真が精一杯。ともあれ、ここから引き返して、この日泊めていただく奥庭荘到着は16時20分でした。

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 もともと高山植物に乏しい富士山のことですし、さらにこの季節とあって、花はアキノキリンソウ、キオン、オンタデ、それにわずかにヤナギランを見かけた程度でしたが、写真のようにコケモモの実は鈴なりに熟していて、なんども酸っぱい実を口にしながら歩きました。到着した奥庭荘では、その実を絞ったジュースをサービスしてくださいました。ジュースにするには、この小さな実をどれほど集めなくてはならないのでしょうか。

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 翌朝は5時前に起きて奥庭の展望台へ。やがて旗型樹形の向こうから御来光が昇ってきました。

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 やがて、雲ひとつない濃紺の空に、脚光を浴びつつ富士山が姿を明らかにしてきました。その姿は文句なしに美しい。富士はやはり「登る山」より「見る山」ですね。

 富士山が日光をしっかり浴びてモルゲンロートに輝き、デテールが鮮明になるのを待って撮影しようと粘ったのですが、いざ太陽が昇ってみると、山の北側にある奥庭からはモロ逆光となって、とても撮影の対象にはなりませんでした。

 さて、火山としての富士山は、人間の年齢に例えれば今が20歳くらいだそうです。「娘十八番茶も出花」などといいますけれど、いまが一番美しい時期なのですね。でも、若いだけに変化も早い。これから先、昨日訪ねた大沢崩れはやがて山頂に達してその一角を削り落とすでしょう。また、多くの火山学者が噴火が近いと警告もしています。いずれにせよ、「花の命は短い」ようですので、いま一番美しい姿に接することのできる幸運に感謝したいものです。、

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 7時45分に奥庭荘を出発。下り始めるとすぐ、それこそ箱庭のように美しい場所を通過します。そこに、ダケカンバが蒼空を背にしてすっくと立っていました。

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 さらに下ると、荒々しい風景は影を潜め、樹木も背を伸ばして森林らしくなってきます。林床は木漏れ日に一面のコケが輝いて美しい。

 精進湖口へ下るコースでは、森林限界に近い奥庭の標高2250mから930mの登山口まで、日本の森林の垂直分布をしっかり確認できます。まず森林限界直下ではシラビソやコメツガ、ダケカンバからなる亜高山帯植生が、次いでブナやミズナラ、カエデ類を中心とする山地帯植生、さらにモミとツガを主役とする中間温帯植生、そしてアカマツやシデ類など多くの樹種からなる里山の森へ。多くのきのこに歓声を上げつつ、これを観察しながらゆっくり下ってゆきました。

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 こちらはギンリョウソウ。先に書いたシャクジョウソウの仲間の腐生植物です。目玉がついているように見えるのは果実で、花のうちは下を向いていたものが、実になるとこのように上向きになり、別の種類の植物のように見えます。

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 キノコは実にたくさんありました。写真はその中の一つですが、名前もわかりません。

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 ルートの途中で通過する富士風穴。中には見事な氷柱があるそうで、はしごもついていましたが降りる気にはなれませんでした。なお、ホントに降りるのであれば、事前に届出が必要だそうです。

 車をデポしてあった登山口には13時45分に到着。標高差1300m余りを約19キロかけて下るゆるやかな道を、ちょうど6時間で走破しました。かなりの長距離で、最後はちょっと足の裏が痛かったですが、登頂にこだわらない静かな富士山、素晴らしい原生の森を歩けて満足しました。お中道はまあ、一回歩けばもういいですけど、精進湖口コースは紅葉の時期に、もう一度ゆっくり歩いてみたい。そんな機会を祈念しつつ、早くももう雲の中に姿を隠してしまった富士山に別れを告げました。
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