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 那須岳での高校生遭難事故について昨日の記事に補足。一日たって、この遭難についての追加情報がいくつか入ってきた。そのなかであらためてここで触れておきたいのは、雪崩が発生した地点、雪崩注意報、そしてビーコンという装備についての話題だ。

 まず雪崩の発生状況については、昨日、自分がまだ乏しかった遭難現場の情報と地理院地図から見立てたとおりであることが明らかになった。ただ、より詳しく報道されたところによれば、遭難現場は昨日自分が考えていた斜面より上で尾根上の平坦地だったようだ。地図を見ればわかるが、その平坦地はゲレンデに2本あるリフトのうち、南側のリフトの終点に接して南西方向(リフトを下部から見上げて左)にあたり、その西側には顕著ではないが1277.5mの小ピークがあって、これと東から走る那須岳(より正確には茶臼岳)からの斜面の鞍部になることから、平坦な地形を形作っている。

 昨日の遭難現場の映像は斜面だったが、リフトの終点から前述の平坦地へ向かうルートには傾斜はほぼないことから、ラッセル訓練はおそらくリフトの途中から南側の斜面にからんで取り付き、事故現場の平坦地まで登っていったものと思われる。

 さて、その平坦地だが、それは昨日指摘した急斜面の直下だ。もちろん正確に測ったわけではないが、地図上から読み取り限りでは昨日も書いたように明らかに40度以上の傾斜がある。そして、雪崩は一般的に傾斜30度から45度の斜面で起きる。30度以下では雪の自重(斜面との間の摩擦力)を上回るほどの滑落の力は通常発生しないため雪崩は起きにくいし、45度を超える斜面では雪は常に滑り落ちているため雪崩になるほど深く積もることができない。これは冬山に登る者にとっては一般教養レベルの常識だ。

 問題の斜面の斜度はまさに雪崩発生の条件を備えており、さらにこれも昨日指摘したことだが大きな樹木が見当たらず空に開けていて、過去に雪崩が発生した斜面であることを示唆もしている。この急傾斜は標高差で120m上まで続いており、そこから標高差100mほどはやや緩くなるがさらにその上には標高差で200mを超えるスケールでさらに急な斜面が続いている。自分がこの斜面にもし成木が生えていないことまで見てとったなら、少なくとも大量の降雪直後に近づくようなことは絶対になかったはずだ。報道によれば降雪が続いていて雪崩の発生地点を示す破断面は確認できなかったとのことだが、この斜面で起きたことはまず間違いないだろう。指導教員たち、わけても全体のリーダーを務めたベテランは、これだけリスクの多い斜面をどうして見逃したのか。厳しいようだが、油断というしかないと思う。

 次いで雪崩注意報の話題。マスコミは「警告が出ていたのにそれを無視して登った」との論調で、無謀な行為であったというストーリーを描こうとする。お上のお触れを絶対視するのはいつものことで、これは我がマスコミの悪弊で習性に近いものだ。しかし、あえて言わせてもらえば、雪崩「注意報」程度でやめていたら雪山に登れる機会など事実上ありはしない。登山者個人としての感覚で言わせてもらうが、「羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く」というか、お上はとにかく警告を出しておけばイザというときに言い訳ができるという感覚で、警報にならない程度のリスクであればと、とりあえず注意報を乱発するのではないか。

 雪崩注意報が出たときの登山者のあるべき行動様式は、さらに一層雪崩に警戒して登るべしに尽きる。これを「登るな」などと受け取るのは事なかれ主義の権威に拝跪し自主性を放棄した堕落であって、限りない自由をこそ求める登山行為への冒涜ではないか。ん~、とはいえ実のところ、最近はそんな素直で良い子の児童生徒のような登山者が増えている気もする。まあ、それはさておき、「注意報が出ていたのに無謀な」というプロトタイプ化したマスコミ報道には、その無知と体制迎合ぶりを嗤ってやればいいだけのことだ。

 最後にビーコンという装備についてだ。正確にはアバランチビーコンというのだが、これを60人を超えるような大パーティーが指導教員も含め一台も持っていなかったことが、けしからんといった調子で報道されている。

