7日の朝日新聞「天声人語」、政府と経済界との2回目の「官民対話」をテーマとする話の中で、安倍首相が宣言した第4次産業革命について、「▼『女性が輝く』に続き、『1億総活躍』。耳に心地よくても抽象的でざっくりした言葉を躍らせるのが現政権は得意だが、今回はどうだろう▼」との一節がある。

 枝葉末節をあげつらう気は毛頭ないが、「1億総活躍」が果たして「耳に心地よい」だろうか。「1億」のフレーズで思い起こすのは、数々の戦争中のスローガンだ。自分はもちろん戦後生まれだが、当時大政翼賛会が掲げ歌にもなった「進め1億火の玉だ」とか「本土決戦1億総玉砕」「1億総特攻」などのスローガンは、軍国主義日本の狂気を語り継ぐものとして聞き知っている。

 当時、ろくに武器も弾薬もない中での「1億総特攻」の中身とはいかなるものか。当時の新聞には以下のような記事が掲載されている。

 「敵が上陸して来たら国民はその土地を守って積極的に敵陣に挺身斬込みを敢行し、敵兵と激闘し、これを殺し、また兵器弾薬に放火したり、破壊して軍の作戦に協力しなければならない。白兵戦の場合は竹槍で敵兵の腹部を狙って一と突きにし、また鎌、鉈、玄能、出刃包丁、鳶口、その他手ごろのもので背後から奇襲の一撃を加えて殺すこと。格闘の際は水落を突いたり、睾丸を蹴り上げて敵兵を倒すよう訓練を積んでおかねばならない・・」

 重爆撃機のじゅうたん爆撃のあと、焦土となった国土に上陸してくる戦車や戦闘機を相手に竹槍で戦えというのだ。これを狂気と呼ばずしてなんという。だが実際に竹槍訓練は行われた。こうした集団自殺にも等しい行為を国民に要求して政府が守ろとしたのは、天皇制軍国主義の国体に他ならない。そんなくだらないものを守るために、国民に犬死を強制する論理の中で「1億」は多用されてきた。それは国家、安倍自民党流の現代言語に翻訳していえば「公益および公」なるものが国民を自らを維持する道具、しかもかけがえのない個性を持った一人ひとりの個人ではなく無個性な集合体としてしか考えていないことをはしなくも雄弁に物語る用語であった。

 こうした批判を気にしたのであろう、この一文を書いているたった今、他のメディアから、その安倍首相自身が昨日都内で行った講演で、「戦前のスローガンだとか、国家による押し付けだという批判がある。私が話すと、どうしてもそうしたレッテルを貼りたくてしようがない人たちがいるが、全くの的外れだ」と反論したとの情報が入ってきた。

 反論になどなっていない。「1億ナントカ」というフレーズをなんの躊躇もなく、いやむしろ「耳に心地よい」と考えて使用する言語感覚自体が問題なのだ。今さらながらだが、そのことにまったく気が付いていない点に、安倍晋三という人間の無知無能さと凡庸さが露呈している。だからこの男は気味が悪いのだ。少なくともこうした感覚、ぐっとくだけて言えば、「安倍って感じ悪いよね」「今の政府って気もいよね」って感覚が国民の間で共有できれば、安倍らの目論見は破たんすると思うのだが、いかがだろうか。

 なお、先の天声人語の末尾は以下の通り。「▼第4次革命はむろん成長のためにある。来年は参院選だ。選挙が近づくと経済の話をし、終わると憲法や安全保障面で持論を進める。現政権の常なる手法も凝視しておく必要がある」。天声人語はさすがに上品だ。日本の有権者はすでに3回の国政選挙で、安倍が吊り下げる張りぼての経済政策にだまされてきた。仏の顔も3度までと言うべきではないか。次の選挙では鉄槌を下さなければならない。野党はくつわを並べて戦え。



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