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 実に久しぶりに病気の話題。今日は京都の診療所でセカンドオピニオンの受診をしました。メインの地元の病院は3カ月に1回、この京都の診療所では半年に1回、病気の進行状況をチェックしてもらっています。

 いやあ、しかし、病気の話に入る前に一言。 「京都って、めっちゃ暑いっすねえ!」 緯度は私が住む和歌山の方が南ですが、夏の日の最高気温はだいたい京都の方が3~4度高く、さらに蒸し暑さも加わって非常に厳しい。このジト~っとした蒸し暑い空気が肌にまとわりつく感じは、これまでに3度行ったインドのデリーと同じです。

 和歌山も暑いことは暑いのですが、海に近いため海風山風が常に吹き、空気が頻繁に入れ替わるせいか、ジト~っとした感じはありません。これがさらに紀伊半島を南下して潮岬あたりまでいくと、さらに気温も下がりますし爽やかさも増して、ずいぶん過ごしやすくなります。そういえば、日本の最高気温の記録は熊谷や多治見や山形や、いずれも内陸部で記録されています。緯度だけで単純に寒暖は決まらないのですね。

 そんな京都、烏丸の高倉通りを炎天下、陰から次の陰へ飛び渡るようにして診療所を訪ねました(んな忍者みたいな歩き方より日傘さすべきだよね)。診療所にはこの病気=特発性間質性肺炎の臨床研究で大きな実績をお持ちの、自分よりやや年上の女医さんがおられ、レントゲンやCT、特殊肺機能検査、6分間歩行しての血中酸素濃度測定など、毎回一連の検査を行ったうえで、そのデータをもとに助言してくださいます。

 自分の場合、明らかに病気とわかるのはやはり肺機能の低下で、肺活量が同年齢同体格での平均値の6割程度しかありません。また、その残った肺の機能、簡単に言えばO2⇔CO2のガス交換能力も低下していて、普通にしているぶんには生活で困ることはないのですが、重い荷物を持つとか、階段を登るとか、そんな心肺に負荷のかかることを少しでもすると、すぐに血中酸素濃度がど~んと低下し息が苦しくなってしまうのです。

 治る病気ではありませんので、今までに失った肺の機能回復は望めません。ただ、進行を止めることができれば延命につながりますから、定期的な診察は、病勢が前回の診察時から進んだかどうかのチェックが中心です。もし、急速に進み始めていたら、その兆候をつかんだ段階で、これを止める可能性がある薬の処方を検討することになるわけです。

 しかし、現在、自分の病気に処方可能な薬には重篤な副作用があります。まあ、数えてみれば随分たくさん副作用がある薬なのですけれど、その中でも最も気になるのが光過敏症。日光を浴びると皮膚がんになるリスクが高くなるという、非常に難儀な副作用です。この副作用を避けるためには、夏でも全身を覆う服を着用してサングラスをして日焼け止めをたっぷり塗って、さらに、日中はできるだけ外を出歩かな…といった対応が求められます。

 ・・が、んなことになったら、山も森も行けたモノではありません。まあ、自分はたしかに病人ではありますけれど、今の時間を闘病のために生きているわけではない。人生はそれを楽しむためにこそあるのです。今の私の暮らしから山や森を取ったら、あとはまあ、「抜け殻」とまでは言いませんが、相当程度スカスカの空虚な人生になってしまう。そんな「余生」はゴメンですから、実は薬を勧められても断る覚悟でいるのです。

 というわけで、毎回、その薬を勧められるほど病勢が進行しているかどうかが非常に気になるのですが、先生の診断、今回も検査の結果から診る限りでは前回からほとんど進行はしておらず、これまで通りの暮らし方でよいとのご託宣を得ました。はあ~、やれやれです。

 ということで、別れ際、先生がにこやかに送り出してくださった時の言葉、「これからも、しんどい事をしたり、登山したりしないで、普通に暮らしてくださいね」。もちろん、「は~い」と元気よく返事して(^_^;)、雲ひとつなく熱せられ、相変わらずうだるような京都高倉通りをしっかり日に焼けながら歩いて帰ったのでした。さあ、この週末は山に行くぞお!