 ビーコンは簡単に言えば電波信号の携帯用受発信機だ。通常は発信モードにして雪山登山中は常時身につけている。雪崩が起きて埋まっても電波信号はずっと発信され続けているので、埋まらなかったメンバーは直ちにビーコンを受信モードに切り替え、埋設者のビーコンから発信される信号を頼りに埋設位置を特定し、そこを掘って救助するわけだ。もちろん、全員が埋まればビーコンがあろうがなかろうがお手上げだ。

 雪崩で埋まった遭難者の生死は救出までの時間に大きく依存する。埋設から15分以内に救出したときの生存率は90%を超えるが25分で50%に低下する。とにかく一刻を争って掘り出すほかに埋設者を救出する方法はない。つまり、雪崩遭難の埋設者救出にあっては救助隊など他の支援は当てにできない、現場にいる人間がすぐに掘り出さなければ助からないということだ。とはいっても雪原のどこを掘ればいいのか。やみくもに掘ってもいたずらに時間を浪費するだけだ。ビーコンは遭難者の埋設場所を特定することで、この時間の浪費を防ぐところに最大の使用価値がある。

 だが、言うは易くであって、ビーコンは実際にはかなり訓練を積まないと使用できない道具という一面もある。(これについては以前書いた)。また、その機能からいって、パーティーのメンバー全員が持たなければ意味がない。一部のマスコミが「1台も持っていなかった」とさも呆れたように報じていたが、まさに無知をさらけ出しているようなものだ。1台だけあったって何の役にも立たないんだよこの道具は。さらに、ビーコンは捜索範囲を狭めてくれるだけで、最後にピンポイントで埋設位置を決定するにはゾンデ(プロープともいう)棒を雪に突き刺す必要があり、掘り出すにはもちろんスコップが不可欠だ。これも全員が持参しなければならない。

 ビーコン自体が高価だが、さらにゾンデとスコップを加えると安いもので揃えても5万円くらいになる。これらを登山を始めたばかりの高校生全員に、登山靴やザックや雨具といった不可欠の道具に加えて購入させるというのは非常にむつかしい。すでに冬山にガツガツ登っていた社会人登山者であった自分たちでさえ、ビーコンが世の中に出てきた当初は値段の高さ(当時は今よりもっと高かった)に即金では買えず、ビーコン積立基金を作って春から秋までメンバーから月々金を集めて冬山直前にやっと必要台数だけ購入したものだった。そんな道具を、「高校生や教師全員が持っていないのがけしからん」と報じるのは事情を知らぬにも程がある。これについて報じるなら、高体連等がビーコンを購入しそれを高校生たちに貸し出すシステムをこそ提案すべきではないか。

 ところで、ビーコンに頼らなくても完全ではないが代わりになる方法はある。登山スラングで雪崩紐と称するのだが、ビーコンが出回る前はこれが埋設者特定の道具だった。といって特別山道具の店で購入するようなものではない。荷造り用の赤いテープ紐(50m巻で100円もしないだろう)で十分、雪崩のリスクがあるところを通過するときはこの荷造り紐10mばかりを身体に結び、ずるずる引っ張って歩くのだ。まあ、あまり格好の良いものではないが、雪崩に襲われればこの紐が巻き上がり、運がよければその一部が雪の上に出てくれるだろうという期待を込めてそのカッコ悪さを耐えるのである。もしそうなれば、埋設者の探索は一発ドンピシャで、ビーコンに比べてもはるかに早いはずだ。紐も全部埋まる可能性は否定できないが、ビーコンだって埋設位置が深くなればその場所の特定は非常に困難になり万能ではない。

 しかし、今回のパーティーはこの雪崩紐も装備してはいなかった。雪崩紐は古い冬山の知恵である。若い登山者はほとんど知らないだろう。今回の遭難パーティの指導者も知らなかったかもしれない。だからこそ、こうした古い知恵も含めて、生徒たちを率いる教師やリーダーたちに継承する機会を設けるべきなのだと、昨日の結論を再度述べて結びたい。


 山の話題でもう一枚。こちらは秋の甲斐駒ケ岳(コットマンF4)です。


170305 秋の甲斐駒ケ岳 (2)サイズ



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