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 安倍総理大臣の補佐官で参議院議員でもある礒崎陽輔という人が、7月26日に大分市で開かれた国政報告会で、「何を考えないといけないか。法的安定性は関係ない。わが国を守るために必要な措置かどうかを基準としなければいけない」と発言したことが波紋を広げている。ちなみに大分は氏の出身地。東大法学部を出て自治省に入省し、和歌山県に出向して財政部長なども務めておられるから、わがふるさととも無縁な方ではない。

 それはともあれ、これを伝えるネットのニュースサイトは、「野党から「立憲主義を踏みにじる発言だ」などの批判が噴出した」としているが、この人は3年前、自らのツイッターで「時々、憲法改正草案に対して、「立憲主義」を理解していないという意味不明の批判を頂きます。この言葉は、Wikipediaにも載っていますが、学生時代の憲法講義では聴いたことがありません。昔からある学説なのでしょうか」と発信して、周囲をびっくりさせた過去がある。「聴いたことがない」人に対し「理解していない」と批判してもむなしいし、「踏みにじる」となじっても何ら痛痒を感じはしないだろう。

 礒崎氏が本音で語ったように、「必要な措置」と時の権力が判断すれば、憲法や法律との整合性など関係なく何でもできるということになれば、法治国家はその瞬間に溶解してしまう。憲法や法律は、それを尊重し政策決定や言動の規範とする合意があって初めて意味をなすのであり、その合意が崩れれば印刷された一片の文書に過ぎない。礒崎氏は恐らく、氏なりに国の行く末を思って「必要な措置」を優先することに拘るのだろうが、それがどれほど危険な事かについての内省が皆無であるように思われる点が恐ろしい。

 驚くべきは、こうした人物が国会の憲法審査会の委員を務め、また自民党の憲法改正推進本部事務局次長にして(自民党版改正憲法の)起草委員会事務局長でもあることだ。多くの憲法学者から「明治憲法以下」とこき下ろされたロクでもない憲法改正草案が飛び出してきたのも道理であるが、さらに深刻な問題は、こうした立憲主義も法治主義すらも無視してはばからない、というかそれ以前にまったく理解すらしていない人々が、安倍首相その人も含め現在の政権与党の多数を占めていると思われることだ。

 だが現に、彼らは我々が投票した結果として国会の多数を占め、内閣を組織し、この国の権力を掌握している。選挙制度の不公正はあるにせよ、彼らの勢力がその選挙で勝利したことは確かだ。戦後70年もかけて育てた民主主義は、どこでどう間違って、この国にかくも無知でグロテスクな指導者を君臨させるに至ってしまったのだろう。

 戦争法案は撤回させなければならない、安倍内閣は打倒しなければならない、そのために闘うことは今もちろん喫緊最優先の課題だが、この国の民主主義というものの故事来歴について、もっと深く考えてみることも必要なのではないだろうか。これから折に触れ、それについて書いてゆきたい。



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