今回の記事は、以前から時間があったら書こうと思っていた漢方生薬の煎じ方。ということで、大半の皆さんには関係のない話なのですが、実は一部リクエストもありましたので私のやり方を紹介してみます。関係ない方も、もしお暇がありましたら、小話のネタにでもと思って読んでみてください。

 コジローがお世話になっている美濃漢方診療所の劉先生からは、こちらから症状報告書(毎日の体調に関するデータを一週間分、患者自身が記録したもの)を2回分送るつど、その報告の内容や投薬期間等に応じて処方された2週間分の漢方薬が送られてきます。生薬と粉末があり選択できるのですが、自分は仕事やプライベートで遠出する機会が多いため、そんなときには粉末で対応できるよう半分ずつにしてもらっています。が、薬効という点では、生薬を煎じる方がやはり確かなようです。…ま、そりゃそうでしょうね。でなけりゃこんな面倒なこと、誰もしませんもんね。

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 さて、国際郵便で送られてきた生薬は、このように一日分ずつポリ袋に小分け包装されています。処方により中身も量も異なりますが、結構ボリュームがあります。

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 これを2回煮詰めて煎じるわけですが、火にかけた鍋でやるとなるとかなり厄介です。2回煎じるには2時間近くを要しますから付きっきりというわけにもいかず、まあ、お節料理の黒豆を煮るようなものですけれど、お節なんて年に一度だから集中できるのであって、自分のまったく集中力が続かない散文的な性格を考えると、いずれ煮詰めているのを忘れて焦げ付かせたりすること必定。というわけで、ここは文明の利器に頼ることにして、「文火楽々」と書いて「とろびらんらん」と読ませる象印製の漢方煎じ器を直ちに購入しました。

 上の写真は、その煎じ器の容器に生薬を入れてひたひたに浸かる程度の水を加え、さらに重しにマグカップを乗せた状態。これで30分から1時間、生薬が水をしっかり吸うまで置いておくよう指示されているのですが、朝イチで煎じることにしている身にはこの時間がなかなか… 先にも書きましたように煎じるのに計2時間かかりますから、早く煎じ始めないと出勤時間になってしまうので、それに合わせてこの浸漬時間も見込んで作業を始めるのですが、漬け込んで待つ間に森林関係の勉強など他の事をやりだすと、ついそれに熱中して漬け込んだことをすっかり忘れ、気づいた時点で煎じる時間が足りなくなることがしばしば。なので、最近は前夜、寝る前に漬け込むことにしました。こうしておけば、翌朝起きた時に直ちにスイッチを入れれば間違いなく煎じることができます。

 それから水の量も結構微妙なところがあります。生薬を二度、いずれも200cc程度になるまで煎じるよう求められるのですが、なんせ生薬が入っていますので、どのくらい水位が下がったら残りの実質水量が200ccになるかというのがわからない。これは鍋でも同じだと思います。また、煎じ器の場合はこれに加えて加熱時間をどのくらいに設定するかによっても、最初に入れる水の量が変わってきます。といって、煎じる量に応じて時間を調整するというのも難しい。

 ということで、このあたりは試行錯誤で経験を積み自分のやり方を確立するほかないのですが、これまで4カ月あまりコジローが経験してきたところでは、生薬がひたひたというレベルに水を入れ、煎じる時間を常に35分として200ccの結果を得るには、乾燥した生薬に水を入れる1回目は450cc程度、生薬がたっぷり水を含んだ2回目は350cc程度を基本として、生薬の量に応じ水の量を多少加減するのが、ほぼ間違いない結果が得られそうな感触です。

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 煎じ器にかけてスイッチを入れると、しばらくして泡が立ち、10分ほどで沸騰してタイマーが動き出します。この写真では見えにくいかもですが、生薬全体がしっかり漬かって薬効成分を無駄なく抽出できるよう、マグカップを入れたまま煎じています。 

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 煎じ器の操作面。シンプルなものですが、35分はあくまで煎じる時間で沸騰しなければこのタイマーは動き始めません。その前に沸騰するまで10分程度の時間がありますので、一回の所要時間はあわせて45分程度ということになります。さらに2回目もほぼ同じだけの時間が掛かり(水量が少なく生薬が温まっている分、沸騰するまでの時間はやや短くなりますが)、さらに煎じる前の浸漬時間を30分以上取るとすると、合計の煎じ時間は2時間以上ということにまります。

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 煎じ終わったら、蓋を開けて熱くなったマグカップをトングで取り出し、再び蓋をして茶こしで漉しながら別の容器に注いで冷まします。このとき、アルミやプラスチックの容器は使用不可。陶器やガラス、ステンレスなど、容器の成分が熱などで溶出しないものに限ります。

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 できあがりはこんな感じ。今回は1回目も2回目もピッタリ200ccでした。大成功!(^O^)v 
 
