今日から早くも9月。会期末が近づくにつれ、国会では安保(戦争)法案の参院採決を巡り、きな臭い空気が漂ってきました。が、まあその話はまた次に書くとして、久しぶりに植物の話。以前、このブログに書いた記事とダブる部分もあるのですが、以下、私が所属する『紀峰山の会』の会誌に載せた文章を転載します。


 植物百話 6

   レブンアツモリソウ

 6月18日~23日、8人パーティで北海道最北の利尻島と礼文島を訪ねました。同地は例年この頃は、オホーツクから冷たい風が吹き付けて天気が安定せず、雨や霧の日が多いため、登山やトレッキングに向いているとは決していえません。にも拘らずあえてこの時期を選んだのは、「花の浮島」の異名を有するまで多彩な花が咲き誇る礼文島でも、そのシンボルというべき同島の固有種=レブンアツモリソウとレブンウスユキソウの両方に出会えるのはこの時期を措いてほかにはないからでした。

 滅多には行けない所だけに、どうせなら利尻山の登頂だけでなく、この二つの固有種にも対面したい。しかし、レブンアツモリソウの花期は6月上旬から中旬、レブンウスユキソウは6月下旬から7月上旬と、微妙にすれ違っています。このギリギリの端境期を狙ったのが先の日程になるわけで、運が悪ければ二兎を追って両方見られない可能性もありましたが、結果としては運も天候も味方して両方とも自生している個体に出会うことができました。やはり、日頃より善行は積んでおくものです。

 今回はそのレブンアツモリソウの興味深い生活史に触れようと思うのですが、その前にまずこの植物の特徴と名前の由来について説明しておきましょう。「レブン」の地域名がつかない「アツモリソウ」は本州の低山から亜高山の草地や明るい林内に生育するラン科の多年草で、茎の先に径3~5cmの淡紅色の花を下向きにつけます。花は簡単に表現すると先が尖った長三角形の花弁が天井と(正確には背萼片)と両サイド(側花弁)を形作り、残る下部に扁平な丸い袋の形をした花弁(唇弁)が位置する構造。レブンアツモリソウの花も同じ形ですが清楚なクリーム色で一層高貴な印象を受けます。

 名前の「アツモリ」は横笛の名手にして美男の誉れ高かった青年武将、平敦盛(たいらのあつもり)にちなんでおり、この風船のように膨らんだ唇弁を、合戦時に騎馬に乗じた敦盛が後方からの弓矢よけのため背にした母衣(ほろ)という袋状の武具に見立てた名前です。ついでながら、よく似た形状のクマガイソウは、戦の常とは言いながら、一ノ谷の合戦において自分の息子と同じ17歳であった敦盛の首を、泣きながら刎ねる巡り合わせとなった源氏の武将、熊谷直実(くまがいなおざね)の同じく母衣に由来します。直実はこの事件後、募る無常感から出家して仏門に入り、長く敦盛の菩提を弔ったとのこと。そしていま、両人は高野山奥の院に寄り添うように墓標を並べて静かに眠っています。

 さて、最初に申しあげましたように、レブンアツモリソウには、その生態にも興味深いことがたくさんあります。まず、下のイラストで紹介しているように、袋状の唇弁の上に前後二つの穴があいていて、ここから受粉を媒介する昆虫特にマルハナバチが出入りできるようになっています。しかし、入れるのは前の大きめの穴からだけで後ろの穴は出口としてしか使えません。なぜこういう構造になっているのかというと、自花受粉を防ぐためです。入口から入った昆虫はまず雌しべに触れたあと、奥の雄しべに触れて花粉まみれになって出口から脱出し、次のレブンアツモリソウの花に訪れたとき、その花の雌しべに触れて他花交配が果たされるわけです。こうして種内の遺伝的多様性を担保しているわけなのですね。ちなみに、レブンアツモリソウの花には蜜も匂いもありません。この白く巨大な花は、それ自体が虫を惹きつけるための精一杯の演出なのです。

rebunatumorisou.jpg
レブンアツモリソウの花の模式図、礼文観光協会のHPから

 さらに、こうして受粉し結実したレブンアツモリソウの種子には胚乳がありません。ご存知のとおり、種子のうち植物体になるのは小さな胚の部分で、種子の大部分を占める胚乳は胚が発芽するための栄養源、つまりエネルギー貯蔵庫であって、例えて言えばスペースシャトル発射の際の燃料ブースターのようなものであるわけです。では、それを持たないレブンアツモリソウの種は何をエネルギー源にして発芽するのか。実は、ある菌根菌を呼び寄せ、その菌から栄養を奪い取って発芽するのです。詳しく説明する余裕はないのですが、菌根菌とは生きている植物の根っこと共生して暮らす菌類の総称で、マツタケやシメジなど多くのキノコが菌根菌に該当します。

 ここで面白いのは、この植物の根にからみつく菌根菌と多くの植物との共生は、植物側からはデンプンなど光合成物質を菌根菌に与え、その代わりに菌根菌側は植物体に土壌中の水やミネラルをかき集めて供給するという相利型なのですが、レブンアツモリソウと菌根菌との関係は、食うか食われるかの緊張関係によって維持されていることです。まだ分かっていないことも多いのですが、レブンアツモリソウの種は自らをおとりにして、ハイネズという木の根に共生する菌根菌を呼び寄せるようです。

 ハイネズの菌根菌はレブンアツモリソウの種子を食べてやろうと接近し絡みつくのですが、そこで種子の側は抗菌成分を分泌し菌があまり強大になりすぎないよう適度にコントロールしつつ、自分の周りに「生かさず殺さず」の微妙なバランスで飼い慣らし、そこから一方的に栄養を収奪して発芽しているようなのです。ただ、この関係は微妙で、成熟したレブンアツモリソウでも、何らかの理由で抗菌成分の分泌が衰えれば力関係が逆転し、菌に圧倒されて枯れてしまいます。

 このような非常に特異な発芽方法のためか、レブンアツモリソウは発芽から成熟して花をつけるまでに7年の時間を要するということです。いま目の前に見る可憐なレブンアツモリソウも、このような試練に耐えてやっとこの極北の地に花開いたのだと思うと、さらに一層、いとおしさがこみあげてくるように思います。しかし、レブンアツモリソウはなぜ、このように複雑な生活史を選択したのでしょうか。ほんと、自然の世界は、知れば知るほど驚異に満ちています。 山は本当に素晴らしい。遠くの景色も感動的ですが、ミクロの世界にも感動できる素材はたくさんあるのですね。

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