11月2日、今は一応晴れていますが、明日は雨模様だそうです。肺生検により発症した肋間神経痛の痛みは取れませんが、だからといっていつまでもイジイジしているのもしゃくに障ります。そこで、森林インストラクター試験にも合格したことだし、試しに少しだけ山を歩いてみようと思いたちまして、国内で唯一入山制限が制度化されている西大台利用調整地区の入山許可を環境省に申請し、明日3日の日付で許可されたのですが、大丈夫かなあ。

 さて、それはさておき、阪急阪神ホテルズのレストランにおけるメニューの偽装表示が発覚して以後、全国の有名ホテルで相次いで明らかになった偽装表示の話題。プリンスホテルやリッツ・カールトンなんて、まあ、野宿ないし木賃宿専門のコジローは泊まったことないけど、そこそこ高級ブランドのホテルで次々に判明し、この種の偽装が相当広範にあることを示唆している。

 グルメも食通も別世界、腹さえ大きくなれば十分ってコジローの如き野蛮人には、この手の高級レストランにも全然縁はないので関係なんて無さそうなものなのだけれど、発火源である阪急阪神ホテルズの社長が最初の会見で、「偽装表示ではなく誤表示」と説明したことは見逃す訳にはいかない。不当な利益を得ようとの悪意があって行ったことでなく、知識や教育の不足、コミュニケーションの不備などから発生した「事故」といいたいのだろう。

 その後、相次いだ他のホテルなどの偽装表示についての説明でも、このスタンスは共通している。阪神阪急が厳しい批判にさらされたことから、先手を打って自主的に公表しないと、隠してもしバレたら致命傷になるとの「リスク管理」判断に加え、「赤信号みんなで渡れば」って計算も手伝っての横並び公表だったと思うが、例えば中華レストランで「芝エビ」などとしたメニューと異なり、単価の安いバナメイエビやホワイトタイガーを使っていたことが判明したルネッサンス・サッポロホテル(札幌市)は総支配人が「悪意ではなく認識不足」と釈明した。

 で、この共通する言い訳について思うことが2つ。ひとつは、悪意があっての偽装より、悪意がない間違いのほうが罪が軽いと、単純にいえるのかということ。そしてもうひとつは、ンなことあっけらかんと言っちゃって、この人達は恥ずかしくないのかということだ。

 儲けを増やそうと故意に原料を細工する表示偽装はたしかに悪質だが、少なくとも、原料についての知識がなければできない犯罪だ。一方、誤表示の方は、そもそも芝エビとバナメイエビの区別もつかない人たちがレストランを仕切っていたということになるぞ。そんな人やレストランが、代金をもらって人様に食事を提供する資格があるのか。

 わかりやすい例を挙げよう。安倍首相はIOC総会での東京プレゼンにおいて「福島原発事故はコントロールされており」「汚染水は完全にブロックされている」と断言したが、これが嘘であることは客観的に見て明らかだ。もし、オリンピックを東京に誘致するため手段を選ばないという立場から、原発事故の状況を把握した上での発言とすればこれは「偽装表示」に当たるが、マジで原発事故の現状をこのように考えているとすれば「誤表示」だ。偽装表示はもちろん許しがたいが、誤表示だったらもっと大変ではないか。原発事故の深刻な現状についての認識が本心で発言通りなら、この国は無知無能なリーダーのせいで大変なリスクを負うことになる。即刻辞めさせねばならない。

 話を戻すが、食材の区別ができなかったというのは、調理者には致命的な汚点だと思う。その汚点や無知をさらけ出した会見で、「恥ずかしい」とか「情けない」いう言葉がどうして出ないのだろう。
この人達のプロとしての誇りや矜持は、いったいどうなっているのだろう。

 コジローはかつて、当地の地方紙に通算1000本ばかり「天声人語」のようなコラムを書いたが、いちど慣用句の使い方を誤ったことがあった。世間でよくある用法の誤りで、それに引きづられたのだったが、それを読者からの手紙で指摘された時の、文字通り「顔から火が出る」ような恥の感覚は未だに記憶にしっかり焼き付いている。ただちにその次のコラムで訂正し謝罪したが、それからしばらくは顔を上げて街を歩くことができなかった。「穴があったら入りたい」というのは決して大げさな表現ではないと、つくづく思ったものだった。

 プロは誤ってはいけない。別に自分がそうだったからというわけではないが、そうした、職人的なプロの矜持というものは、かつてこの国の働く人々に共有されていた、普遍的で初歩的な職業倫理のようなものだった気がする。

 先日、有機食品の認証制度について海外の人と話をする機会があったが、その信頼性について説明しようとしたところ、「日本人は嘘つきませんから」とサラッと言われてハッとした。それは、先人たちが誠実に真面目な仕事を積み重ねて獲得してきた日本人全般への信頼であり、逆に言えばそうした愚直な真正さが国際社会で貴重なものであることを示している。

 しかし、ネオリベラリズムと総称されるグローバリズムにより金儲け至上主義が幅を利かせてくる中で職業倫理もグローバル化し、そうしたかつて日本人が共有していた仕事への矜持も失われつつあるのではないか。グルメ門外漢のコジローが今回のメニュー偽装表示を見逃せないのは、そこにこの国の職業観のなし崩しでの解体の兆候を見るからだ。失うものは大きく、問題の根は結構深い。

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