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 冷めたら保存用の容器に入れて、冷蔵庫で保存します。これを少し温めて朝昼晩、三回に分け服用しています。美濃漢方の指示書では朝夕2回とあるのですが、粉末は日に3回の処方ですので、生薬と粉末をミックスした二週間分を日数通りに使い切るには、生薬も三回で飲んでいったほうが間違いがなく合理的だと思うからです。なお、「良薬は口に苦し」などと言いますが飲み口はそう悪くありません。もちろん生薬の処方により味は少しずつ異なりますが、むしろ結構いける感じで、慣れてくると美味しく感じたりもするほどです。なお、生薬を処方されている間は、カフェインを含む飲料、柑橘類、揚げ物類は控えるようにとのことです。

 コジロー流の煎じ方は以上です。もし、間違っているところがあれば、ご指摘くださると嬉しいです。ではまた。 

 
 今朝未明は猛烈な風でした。びゅうびゅうと地鳴りのような風音がひっきりなしに続き、先ほどのNHKお天気情報によれば和歌山市内で3時半頃に瞬間最大風速33m余を記録したとか。家中の窓がビシビシ唸るはずです。そのお天気情報で天気図を見れば急速に発達した低気圧が日本海と列島南岸を併走して東進、まさに気象学の教科書にでも出てきそうに典型的な「二つ玉低気圧」でした。

 二つ玉低気圧は、冬山に挑む登山者にとりこれ以上ない厄介な相手で、邪悪で凶暴な本性を微笑で隠した悪魔のような存在(って安倍晋三とかに似てるかも^^;)。 もちろん今朝のような強風が、山では威力を倍加して猛烈に吹くのですから恐ろしいのは当然ですが、それに加えて二つ玉低気圧が危険な理由はもうひとつあって、二つの低気圧にはさまれた地域では、両者が影響を打ち消しあい一時的に好天が訪れる事で、これが先に「微笑」と評したわけです。

 登山の世界では「擬似晴天」と呼ぶのですが、それまで下り坂だった天気が勢いを盛り返して、風も弱まり雲が切れて青空さえ見えてくる。過去には、これに騙されて行動を開始し、その後の急激で猛烈な天候悪化で遭難した例が多くあります。昨夜の和歌山でも一時的な天気回復が認められました。避難場所が近くにある街では気象の読みを誤っても大過はないでしょうが、山では致命傷。山行前に天気図をしっかり読む癖をつけたいものです。

 さて、昨日は二ヶ月ぶりの呼吸器内科の診察でした。レントゲン撮影や血液検査の結果では症状は横ばい。ま、良くなることはない病気ですから、横ばいなら十分なのですが、困っているのはさて、ステロイド治療を始めるかどうか。二ヶ月前の診察では判断を保留、今回は半ば以上、その気で受診したのですが、医師と話し合った結果、今回も判断を留保しました。次の診察は来年2月10日です。

 迷うのは、効くか効かないかわからないのに、一度始めれば、量は減っても一生ステロイドを飲み続けなければならない可能性が大きく、それに伴い骨粗鬆症や糖尿病、感染症、高血圧などの結構重篤な副作用を発症する恐れがあるからです。加えて下手に服用を中断すれば、その反動で急性増悪(ぞうあく)を起こし、症状が急速に進んで致命的な状況に陥る可能性だってあります。

 何度も医師に問いましたが、自分のような繊維化型NSIPの場合、効くか効かないかはやってみなければわからない。奏効する確率を示すデータもない。ただ、やるなら早い方がいいかもしれない。もし効けば症状の進行が抑えられるだけでなく、壊れた肺の機能を一部は修復させることもできる可能性がある。が、もちろんリスクも…の堂々めぐりになってしまうのですね。 

 ということで、ん~、このあたり非常に悩ましくて判断に迷うのですけれど、一度やり始めたら後戻りはできないというのがどうにも。…ということで、今回も判断を留保しました。ま、いまのところ体調はそこそこ良く、手術の後遺症である肋間神経痛の痛みは残っていますが、最近は早朝に1時間弱の速歩を再開、落ち葉を拾っては街路樹などを同定しながら機嫌よく歩いています。ずっとこの調子が維持できれば良いのですが。
 10月21日、この間、またすっかりご無沙汰してしまいました。といって、別に忙しかったわけでもなく、特に話題がなくていったん書きそびれると、なかなか再開のタイミングが掴みづらいだけのことだったのですが、今日久しぶりに書く気になったのは、朝日新聞に週1回、「CM天気図」と題するコラムを連載しておられた天野祐吉さんが、間質性肺炎で亡くなったとの報に接したからです。

 天野さんは享年80歳。15日に入院しわずか5日後の20日朝に逝去されたといいますから、間質性肺炎にしてもえらく早い。とすると、入院するまでに症状は相当進行していたのではないかと思われるのですが、それまで徐々に呼吸が苦しくなるようなことはなかったのでしょうか。そもそも、間質性肺炎に罹患していることは自覚しておられたのでしょうか。

