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 3月22日は、紀峰山の会「なでしこ班」の山行で世界遺産でもある高野山町石道(ちょういしみち)を歩いてきました。町石道は、弘法大師空海が開いた真言密教の総本山=高野山の表参道にあたる信仰の道。大師の御母公を祀る和歌山県九度山町の慈尊院を起点として、一町(109m)ごとに石柱を立てていることから、町石道と呼ばれています。ちなみに、町名にもなっている九度山は、母思いの弘法大師が月に9度も、女人禁制の高野山から現在の町石道を下り、母が暮らすふもとの政所(まんどころ=高野山の庶務をつかさどる役所で、場所は現在の慈尊院)を訪ねてきたという故事に由来するとか。

 その町石は慈尊院から高野山の中心である根本大塔まで180基、さらに根本大塔から大師が眠る奥の院まで36基建てられていて、180基を胎蔵界180尊(仏)に、36基を金剛界37尊にあててそれぞれ梵字を彫り、かつてはこの一基一基に拝礼しつつ高野山に参ったもののようです。つまり、慈尊院から根本大塔を経て奥の院まで達すれば、真言密教の世界観を示す胎蔵界、金剛界の両界曼荼羅を身をもって体得することができるというわけなのでしょう。

 というわけで町石道は、ふもとの慈尊院にある180番目の町石からカウントダウンしつつ一町石ごとに高野山に近づき、ついに根本大塔まで登りつめる点にこそ信仰上の価値があるのですが、コジローは厳しい登りはドクターストップですので、今回はゴールの根本大塔から慈尊院に下る計画を立てました。参加してくださったのは4人。南海高野線九度山駅7時7分発の電車に乗車すべく5時40分に和歌山を出発しましたが、想定外に早く着いたので予定より一本早い6時42分の電車に乗ることができました。

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 レトロ感いっぱいの九度山駅。無人ですが券売機があり自動改札になっています。

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 終点極楽橋駅から高野山駅まではケーブルカーに乗り継ぎます。で、このケーブルカーの傾斜がハンパじゃない。最後は30度という壁のような斜面を這い上がるようにして高野山駅に到着です。写真はすれ違った下りの車両。電車もケーブルカーも、お客は我々5人以外は、南海電鉄の職員と思しき女性が二人だけでした。
 
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 快晴に映える根本大塔。高野山駅からはバスに乗り継いで千手院橋バス停で下車、10分ほど歩けば根本大塔です。いよいよ出発。スタート時間は7時50分でした。

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 壇上伽藍を出て大門に向う道すがら、間もなく進行方向右手に最初(本来のコースなら最後)の町石があります。町石はすべてこのような五輪塔で、標準的な高さは3mくらい。五輪が意味するのは上から空、風、火、水、土で、それぞれ人間の身体でいえば頭、顔、胸、腹、下半身にあたるそうです。

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 しばらく車道を歩くと大門です。これは何度見てもすごい。前景の人物からその巨大さが推し量れますね。

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 大門からしばらくは、スギやヒノキの針葉樹林を下ってゆきます。といっても、巨木が多いので飽きません。このスギも相当な迫力でしたが、写真でそれが伝わるでしょうか。

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 町石は大体こんな感じで立っています。

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 町石のほかにも、慈尊院からの距離を示す里石やこのように古い道標もあります。右慈尊院と彫られているのは読めますが、左はなんと彫られているのでしょう。かろうじて「山楼」と読めるように思いますが、楼は楼門、つまり大門のことでしょうか。

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 これが100町石。ちょうどキリがいいので記念撮影しました。

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 神田(こうだ)地蔵堂。神田はこのあたりの地名ですが、昔からこの場所にはお堂があって、参詣者はここで休憩を取ったそうです。私たちものどかな山里の風景を楽しみつつ、ここで昼食にしました。

 もうひとつ、このお堂には悲恋伝説があります。平安時代、平清盛に仕えた斎藤時頼という武士は、清盛が主宰した宴で建礼門院に仕えていた横笛という美貌の女性の舞を見て一目ぼれし、恋文を送ります。横笛は多くの男たちから交際を求められていましたが、時頼の無骨だけれど真情にあふれた恋文からその人柄を見抜いてこれに応えようとします。しかし、時頼の父は身分違いの恋を許さなかったため、失意の時頼は横笛に告げず出家して仏門修行に入り、修業した寺の名を借りて滝口入道と自称するようになります。

 その後、二人の間でいろいろいきさつはあったのですけれど、最終的に滝口入道=時頼は女人禁制の高野山に入り横笛への思いを断ち切ろうとします。横笛は滝口入道を慕って後を追うのですが女人結界に阻まれ、この地蔵堂でいつか町石道を降りてくるかもしれない滝口入道を、来る日も来る日も待ち続けて人生を終えたのです(入水自殺したという説もあります)。それを知った滝口入道は悲しみを振り捨てるようにますます一心不乱に修業に励み高野聖となって別格本山の住職を務め、後に紀伊勝浦での平維盛(これもり)の入水に立ち会っています。なお、維盛の逃避行の事績については以前、小辺路の山行報告で少し書きましたので、ご参照ください。

