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 またもご無沙汰。前回更新してからはや1ヶ月が経過して、またトップページにコマーシャルが出だしたので、取り急ぎ、山の会の機関誌に掲載したコラムを以下に転載しました。ん~、頻繁に更新してる人は、ホント、偉いと思います。


植物百話 7
                ドングリの話

 11月5日、森林インストラクターとして依頼された仕事で田辺市龍神村の小学生たちを案内し、護摩壇山に近い森林公園を歩いてきました。同日朝、マイクロバス3台に分乗してやってきたのは同村にある4つの小学校の3~5年生の児童約40人と引率の先生方。案内する森林インストラクターは4人で、自分は5年生14人を担当しました。

 とはいえ、標高1000mを超える高所のこと、この時期だともう紅葉には遅い・・どころか、針葉樹のモミやツガを除けば葉っぱ自体ほとんどありません。そこで、児童たちに落ち葉の中からドングリを拾ってもらい、それをテーマに話すことにしました。幸い、今年はブナが大豊作で、ミズナラとともにたくさん拾うことができました。

 子どもたちが拾ったミズナラのドングリを手に、そもそもドングリとは何かということから話し始めます。「さて、ドングリは種ですかそれとも実ですか?」と尋ねてみました。さて、紀峰の仲間諸兄のご回答や如何? 答えを先に言えばドングリはれっきとした実、より正確には果実なのです。 と、子どもたちにも正解を示したうえで、すかさず次の質問を畳みかけます。「じゃ、種はどこにあるんだろう?」

 現代の系統分類での「植物」には、厳密には緑藻やコケの仲間など種子を作らないものも含まれますが、我々が一般に「植物」の名称でイメージする草木類はすべて種子を作ります。さらに植物のうち、すべての被子植物(広葉樹と理解してもらっておおむね間違いありません)は種子を包む果実を作ります。いってみれば種子は植物の卵のようなもので、これがなければ次の世代は生まれないわけですから、種子が植物の存続に不可欠なことは自明です。しかし、果実の役割は一様ではありません。

 一番わかりやすいのは食べてもらうためにできた果実です。自分で動くことができない植物の一部はジューシーな果肉を持つ果実を作り、それが鳥や動物に種子ごと食べられ、堅い種子が消化されず糞と一緒に排泄されることで、動けない植物も遠く離れた場所に種子を散布して勢力範囲を広げることができます。動物らの食料となる果肉部分は種子を散布してもらうための報酬なのですね。このような果肉に富む果実を専門用語で「液果」(えきか)といい、さらに人間の食料となるものは「果物」(くだもの)と呼ばれます。

 一方、ドングリのように堅い皮で覆われた果実を専門用語で「堅果」(けんか)というのですが、こうした堅果にはモモやカキのような果肉はないように見えます。しかし、果肉はちゃんとあるのです。ドングリの仲間であるクリを思い出してみてください。クリは他のドングリの仲間と同様、堅い皮に包まれていてこれを鬼皮と呼んでいます。その鬼皮をむくとその下に渋皮に包まれた可食部が現れます。あの渋皮は実は種を包む皮つまり種皮でその渋皮で包まれた部分全体が種子、そして渋皮と鬼皮に挟まれた狭い部分が果肉なのですね。こんどクリを召し上がる機会にぜひご自分の目で確認してほしいのですが、鬼皮の裏にびっしり張り付いている繊維質がクリの果肉なのです。

 ついでにいえば、堅果はクリも含めすべて頭がとんがっていて、種の部分が二つに割れる特徴があります。とんがっている部分は根が出る所、そして割れる二片は発芽した時に二枚の子葉になるのです。堅果類は無胚乳種子といって発芽の際のエネルギー源としての胚乳がないのですが、大きな子葉に栄養を貯めて発芽に利用しています。

 すこし横道にそれましたが、つまり私たちはクリの果肉を捨てて種子を食べているのです。ドングリもモモやカキなどの液果と違い大切な種子を動物たちに食べられてしまうのですから大変、これでは報酬をタダ取りされるだけでは・・と思われますがそんな心配は無用、そこは動物を巧みに操る植物のこと、さらなる深慮遠謀があるのです。

 リスやネズミ、それに鳥のカケスらはドングリが主食で、紅葉の頃には越冬に備え大量のドングリを蓄える習性があります。逆に言えば、だからこそ樹木はこの時期を狙って一斉にドングリを実らせているのです。リスたちは行動範囲のいたる所で土に埋めてドングリを貯蔵し、厳しい冬の間これを掘り出して命をつなぐのですが、なかには余る場合もありますし掘り忘れるケースもありそうです。ドングリは地上で乾燥するとすぐに発芽能力を失うところ、湿った土に埋められることで春に発芽することができるのです。つまり、ドングリをつける植物は、少数の種子を広域に散布して確実に発芽させるために、多数の種子を報酬として動物たちに与えるという繁殖戦略をとっているわけです。

 ドングリは動物の一種である人間にとっても重要な食料でした。ドングリをつけるのはブナ科の樹木ですが、ブナ科の多くは高木で日本の森の主役を務めています。東北地方など涼しい地方ではブナやミズナラが、また暖かい地方ではシイやカシがその代表です。考古学では、縄文時代の人口分布は圧倒的な東高西低で総人口の9割以上が関東から東北で暮らしていたとされており、涼しい地方のほうが縄文時代の主食であるドングリが豊富であるためと説明されています。しかし最近、ブナ・ミズナラ林とシイ・カシ林の生産力を実際に比較してみたところシイ・カシ林に軍配が上がる結果が出ており、先の説明にも疑問符がついているのですがそれはさておき、青森の三内丸山縄文遺跡では周辺にクリが植えられていたことが分かっています。長年の観察でクリの実から栗の木が発生することに気付いた縄文人が、効率的にクリの実を得ようと植えたのでしょう。これはまさに農業の芽生えです。人間は奪うばかりかと思いきや、栗の木は美味しい種子を報酬とする代わり、栽培させることで人間すらもその繁殖戦略に利用していたということができそうです。

 クリだけでなく、ブナ、シイ、そしてイチイガシなどのドングリは、あく抜きをしなくても生でさえも食べることができます。龍神村の子どもたちには、ブナのドングリを縄文人になったつもりで味わってもらいました。フライパンで炒ったり、レンジでチンすればなお香ばしく美味しくなります。晩秋の山、ちょっと余分に時間と装備を用意して、自然の恵みを味わってみてはいかがでしょうか。味は好みがわかれるかもしれませんが、少なくともキノコに比べれば安全ですもんね。



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