9月24日、今日で入院してから一週間になります。見晴らしの良い9階の病室ですが、窓のカーテンをいっぱいに開いてもらっても、ベッドに横たわっていて見えるのはどこまでも広い空だけ。今朝はその空が一片の雲もなく真っ青に晴れ渡り、その中を一羽のトビが悠々と大きく輪を描き舞っていました。こういう情景に触れると、若山牧水の有名な歌を思い出します。

 白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ

 白鳥(しらとり)はもちろんトビではなく純白のカモメだと思いますが、それがたった一羽、真っ青な空と紺碧の海に挟まれた中空を風に吹かれながら漂う情景を想像してみてください。明治時代の歌人である牧水がどのような自意識でこの歌を詠んだかは知る由もありませんが、この世界の大勢に従って染まることを拒み、敢えて貫いた孤独ゆえの寂寥感が見事に謳い上げられています。

 牧水が一羽のカモメに仮託して表現した孤独とはどういった状態なのでしょう。世界保健機関(WHO)がその憲章前文において健康を以下のように定義していることはよく知られています。「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること」(日本WHO協会訳)。

 肉体だけでなく、精神状態も合わせて良好であることが健康にとり不可欠の要素であることは、当然理解できることですが、WTOの定義が優れているのは、それに加えて「社会的にも満たされていること」を健康の条件としてあげた点でしょう。では、「社会的にも満たされる」とはいったい、どのような状態なのでしょうか。

 社会には様々な矛盾が蔓延しています。戦争、貧困、差別、格差・・ これらの社会病理はどこの国でも見られますが、特にこの国では政治がこうした社会矛盾を解決する方向に作用するのではなく、むしろこうした社会不安をますます深く広げる新自由主義的な政策が連打されており、そうした意味で国民の健康は社会的な側面からも常に危機にさらされています。

 いつ首を切られるか分からない不定期雇用の労働者、働いても働いても生活費にすら事欠くワーキングプアたちは、到底「社会的に満たされた」状態になく、WTOの定義に従えばとても健康とはいえません。「社会的に満たされる」ということの一つの意味はこうした点にあるでしょう。

 加えて、私はWTOがいう社会的健康にはもうひとつ重要な意味があると思ってます。それは、ひと言でいえば、ある人が、他の誰かから必要とされる存在であるかどうかということです。ヒトは他のヒトと群れになって社会を形成する動物です。ヒトにとりそれが所属するヒトの集団つまり小社会は、それを維持する活動に参加する代償に保護を与える存在であり、こうした社会的関係、所属集団や他者から必要とされる関係の中でヒトは初めて「満たされた」状態で心安らかに休むことができます。

 しかし、先に述べた新自由主義的な政策は、差別と選別、競争と排除の論理とシステムで人と人との繋がりをずたずたに引き裂いています。単に資本が必要なときに人間としてではなく、消耗品のような単純労働力としてのみ呼びだされる存在でしかなくなった状態で、完全に孤立した一人の人間を想像してみてください。それでもなお家族や友人やパートナーから人として必要とされたなら救われもしますが、それすらもないとき・・ こう考えを巡らせてくると、あの秋葉原の事件をどうしても思い出してしまうのですが、言葉の真の意味での「孤独」とは、そうした人間存在の否定に直結するギリギリの厳しい状態を指すのだと思います。社会的健康の崩壊、それが孤独なのです。

 さて、本題に戻りますが、「空の青海のあを」がもし、今のこの国を覆う大勢である新自由主義や改憲の勢力ないしは時代の空気のようなものを指すとすれば、それに染まらないこと、それと闘う存在であり続けることは、むしろ孤独とは対極にある生き方といえるでしょう。それは、資本の横暴にタガをはめてまともな労使関係を構築することで人々の社会的健康を取り戻す大多数の国民の利益にかなう闘いであり、そこに連帯はあっても孤立はないからです。

 トビはもう、ずっと前にどこかに消えてしまいましたが、私には「空の青海のあを」に挟まれた中空を、おびただしい群れとなって飛ぶカモメの大集団が見えるようです。 「空の青海のあをにも染まず」闘う、労働者国民の政治的覚醒を信じたい。

 今日はレントゲンを撮るほかは、超音波式ネブライザでのトレーニングくらいしかすることがなく、痛みもかなりひいて余裕の一日でしたので、ぼ〜っと、景色を見ながら感じたことを流し書きしてみました。夕方5時15分、そういえば病棟で痛みと闘っているうちにもう、秋の彼岸も過ぎたのですね。相変わらず快晴、間もなく、見事な夕焼けが見られそうです。




 

  
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