みなさん、ごぶさたをいたしております。

 前回、大日岳の記事をアップしてからちょうど10日ですが、私には、この10日で世界が一変してしまいました。

 ブログには書きませんでしたが、大日岳は非常に辛い登山でした。とにかく一歩登るごとに窒息しそうに息が苦しくて、ペースがまったく上がらない。

 今年冬の乗鞍や5月連休の立山でもそうだったのですが、最近は登るのがとにかく辛くてしかたがない。そんな山行が続いていました。

 ほんの数年前までは頑強な体が自慢で、競うように早足でガツガツ登っていたのがウソのようですが、これもトシのせいか、それとも鍛錬が足りないせいかと思っていました。そこで、毎朝裏山や近所の海岸を駆け回ったり(年間1500km走りました)、市民マラソンに参加したり、自分なりにトレーニングに励んだのですけど、やはり登りの辛さは変わらず、息苦しさに加えて最近は腰痛や背筋痛も併発するありさまで、もう自分には厳しい登山を行う体力はないことを認めざるを得ない状況に追い込まれていました。

 そこで、山麓でも楽しめるように…と思いついたのが、このブログのサブテーマにもしている森林インストラクター受験をめざす森林生態系や林業の勉強だったのです。

 今年3月1日から、毎朝4時に起きて2時間、昼休みに職場で1時間、夜も2時間、そして週末は山に行くのを止めて早朝から晩まで勉強に集中してきました。しかし、最高の夏山シーズンを丸々棒に振るのはさすがに勿体ないので、ひとつだけ、それも登りが楽な山を気楽に登ろう…ということで選んだのが大日岳だったのでした。立山室堂からの実質的な登りは500mにも足りません。なのに、登ってみると、息も絶えだえの苦しさだったのでした。

 和歌山に戻った翌日の7月29日(月)朝、あの苦しさは風邪をこじらせていたせいかと思い、薬でも処方してもらおうと近所のかかりつけのお医者さんを訪ねました。小太りのいつも快活な女医さんで、この日も笑顔でテキパキと診てくださったのですが、途中から出した聴診器で私の胸の音を聴くときの目は、いつもと違い笑っていませんでした。膝の上に聴診器を置き、ややあって、「今日は時間あります?」「レントゲンを撮っておきましょう」「すぐ準備しますから」と静かに話されました。

 で、レントゲンの用意が出来るまで暫く待ったのですが、やがて「ごめ~ん、こないだ修理したんやけど、直ってなかったみたい」(^^;) 。レントゲンは結局壊れていて使えず(このあたりがなんとも和歌山的)、「よそで撮ってきてもらってもいいかな?」「そっちの方が専門やからよう診るしぃ」…ということで、その場で予約を取ってくださいました。結局、期待していた咳止めの薬は処方されず、「喘息になったかな、気管支炎かな」…と思って帰宅したのでした。

 7月31日(水)夜、女医さんに紹介して頂いた和歌山市内中心部の放射線クリニックを訪ねました。ホームページでは院長さんの趣味の第1番に「画像診断」とありました。きっと愉快な方なのでしょうね。待つこともなく、すぐにレントゲン撮影。しばらくするとその「画像診断」が趣味の院長さんの部屋に呼ばれましたが、表情はぜんぜん愉快そうではありません。「悪いと思います」「良くないです」…と、写真を見ながらブツブツ呟かれたあと、「すぐにCTを撮った方が良いと思いますが、時間は大丈夫ですか?」。

 さすがにこうなると、いくらノー天気な自分でも、なにか尋常でないことが起きているらしいことはわかります。院長の指示に従い、早速別の部屋でCTを撮影。上着を着たらすぐにまた、院長の部屋に呼ばれました。院長先生はこちらを見ずに、CT画像を見つめながら「やはり…、良くない」と呟くように言われます。「何か病気ですか?」と尋ねると、ややあって「カンシツセイハイエン」と、やはりこちらを見ず、ボソっとした調子で応えられました。

 カンシツって?「乾湿?」 わからないので、「どんな字を書くのですか?」と尋ねると、院長先生、手元のノートにボールペンで「間質性肺炎」と楷書で書き、それを引きちぎって、このときだけは私の方をしっかり見ながら手渡してくださいました。これがこの難病との出会いでした。またCT画像に目を移した院長先生は、「早く専門のお医者さんに診てもらってください」と2度、呟くように言い、これで先生の話は終わりました。

 先生の部屋を出て、料金の計算が行われている間、待合室のソファに座り、手元のスマートフォンで「間質性肺炎」を検索し、最初にヒットしたのがウィキペディアで、初めの方の叙述に美空ひばりがこれで死んだとあります。ざっと読んだところではそう深刻な印象は受けませんでしたが、もっと調べようとしているうちに会計から声がかかり、支払いを終えてその放射線クリニックを後にしました。

 帰宅してから、インターネットを検索しまくった結果、間質とは肺胞の間の組織であること。間質性肺炎はこの間質が徐々に繊維化するなどで肺胞が硬くなって壊れ、やがて肺全体が機能を失う病気であること。10万人に数人程度が発症する珍しい病気で、発見からの5年生存率が50%、10年生存率が20%と、予後が非常に悪いこと、そして現代の医学では治療することはもちろん、進行を食い止めるのも困難であること。…なんて、まあ、調べれば調べるほど、ロクでもないことがわかってしまいました。
 たとえばこちら→http://www.masa.go.jp/res/files/resQnA/IP11.html

 間質性肺炎にもいろいろ種類があって一概には言えないと思うのですが、あるデータによれば、私の年齢では確定診断からの平均余命は2年半から3年でした。ん~、なら、確定診断なんてして欲しくないな。知らぬが仏っていうしぃ…って、一瞬思ったけど、診断してもしなくても病気は病気なんだよな(^_^;) 。

ともあれ最悪のケースの場合、残された時間は余りに短い。さて、じゃあこれからどうするか。これからこの難問を、このブログでボチボチ考えていこうと思います。鬱陶しいハナシにはしないつもりですので、よろしければおつきあいください。


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