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  また長らく更新できずに時間が過ぎてしまいました。この間、初めて出品した展覧会があり、それに忙殺されたうえに体調を崩してしばらくダウン、さらに自分の病気の原因が住居にあるのではないかとの疑いが強まったことから、医師とも相談のうえ、急きょ転居することになってバタバタしてしまいました。

  自分の病気は特発性間質性肺炎の一種であるNSIP(=特発性非特異性間質性肺炎)である可能性と、過敏性肺炎である可能性があり、いまだ病名も定かにはわからない状態なのですが、入院すると体調が良くなり帰宅すると悪化することから、幸い現在居住中の自宅とは別に以前住んでいて今は空家になっている持ち家もあることから、ダメ元でそちらに移動することになったものです。現住居とその家とは直線距離で100mほどですから、移動自体は容易です。とはいえ、一時的にせよ住むとなれば最低限の電気器具や家具もいりますし、家自体に手も入れなければなりません。ということで、知らず知らずのうちに時間が経過してしまいました。

 が、これだけ間延びすると、西郷隆盛の続きもちょっと白けてしまったなあ。(~_~;) 
 ま、これはこれでいずれなんとか決着をつけるとして、とりあえずは紀峰山の会の機関誌に連載している巻末コラムを以下に転載します。今回のテーマはクスノキ。今はちょうどクスノキの新緑が鮮やかに美しい季節ですね。


 植物百話

クスノキの話

 嬉しいことに、県連ニュースに転載したこのコラムにハガキで感想が寄せられ、加えて「次はクスノキ」について書いて欲しいとのリクエストがありました。そこで、今回はこのリクエストにお応えしようと思います。

 たしかにクスノキは私たち紀州人には馴染み深い樹木です。神社仏閣や学校、街路樹にもふんだんに植えられていますから、一歩外に出ればこの木に出会わずに過すことはないほどです。新宮出身の詩人佐藤春夫も望郷五月歌のなかで、「海(わだ)の原見廻かさんと、のぼりゆく山邊(やまべ)の道は杉檜樟の芽吹きの花よりもいみじく匂ひ」と、杉や檜と並べて樟(クスノキ)の新芽が花より強く香る「空青し山青し海青し」紀州五月の情景を見事に歌い上げています。このクスノキの匂いの成分が樟脳で防虫効果があることが知られ、また鎮痛剤としても利用されました。クスノキの名はこの匂いから「臭(くす)し木」と呼ばれたこと、あるいは「薬の木」と呼ばれたことが語源と言われています。

 と、ことほどさように慣れ親しんでいるクスノキなのですが、実は外来種だってことはご存知でしょうか。クスノキの元の自生地は台湾やベトナムなどの暖地で、日本列島にはそこから人為的に持ち込まれたものと思われます。といっても入ってきたのは有史以前のこと(専門用語では「史前帰化植物」といいます)ですから、お米同様すっかり馴染んで久しいのも頷けますが、寒がりのクスノキにとり日本の気候はやや厳しいようで、それこそ前述の宗教施設をはじめ、人の助けが得られる所や里山では育つものの、暖かい紀州や九州ですら奥深い山中に自生している例はまずありません。ですから天然照葉樹林の代表的樹種とはいえず、どちらかというと人とともに暮らす園芸樹のような趣すらあります。

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 では、有史以前から今日に至るまで、人々はなぜこのクスノキを好み列島に広げていったのでしょう。ひとつの有力な回答はその巨大さです。クスノキは日本で生育する樹木のうち最も大きく育つもののひとつで、日本の巨樹ベストテンのうち9本までをクスノキが占めています。なかでも日本の全樹木の頂点に立つ巨樹は鹿児島県姶良郡蒲生町の八幡神社にある「蒲生(かもう)の大クス」で、胸高樹周24m(根周40m)、樹高30m、推定樹齢1500年。幹の下部は朽ち八畳間大の空洞があります。「となりのトトロ」のねぐらはきっとこんな所だったのでしょうね。その巨大さを知るよすがとして、不肖ワタクシが実物を現場で写生した絵(F6号)を上に掲載しておきます。

 一方、和歌山県最大の樹木もかつらぎ町笠田東の妙楽寺にある樹周13.4mのクスノキで、「十五村(じごせ)の森」と呼ばれています。国道24号線で通過する笠田小学校の真裏(北)にありますので、機会があればぜひ立ち寄ってみてください。ちなみにこの木は近畿地方全体でもナンバーワンの巨樹、全国では43位にランキングされています。

 発掘された古代の丸木舟の遺物からは、その素材がクスノキであったことがわかっています。樹木を板に加工しさらに貼り合わすような技術が未発達の時代、丸木舟の大きさは原料木の太さに全面的に負っていたわけで巨大なクスノキは貴重だったことでしょう。古事記では、この列島に樹木を植え広げたスサノオノミコトが人々に向かい、「浮く宝にするクスも大量に植えたぞ」と語っています。この「浮く宝」とは船を指しますが、もしかしたら南洋からクスノキの丸木舟で渡ってきた海の民が、子孫が船を造るのに困らないようにとクスノキをこの列島に植えたことを神話の形で伝承しているのかもしれません。

 クスノキは常緑樹ですが、葉の寿命は1年しかなく春に新葉が開き始めると前年の葉は一斉に落葉します。秋に葉を落とす落葉樹とは異なり冬を越しはしますが、一斉に葉が世代交代するという意味では落葉樹に近い面もあるわけで、麦が実る初夏を「麦秋」と呼ぶことがあるなら、「楠秋」というのもあっても良いような・・ さて、そのクスノキの葉は主脈とその根元から両側に伸びる側脈が明瞭で、これを「三行脈」と呼びクスノキ科の樹木を見分ける際の拠り所としているのですが、よく見るとこの三行脈の分かれ目などに小さな膨らみがあります。これを「ダニ部屋」(またはダニ室)と呼び実際ダニが住んでいます。

 ダニ部屋はダニが勝手に住み着いてできるのではなく、クスノキが作ってダニを住まわせているのですが、なぜこんなことをするのでしょう? これについては定説がありません。そこでまず一説、ダニ部屋に住むダニは植物食のダニが多いのですが、これがだんだん増えてダニ部屋の外に溢れ出すと、肉食のダニがこれを捕食しようと現れ、ついでにクスノキを害する他のダニも駆除してくれる。つまり、肉食のダニを呼び寄せて利用するため撒き餌のダニを飼っているという説です。もう一説は一網打尽論というか、有害な植物食のダニをダニ部屋に集めておき、秋には部屋の出入り口を閉ざしやがて一斉に落葉させることで、被害を最小限に抑えているという説です。多くの研究者がこのダニ部屋の秘密に挑んでいるのですが、こんなに身近な植物でもまだわからないことだらけ。さて、クスノキは巨体の葉を柔らかな風に揺すらせながら、いったい何を考えているのでしょうか。




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