またもご無沙汰。相変わらず忙しいということも多少はあるけれど、今はちょっと別のことに熱中していて、空いた時間のほとんどすべてをそれに充てているため、世の中の動きなど、モノ申したいことは数々あれど、なかなか文章を書くところまでいかないというのが実情です。
 もう、こんな状態のまま、これ以上更新できないようならこのブログをもう閉じようかとも思ったのですけれど、熱中していることについては、もう少し時間が経過すれば、このブログで紹介できるようになるかもしれないと考え直して、とりあえず維持することにしました。といったわけで、とりあえずは山岳会の季刊誌に書いたコラムを以下に転載します。


植物百話 7

      ナラ枯れとカシナガ

 ナラやシイの仲間など日本の森林の主役であるブナ科の大木がいま、東北から九州に至る各地の山で大量に枯れていることをご存じだろうか。「ナラ枯れ」と呼ばれる現象で多くは夏に発生し、枯れた大木の葉が赤褐色に変色するため早い紅葉と間違われることもある。原因は樹木の導管(根から吸収した水などの通り道)がナラ菌と総称されるカビの侵入をきっかけに詰まり、樹体に水が行き渡らなくなるためだ。だが、この大木枯死のメカニズムをつかさどる陰の主役というか狂言回しは別にいる。

カシナガ
 カシノナガキクイムシ略して「カシナガ」と呼ばれる全長5ミリ未満ゴマ粒大のこげ茶色の地味な昆虫がその狂言回しだ。ナラ菌に移動する能力はないが、この小さな虫がナラ菌を運び「感染」を広げている。かくしてナラ枯れの被害が蔓延しているのだが、この虫の生活史には驚くべきことが多い。(上図、右メス4.7mm、左オス4.5㎜)

 6月のある晴れた日、羽化したカシナガは日の出から数時間の間に生まれ育った樹木の幹から飛び立つ。カシナガは生涯の大半を樹木の中の暗黒で過ごす。そして、ほんのわずかしかない日の当たる世界で過ごす貴重な時間のほとんどすべてを。健気にも、子孫を残すための営みに費やすのだ。休暇の大半を山登りなどという愚にもつかない道楽に費やして浮かれてるどこかのゴクつぶしには、カシナガの爪の垢(・・があればの話だが)でも煎じて呑んでもらいたいものである。

 繁殖活動のスタートは「愛の巣」探しからだ。オスは初夏の林内を飛び回り、多くの子どもを育てられる幹の太い木を探す。そしてこれぞと思う適当な大木を見つけると、集合フェロモンを発して同じカシナガのオスを呼び集め、強力なあごで一斉にその幹に穴を掘り始める。専門用語ではこの集中攻撃を「マスアタック」というのだが、このように一本の木に多くのオスが集中するのは樹木側の反撃、例えば殺虫力のある樹液を出すなどの抵抗の威力を分散し、巣作りを確実に行うためだろうと考えられている。ある調査によれば、一本の木の幹に3千にのぼるカシナガの穿孔穴が確認されたという。樹木側の迎撃など間に合わない、まさに息もつかせぬ総攻撃ではないか。

 かくして樹木の幹に橋頭保の穴を掘ったオスは、翅の裏側と腹にあるギロ(ラテン音楽の楽器、ヒョウタンに入れた刻みを棒でこすって音を出す)のような波板をこすり合わせて音を出し、メスを呼び寄せる。一斉にラブコールを発するムコ3000人を相手に品定めするメスも目移りしてさぞ大変だろうと思うが、ともあれメスはオスが穿孔した穴の中に入って出来具合を確かめ、その穴が気に入れば交尾を許す。

 さて、面白いのはここからだ。上図でも描かれているようにメスの背にはマイカンギアと呼ばれる10個の穴があって、ここにあのナラ菌の胞子を詰め込んでいる。夫婦となったカシナガは協力して樹木の芯に向かい穴を掘り進めてゆくのだが、その過程でメスの背中が穴の壁に触れナラ菌が植えつけられる。やがてメスは一定程度掘り進んだ段階で産卵、その卵が孵化する頃にはこのナラ菌が幼虫の餌になる。つまり、カシナガを含む養菌性キクイムシと呼ばれる昆虫の一群は、自ら食料とする菌類を栽培しているわけだ。

