最近、雨の日が多いですね。 梅は終わり、桜にはまだ早い時期ですが、ようやくひと雨ごとに春めいてくるような実感があります。以下は、わが紀峰山の会の季刊誌に連載している巻末コラム。実際に書いたのは2月半ばでした。



     植物百話 4  マンサク

  「春山淡治(たんや)にして笑ふがごとし」(郭思)。

 中国の古詩から春の季語となった「山笑う」には、木々の新芽が膨らみ花が開き、冬、長く静かな眠りに落ちていた山が目覚めてゆく様が巧みに表現されている。雪解けと競うようにして次々に蘇ってくる生命との再会に、山は喜びの微笑みを見せるのだ。淡治(たんや)とはあっさりしていて艶(なまめ)かしいさま、そこはかとなく香り立つような色気を指す。
 
 このコラムを書いている2月中旬、山はもちろん町もまだ冬のさなかだが、南の地方では梅の花がほころび、春が萌(きざ)しつつあることを伝えている。梅の季節が過ぎれば、間もなく山も日々、春の気配を増してゆく。
 
 もう何年前のことになるだろうか、東北の早春、津軽の名峰「岩木山」の山頂直下から無垢無木立の広大な斜面を歓声を上げながら滑降したときのこと、傾斜が緩くなって緊張から解放され、それまでの豪快な大滑降の余韻に浸りつつなだらかに下る雪原を滑走していると、樹林帯に入る手前でたくさんの黄色い花を付けた木に出会った。マンサクだった。

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 マンサクの花は赤紫色の「がく」から黄色い紐のような4枚の花弁を伸ばして咲く。葉に先立って花だけが展開し、花の数も多いので色彩に乏しい残雪の山では非常によく目立つ。

 マンサクは春一番に咲くことから、東北の人たちが同地のお国言葉で「まんず咲く」と呼んだのがなまってこの名になったというが、植物図鑑はマンサクの分布を関東以西の太平洋側としている。おそらく、東北の人たちが接したマンサクや自分が岩木山で見たものは、現代の植物分類では「北海道南部から日本海側に分布し多雪地に適応」と説明されている「マルバマンサク」という亜種になるのだろう。…とすれば標準和名「マンサク」の由来は東北弁ではなく、たくさん花がつくことからの豊年満作への期待を込めた太平洋側の人たちの連想が語源との説のほうが正しいのかもしれない。

 マンサクは各地で「ネソ」あるいは「ネッソ」などと呼ばれている。勉強不足で和歌山の山村でどう呼ばれていたかは知らないのだが、ネソは本来、ガマズミやソヨゴ、カマツカやヤマボウシ、リョウブなど、よくしなり強靭な性質を生かして柴や薪を結束するのに用いてきた木の枝や樹皮の総称で、なかでもマンサクが特にそうした用途に適していたため、やがてはマンサクの別名として定着したものらしい。ネソに使うのは若いマンサクの幹や枝で、生のうちに樹皮ごとねじって繊維をほぐし、ときには掛矢で叩くなどで柔らかくし、長く平たい棒のような形状で使用する。

 世界遺産に指定された白川郷や五箇山の合掌造り家屋を訪ねて、釘やかすがいを一本も使わず、あの巨大な屋根を支える木組みが造られていることに驚嘆した方もおられるだろう。外観からはローブ状のもので縛った部分しか見えないが、家屋の中に入ってよく観察してみれば、その木組み、ヤナカと呼ぶ横木とクダリと呼ぶ縦木の交差部が黒光りするネソで締め上げるようにしっかり結束されていることが分かるはずだ。ネソは巻き付けられてから時間とともに結束部を強く締めつけてゆくが、それと同時に「結ぶ」という固定法の特性から、風による屋根全体の揺れにもしなやかに対応して倒壊を防いでいるという。化繊のロープや金具ではこうはいかない。昔の山里の人たちが植物の性格を熟知して、見事に活用していたことが知れるだろう。

 もちろん、山間地では稲わらの入手が困難であったことから、わら縄の代わりに使用したケースも多かったに違いない。伝えられるところでは、筏(いかだ)に使用する木材同士の結束や、古来から河川工事で使用されてきた蛇籠(じゃかご=編んだ籠の中に石を詰めて河川の護岸形成や流路の安定などを図るもの)にも利用されてきたらしい。

 マンサクを結束材とするために捻(ひね)りながら曲げてほぐすことを「ねる」というのだが、このようにネソを多用した地域では、まだ未熟な者を表現するに際し「ようねそもねらんで…」といった言い回しがあったという。 ことほど左様に、マンサクを「ねる」ことは一人前の成人男子であれば必ず身につけねばならない生活技術であったのだ。

 そのマンサクが危ないという話を聞いた。花が終わり、葉が展開してしばらくすると上部の葉から褐色に変色し始め、やがてこれが全体に広がって枯死するマンサクが急速に増えているという。1998年に愛知県で初めて確認されて調査してみたところ、同じ症状の蔓延が東北から西日本に至る全域で確認されたそうだ。原因としてはある種のカビが疑われているが、まだ確証はない。

 自然と人間との関係は本当に微妙だ。人間が利用しなくなった結果、里山が自然林に回復してゆく過程でアカマツのように衰退してゆく植物もある。マンサクの病気の原因はわからないが、利用圧の変化にせよ温暖化にせよ、人為に起因するなんらかの変化が関与している可能性は高いだろう。マンサクを「ねる」技術など忘却して久しく、それを必要ともしなくなった現代人であっても、あの花を見られなくなるのは悲しい。早く原因が解明されて、適切な対策が打たれることを祈るばかりだ。そして今年も間もなく、マンサクが花期を迎える。



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