12月6日、森林インストラクター資格試験合格の通知と登録資格証明書が届きました。森林インストラクターは、一般社団法人全国森林レクリエーション協会に登録されて初めて正式に認められ、名前等を公示されるとともに、登録証と証明書、それにバッジが付与されます。ということで、たったいま、申請に必要な書類を書き上げました。

 さて、この間、世の中の方ではなんといっても、特定秘密保護法をめぐる攻防が大きなニュースでした。読売産経など札付きの一部提灯メディアと政府の干渉で最近右傾化が目立つNHKを除く報道機関の多数、映画人ら文化人、ノーベル賞受賞者を含む科学者ら、反対や慎重審議を求める声が全国で澎湃(ほうはい)と沸きあがり、多数のデモと怒号が国会を包囲する中で、自公連立与党はこの稀代の悪法と称すべき弾圧立法の採決を強行、数にモノを言わせて成立させました。

 この法律の危険性については、すでによく報じられていますので繰り返しませんが、その内容もさりながら、担当大臣すら中身を理解しておらず答弁が二転三転したり、採決も間近になってから第三者「的」機関と称するものが粗製濫造されたり(「名ばかり機関」というそうです)、土台、法案としての体をなしていないものを、生煮え状態で上げてしまいました。

 さらに、これに先立ち自公は、業績上なんの瑕疵もない野党の参院委員長にいきなりヤクザまがいのインネンをつけて、手駒の女性議員たちに口汚い罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びせさせて解任、議席数に応じて委員長ポストを割り振る院の慣例も踏みにじる問答無用の独裁体制を敷き、また、参院委員会では議事録に「聴取不能」とあるだけで採決した証拠はどこにも残っていないのに、これも数の威力で委員会を通ったことにしてしまいました。

 さらにさらに振り返れば、自公の選挙公約のどこにも「特定秘密保護法」の「と」の字すらなく、安倍首相の所信表明演説でもひとことも触れていなかったにもかかわらず、突然上程して遮二無二(しゃにむに)数を頼んだ突撃で、反対世論が沸騰する前に火事場泥棒的に成立させてしまう。これはまさに国権の最高機関であり言論の府である国会へのテロであり、麻生が好きなナチスのドイツ国会放火事件に匹敵する陰謀クーデターではありませんか。

 これに対し、自公に輪をかけたアナクロ右翼の維新、自分を与党に高く売ること以外関心がない無能な党首をいただく「みんな」が、与党になびくことは目に見えていましたが、最大野党の民主党もぜ~んぜん頼むに足りない。

 ま、はじめから分かっていたといえばそれっきりですが、だいたいまともな綱領もないこの党は本質的には政党というより選挙互助会のようなものであって、特定秘密保護法に基本的には賛成って議員も結構混じっているのだから、世論を気にして今回は反対のポーズをとったものの、それを貫けるはずもなく、参院本会議の採決では、あろうことか、自公のあまりの暴挙を目前にさすがに賛成はしかねて逃げ出す維新や「みんな」の尻について、自分たちもゾロゾロ退席するという信じられない行為に及んだうえ、またぞろ議場に戻ってくるという醜態を演じました。ま、戻ってこないよりはよかったんだけど、この腰の座らなさ、不定見にもほどがあると呆れます。

 そうした、これが我が国における選良の府なのかと嘆かわしい醜態が次々に演じられたなかで、日本共産党の仁比壮平議員の反対演説は、かの伝説的な斉藤隆夫の反軍演説(1940年2月)もかくやと想起させる、内容と迫力のあるものでした。これが最後にあって、民主国家日本における言論の府は、なんとか体裁を保ったというべきかもしれません。仁比の訴えは斎藤の1時間には及ばない10分ほどの小演説ですが、ユーチューブで確認できますので、ぜひご覧いただきたいと思います。

 とりあえず成立はしましたが、闘いはこれからだと、多くの人たちが発言しています。この法律はどこから見ても現憲法の諸原則とことごとく衝突しますから、成立したからといって諦めて放置することはできないからでしょう。ここで反対の声が途切れれば、次は武器輸出が解禁され、解釈改憲で集団的自衛という名の戦争ができる体制が整い、国軍が原発と歩調を合わせて復活し、さらには明文改憲、徴兵制、翼賛議会、国民総動員、そして戦争へと突っ走るおそれが小さくはないからです。

 ま、戦後70年近く、戦争を放棄した日本国憲法に守られ、戦場で一人の外国人や敵兵を殺さず、一人の自衛隊員も死ななかったこの国のこと、フツーの政治家が首相であれば、そこまでの心配は不要かもしれませんが、安倍晋三の常軌を逸した頭の悪さというか、いまを100年近く遡る化石ぶりは石原慎太郎なみで、これに公明、維新に渡辺一族(「みんな」は解体秒読みです)がついて行こうとしていますから、何が起きるかわからない。彼らの目を覚まさせるような国民的な規模の闘いがなければ、マジで危ないと思います。

 しかし、国会内の力関係からみれば、その戦いの前途は容易ではありません。結局、次の国政選挙で自公を敗北させるまで、国会内外の闘いを連携して持続できるかが日本の将来を決すると思うのですが、しかし、その選挙でいかにして、デモや集会への参加など思いもよらず、テレビや新聞のニュースすら滅多に接することがない膨大な人々に、どのようにすればこの状況を自らの危機として実感してもらうことができるのか。それが大問題です。選挙の帰趨は、結局のところ、こうした膨大な人々が決するのですから。

 自らデモに参加したり、ソーシャルメディアで意見を表明したりももちろん重要なのですけれど、そこから滲(にじ)み出すように、水面に落とした墨の一滴が静かに広がってゆくように、大海のような人々に向かって、働きかけてゆく方法を真剣に考えたいものです。

 

 

 
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