 この驚異の生態が初めて知られたのは19世紀中頃だが、当時これを発見した科学者は余程驚いたのだろう、この不思議な餌をギリシャ神話の神々が口にする不老不死の食べ物にちなみ「アンブロシア」と名付けたのだった。 ・・というような事情を知って、もう少し調べてみようと「アンブロシア」でインターネットを検索してみたら、なんと岩出市内の洋菓子屋が一発でヒットした。2年前の春、春日山原生林を歩いた際にこの話をしたら、メンバーの一人が知っている店だと返してくれた。彼女の話ではそこそこ美味しい店とのことなので、興味のある方はぜひ「神の食べ物」を賞味してみてほしい。

 次に面白いのはカシナガの家族関係だ。昆虫のペアは通常、交尾が終われば解消するが、カシナガは夫婦で子育てをする。それだけではなく、どういうわけか100個ほど産んだ卵のうち1個だけが先に孵化成熟し、この長男だか長女だかが坑道途中に置かれた卵を、新たに両親が掘り進めた奥の穴に移すなど、両親の作業をかいがいしく手伝うのだ。アリやハチなど膜翅目(まくしもく)と呼ばれる昆虫のグループでは、個々に役割を分担し群全体として社会生活を営むものが多いが、その他のグループでは珍しい。まして家族単位で生活を営む例は他にはまずなく、非常に興味深いところだ。

 長男以外の卵はこのように家族の手厚い保護を受けて越冬し翌春に孵化する。父母はすでに寿命を終えているが、親たちが栽培して残した遺産のナラ菌を食料として成長、数度の脱皮を繰り返し、6月のある晴れた朝、暗黒の坑道をたどって羽化し、父親が最初に掘った入り口から初夏の光り輝く希望の世界へ一斉に羽ばたくのだ。ある観察によれば、一本の木から1万頭のカシナガが羽化したという。

 とまあ、やや思い入れたっぷりに書いてきたが、食い荒らされる木の方はたまったものではない。カシナガは外来種ではなく、昔からブナ科の老成木の一部がカシナガに食害される例はあったのだが、前世紀末あたりから今に見るように爆発的な枯死被害が広がるようになった。どうしてこんな激甚被害となってしまったのか。

 気候変動の影響もあるようだが主な原因は1960年代の燃料革命にあるというのが最近の定説だ。かつてブナ科の樹木、ミズナラやコナラ、カシ類やシイ類は炭や薪として盛んに利用されていた。しかし60年代以降、エネルギーの主役は石油や電気に取って代わられ、里山は燃料の供給源としての価値を失った。その結果、以前は20年生程度で伐られ再生を繰り返していたこれらブナ科の樹木が放置され、カシナガが好む大木に成長して大発生できる環境を整えてしまったというわけだ。

 カシナガは自然が通常の状態であれば、老成木を倒し分解することで若い後継樹の成長を促し、全体として森林の若返りと新陳代謝を助ける役割を果たしていた。つまり、今のナラ枯れの惨状は、自分の必要から自然に手を加え、そして自分の都合で勝手に手を引いた人間の側に非がある。生態系は実に複雑にして玄妙な諸関係で成立しており、それを構成するすべての生き物に担うべき役割があって、カシナガのように余程注意しなければ目に止まることもない小さな生命にも、人智では計り知れない価値が潜んでいる。

 次に立ち枯れたブナ科の大木を見たら、その根元にカシナガが幹を穿孔して排出したフラスと呼ばれるおが粉を探してみてほしい。そして、もしそのフラスを確認したら、その森とカシナガと人間を巡る半世紀の物語に、謙虚に思いをはせてほしいのだ。



関連記事
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://yamatomori.blog.fc2.com/tb.php/162-ce2c003b