上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 また右往左往しているうちに時間が経過してしまいました。国や県との契約に基づく仕事が多い関係で、年度末はイベントが目白押しになりとにもかくにも、めっちゃ忙しい。

 例年、5月の半ば以降から事業の公募が始まり、応募してうまくいけば選定され、そこから細かな点を詰めて事業の仕様書が出来あがって双方合意して、ようやく契約できるのが早くても夏ごろになるので、実際に事業に取り掛かれるのは秋に入ってから。で、3月には事業報告をまとめなくちゃならない…というわけで、正月明けからギシギシに日程が詰まってくるんだよね。

 さらに今年はこれに加えて、2月20日~22日にかけて「木の駅サミットinわかやま」って全国規模の催しを、日本一の梅が満開の南部に誘致して開いたものだから、忙しさも極まれりって、事務局のメンバーはそれこそ休日返上、不眠不休の大奮闘。おかげで山形県から鹿児島県まで、全国から100人の熱心な参加者が集まってホットな議論を闘わせ、催し自体は大成功でしたが、まあ、ヘトヘトに疲れました。

 それもようやくこの週末に、和歌山市と田辺市で連続して開いた地球温暖化防止活動推進員の養成講座で一段落。あとは契約した活動の成果と決算をまとめて報告し(これがまた結構大変な作業なのですけれど)、さらになんとか暇を見つけて、来年度の活動の仕込みに取り掛かることになります。

 といった次第でまだ気は抜けないのですが、今朝の朝日新聞の記事を読んで、これだけは書いておかなくてはと思ったことを一筆。

 今朝3月3日の朝日は、「検証・集団的自衛権」と銘打った連載記事で、集団的自衛権容認の閣議決定をめぐる自民党内の議論を、高村正彦副総裁が砂川判決を持ち出して平定した経緯を報告している。記事によれば、首相の安倍晋三が党内の議論を経ず、いきなり衆院予算委で集団的自衛権の行使容認を閣議決定する意向を示したことから党内で異論が噴出、このため総務懇談会が開かれたという。ちなみに総務懇談会は党を二分するような問題について、自民党の最高意思決定機関である総務会を開催する前に議論を詰める場で、開かれるのは小泉政権下での郵政民営化以来のことになる。

 その総務懇談会の場で、「憲法の『平和主義』に抵触する」「立憲主義を理解しているのか」といった、右傾化した自民党でもなお生き残っている良識的というか、まあ当たり前の疑念が表明されたのだったが、これに対し高村は「自衛権を個別と集団に区別せず、国の『存立を全うするために必要な自衛の措置は取りうる』」とした最高裁砂川判決を引き、「これが最高裁が自衛権について述べた唯一の判決だ」「最高裁が言っている範囲なら、内閣が変更しても立憲主義に反しない」とまくし立てて、異論を封じたという。

 その後、公明党が同意して集団的自衛権を合憲とする無茶苦茶な解釈改憲が一内閣の閣議決定で強行された経過は周知の通りだが、さてこの高村が錦の御旗に掲げた砂川判決とはいかなるものか。

 砂川判決のもととなった砂川事件は1857年、当時の東京都砂川町(現在の立川市の一部)の米軍基地拡張に反対するデモ隊の一部が米軍敷地内に立ち入ったとして起訴された事件。東京地裁の第一審は「日本政府が米軍の駐留を認めたのは日本国憲法9条第二項に定める『戦力の不保持』に反し違憲である」と断じ全員無罪の判決(伊達判決)を言い渡したが、検察は直ちにいきなり最高裁へ跳躍上告する。

 その最高裁大法廷で裁判長を務めた田中耕太郎最高裁長官は「憲法第9条は日本が主権国として持つ固有の自衛権を否定しておらず、同条が禁止する戦力とは日本国が指揮・管理できる戦力のことであるから、外国の軍隊は戦力にあたらない。したがって、アメリカ軍の駐留は憲法及び前文の趣旨に反しない。他方で、日米安全保障条約のように高度な政治性をもつ条約については、一見してきわめて明白に違憲無効と認められない限り、その内容について違憲かどうかの法的判断を下すことはできない」という理由で原判決を破棄して地裁に差し戻し、その後この判決が確定する。これが砂川判決だ。

 コジローは法律には素人だが、この判決理由が要するに二つのことを言っていることくらいはわかる。ひとつは米軍は日本国が指揮管理できる戦力ではないから日本国憲法の制約を受けない、そしてもうひとつは日米安全保障条約のような「高度な政治性」を持つ条約については、(たとえ最高裁であっても)違憲かどうかの法的判断を下せないという、世に有名な「統治行為論」を採用していることだ。

 有体(ありてい)にというか、要するに、ぶっちゃけて言えば、一つ目の理由はアッと驚くような屁理屈で、二つ目の理由は日本は近代民主主義の基本である三権分立や立憲主義が通るような法治国家ではないと認めたに等しい。でもって、さらにこの二つの理由が物語るものを冷静に詰めてゆくと、日米安全保障条約(とそれに付随する日米地位協定、砂川判決当時は日米行政協定)こそがこの国のカタチを決定する最高法規なのであって、日本国憲法の諸規定など日米安全保障条約(同前)が許す範囲でしか有効ではないという現実、つまりこの国は外国軍隊に占領されてなお独立を回復していない半植民地に過ぎないという冷厳な事実を、この国の司法の最高責任者があからさまに認めちゃったということを意味する。

 さらにこの砂川判決に至る経過も植民地らしい屈辱的なものであったことが最近、米国で公開された公文書などで分かってきた。それによれば、伊達判決にあわてた当時の米国D・マッカーサー駐日大使(マッカーサー連合国軍最高司令官の甥)は藤山愛一郎外相を呼びつけ、同判決を1960年の安保改定までに覆すため最高裁に跳躍上告するよう圧力をかけたほか、田中耕太郎最高裁長官その人とも密談しその場で田中から、米国側の意向に沿うよう「伊達判決は全くの誤り」であり「判事の全員一致」で合憲の判断を下せるよう望んでいる旨の話を引き出している。また先に書いた砂山判決の「日本が指揮管理できない戦力は日本国憲法による制約を受けない」という屁理屈が、ジョン・B・ハワード国務長官特別補佐官の入れ知恵であったことも明らかになっている。そしてすべては米国が望んだ通りになった。要するに、判決も判決理由もさらにはそれ以前の司法手続きも米国がシナリオを書いたのであって、田中は法衣を着た案山子(かかし)に過ぎなかった。

 話を元に戻そう、集団的自衛権の行使容認を高村は、このように徹頭徹尾国辱的な砂川判決で合理化した。これで沈静化してしまう自民党内の「異論」の程度にもあらためてガッカリさせられるが、かくのごとく外国の軍隊に戦後70年も国土を占領され、独立を奪われ続けていることに何らの痛痒も感じない…というか、むしろ占領者に卑しく付き従うことを権力の拠り所にして恥じないこの国の傀儡(かいらい)支配層のメンタリティが、あろうことか日本の独立を否定した米国製砂川判決を持ち出して恥じない高村の発言と、さらに水戸黄門の印籠のようにその前に膝を折って拝跪する自民党内諸氏の有様からよく見て取れたのが、朝日が伝える本件の顛末だった。独立を売り渡して地位にしがみつく分際で、今後エラそうに「国益」などとは言わないでもらいたい。思考停止も極まれりというべきではないか。



関連記事
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://yamatomori.blog.fc2.com/tb.php/135-1ddb36e1
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。