 以上が平家物語が伝える一段なのですが、ん~、ま、滝口入道の立場も分からなくはないけれど、これは絶対的に横笛の肩を持ちたくなるよねえ。「身分がなんぼのもんじゃ!」「滝口入道の意気地なし!」・・・と、当時の庶民も思ったようで、この町石道に近い天野の里の一角には、横笛の悲しい生涯を哀れんだ村人たちが建てたという「横笛の墓」があって、いつ訪ねても花が絶えることがありません。ともあれ、この神田地蔵堂で112町石を数えます。

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 さらに120町石付近、全行程の三分の二を歩いたところで二つ鳥居に出会います。この鳥居は先の話でも出てきた天野の里に鎮座する丹生都比売(にゅうつひめ)神社の神域を示すもので、一つは高野明神を、さらに一つは丹生明神を示すといわれています。

 空海は高野山の開創に際し、丹生都比売という女神からその神領であった地を譲り受けたという伝説があり、このとき空海を高野山に案内したのが丹生都比売の息子で、黒と白の犬を伴う狩人に化身した狩場明神(高野明神)でした。ということで神仏習合的ですが、高野山にはまずこの神社に参ってから町石道を登るのが慣習化されていたそうです。なお、丹は朱砂(しゅしゃ)=辰砂(しんしゃ)の鉱石から採取され水銀の原料ともなる朱を意味し、丹生はその鉱脈があったところに残る地名で、全国に数ある丹生神社や丹生都比売を祀る神社の総本山がこの天野の丹生都比売神社なのです。

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 余裕があればその丹生都比売神社に立ち寄りたかったのですが、時間が押していたので先を急ぎ、136町石付近で六本杉峠に到着します。
 
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 160町石を過ぎると柿畑の中の道となり、下界の展望がぐっと開けて蛇行する紀ノ川が目に飛び込んできます。気持ちの良い所ですが、堅い舗装路がすでに18kmを歩いてきた足に結構こたえます。

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 かくして、ようやくゴールの180町石に到着して記念撮影。よく頑張りました。がまだ、朝一番に車を置いた九度山駅付近まで、1.5kmほど舗装路を歩かなくてはなりません。
 
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 180町石から階段を下ると慈尊院です。冒頭にも書きましたように、弘法大師の御母公がお住まいになった所で女人高野とも呼ばれ、女性の両乳房を造形した「乳房型(ちちがた)」が多く奉納されている女性のお寺です。
 
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 まだ花の季節には早く、あまり見るべきものはありませんでした。これは先々週の「春日山」でも見たシキミの花。シキミはミカン科で、葉をちぎるとみかん独特の香りがして、明瞭にそれとわかります。

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 シロバナショウジョウバカマ。 ショウジョウは猩々(しょうじょう)と呼ばれる大酒のみで真っ赤な顔をした猿に似た架空の動物のことで、能では真っ赤な長い頭髪を振り回す姿で演じられています。ショウジョウバカマの花の多くは真っ赤なためこの名がついたのですが、白花では猩々を連想させるのは無理ですね。またハカマは和装の袴のこと。この植物の葉がロゼッタと言って、地面に広がって張り付く様子を袴に例えたのです。このショウジョウバカマについては、その生態に面白いことがいくつかあるのですが、それについてはまた別の機会に。

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 シロバナショウジョウバカマの花のクローズアップ。花は先に雌しべが伸び、そののち時間差をおいて雄しべが伸びてきます。この花は雄しべが十分伸長しているので、成熟した状態であることがわかります。

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 ホトケノザ。 同じシソ科で外来種のヒメオドリコソウと間違えやすいのですが、ホトケノザはこの写真のように葉の上に花がつくのに対し、ヒメオドリコソウは葉と葉の間に花がつきます。なお、春の七草に数えられるホトケノザはコオニタビラコというキク科の植物のこと、ホントややこしいです。
 
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 ホトケノザの花のクローズアップ。「踊り子」の名は譲りますが、ヒメオドリコソウや在来種のオドリコソウ(以前のブログに写真を掲載しています)とそっくりの花の形で、阿波踊りや佐渡おけさを踊る女性のようです。本当に自然の造形というのはつくづく驚異に満ちています。

 さて、慈尊院から車道をテクテク歩き、途中の道の駅で柿の葉寿司を買ったりして駐車場に戻ったのは16時半。根本大塔からの全行程に8時間40分を要したことになります。ガイドでは登りでも標準タイムが7時間ですので、まあ6時間もあればなんとか・・・と思ったのは甘かった。ワタクシの講釈時間が長かったのか、それともゆっくり歩きすぎたのかよくわかりませんが、丸一日たっぷり歩いて活動量計を確認したところ、39185歩で23.9kmの歩行量。まあ、疲れるはずです。ともあれ全員無事ゴールインできてやれやれです。帰りの車では運転手のワタクシ以外、みなさんそろって大爆睡でした。(^_^;)



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