あれからはや4年が経過した。テレビや新聞には関連の報道があふれていて、ことに失った肉親を偲ぶ遺族の言葉や姿は、なんど接しても鼻の奥ガツンと痛くなる悲しみの共感にとらえられる。今なお行方のわからない方々を含め2万人に近い犠牲者の無念と絶望は、果たしていかばかりであったことだろう。また、命だけは助かったとはいえ、震災や津波に加え原発事故もあって、住処や仕事やその他、生活の基盤を根こそぎ失った人々の苦しみや悲しみの総量を思うと、その被害の甚大さに言葉を失う。

  さればこそ、3月11日が追悼と鎮魂の日となることに異存はない。被災地に住まない多くの人々にとり、多忙に飛び去っては忘却の底に埋もれてゆく時の流れの中で、この日、ことさらに記憶を呼び起こし、改めてこの想像を絶する巨大な悲惨に心つぶれる思いをすることは、人間の良心の営みとして最低限必要なことだろうからだ。被災地を毎年訪ねたり募金に応じたり、同地の物産の購入を心がけたり、自分なりにできる範囲のことは一応してきたつもりだが、その程度のことしかできないことに、もどかしさも募る。

 だが、それはそれとして、3.11報道がこんなに哀悼ムード一色でいいのだろうか。震災や津波自体は天災だ。それを予知することは今の科学には不可能だったし、数々の不手際から犠牲者が増えた面も確かにあった一方で運が悪かったとしか評し得ない犠牲もあった。だが、その後の4年間の対応は果たして最適に行われたのか。まして原発のシビアアクシデントはその事故自体、津波による全電源喪失の恐れが指摘されていたにもかかわらず対応を怠った故の人災の面も否定しがたくある。にもかかわらず、その責任は不問に付されたまま、ただ「絆」などという綺麗ごとの気持ち悪い呪文が大量に流布され消費され、そして擦り切れていっただけではないのか。

 あの「絆」という主体不明の言葉が垂れ流されるたび、自分には広島の原爆公園に置かれた原爆死没者慰霊碑の碑文が思い出されてならなかった。周知のように、埴輪の家をかたどったその慰霊碑には、「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」と刻まれている。この碑文の趣旨は、「原子爆弾の犠牲者は、単に一国一民族の犠牲者ではなく、人類全体の平和のいしずえとなって祀られており、その原爆の犠牲者に対して反核の平和を誓うのは、全世界の人々でなくてはならない」ということらしいが、この碑文には原爆を落とした者への抗議も、そうした破局的な事態を招いた者たちへの問責もない。

 あくまで静かに追悼の意をささげるのが趣旨であるのだから、野暮なことをいうようで気が引けなくもないのだが、これでは何が「過ち」だったのかさっぱりわからないし、従ってどうすればそうした過ちを「繰り返さな」くて済むのかの方法もわからない。かくして事態の責任の所在は宙に浮き、死者を悼んで「一億総懺悔」するほかのすべはなくなってしまう。そうした機能は「絆」も同じだ。

 そして4年後、本来なら無謀な原発推進政策と呆れるほどの無能を厳しく糾弾されねばならなかったはずの政権と原発ムラは無傷のまま生き延びて再稼働を策し、「アンダーコントロール」という目が点になりそうな公然たる嘘でオリンピックを誘致しては、その景気の良さそうな花火の煙幕に被災地の悲惨とそれを招いた自らの不作為を雲散霧消させようとしているのではないのか。これは、70年前のあの徹頭徹尾打ちのめされての全き敗戦でも責任の所在をうやむやにし、そして戦後復興と経済成長の狂騒の中に戦争責任を埋没させてしまったやり方と瓜二つの構図だ。かくしてこの国を二度にわたり破滅の淵に追いやった政官財エリートのDNAは、誰ひとり断罪されることもなく途切れず受け継がれ、この国の非業の宿痾もまた繰り返されてゆくのか。

 この手の低級な目くらましというか政治的詐欺に、一度だけでも大のオトナが恥ずべきところ、同じ手口で二度も騙されてはたまらない。「絆」などといった美しくも政治的な免罪のスローガンに騙されて、3.11を8.15と同じにしてはならないと強く思うのだ。  



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