 同病ということで、そのあたりかなり気にはなるのですが、それはさておき「CM天気図」はまことに見事なコラムでした。一貫して広告批評の看板を掲げておられましたが、天野さんの批評の本質は誰もが知っているCMに素材をとった政治批判、世相批判であり、それが軽妙洒脱な文章でいやみ無く語られる点で、他の追随を許さない領域に達していました。

 それを支えていたのは、平和や憲法、人権等についての揺るぎない世界観であり、権力におもねらず庶民の目線に立つジャーナリスト精神でした。16日に掲載された最後の「CM天気図」では、近頃のスーパーの野菜売り場で作り手の名前と写真を掲載する「CM」を評したうえ、最後に「反グローバリズムのCMだったりして」と茶目っ気たっぷりに結んでいるところなど、まさにその真骨頂といったところでしょう。

 そんな「CM天気図」が無くなった朝日新聞、さて、どこを読もうかなあ…ってくらいの喪失感なのですが、80才なあ… ともあれ合掌です。

 それ以外の話題も取り急ぎ。まず自分自身の特発性間質性肺炎の話ですが、16日に呼吸器内科を受診し、最終的にNSIPの繊維化型との診断を受けました。このタイプの場合、一般に知られるところで10年生存率が30%といったところですから、まあ、あらためて聞いたところであまり嬉しい話ではないし、その程度のことなら肺生研前の高解像度CTの病理診断でも示唆されていたことです。

 で、この診断結果を受けて医師からは「効くかどうかは判りませんが、ステロイドを処方してみましょうか?」との話。これが、西洋医学の現時点での限界なんだよねえ。深刻な副作用がそこそこあるステロイドを、効くかどうかも判らないのにそう簡単にやるとは言えませんので、次の診察まで返事を保留しました。その診察は12月9日。さて、どうしたもんかなあ~ このあたりは、美濃漢方診療所の劉先生からの助言も受けて考えようと思っています。

 それとは別に、胸腔鏡下肺生研の術後の経過ですが、手術から1ヵ月を経過しても肋間神経痛がどうにもならない。痛みは間欠的で、気にならない程度のときもあるのですが、痛むときなどまっすぐ立っていられないほどです。処方された鎮痛剤もあまり効きません。特に湿気ると悪いようで昨日など雨の日は酷く痛みます。原因はもちろん、肺生研で肋間神経を傷つけたことにあるわけですが、肋骨の間から胸腔鏡を通したりドレーンを入れたりするからには、そこに走る肋間神経を多少傷つけることは避けられないでしょう。

 肺炎に伴う苦しさや痛みなど今はなく、ただこの検査手術に起因して長く続く痛みに難儀をしている状態です。で、そうした大きな犠牲を強いる検査で得た回答が、先に書いた「効くか効かないか判らないけどぉ…」って、あんまりじゃないかって思いませんか? しかし、コジローの年齢、健康状態の場合、肺生研を受けなければ将来、症状が悪化しても難病指定すらしてもらえないのがこの国の決まりだそうです。

 ということで、医療側は肺生研は疑問を差し挟む余地もない当たり前のプロセスと思っていて、これを受けないのであれば医療行為として何もすることはないから、早々にお引き取りくださいという態度でした。つまり、西洋医学に頼る限り、肺生研をしないって選択肢は事実上ないのです。ですからあんなに簡単にマニュアルに従って勧めるのでしょうけど、彼らには術後のこんな痛みに患者が耐えていることなど、全然念頭にないんだろうと思います。もちろんそうではない方もおられることを知らないわけではありませんが、多くの医師は生きている患者なんて眼中にはないのですね。彼らが見ているのは病気に関わる肉体の一部だけです。そのことが実によくわかりました。

 ただ、んなこと今更判ったって痛みがマシになるわけではありませんので、先の美濃漢方診療所の劉先生に相談したところ、ヘルペスの痛みに効果があるというカプセルを頂きました。このカプセル、飲むのじゃなくて中の黒い粉を取り出し、ごま油で溶いて患部に塗るのだそうです。で、早速、塗ってみたところ、痛かった部分が猛烈にかゆくなり、そのかゆみが引くと痛みも引いていました。完治はしませんし、昨日のような雨で猛烈に痛いときは限界もありますが、少なくとも西洋医学の鎮痛剤よりは遙かに効果があります。

 で、この粉ですが、主原料はなんと「ムカデ」なんだって。(^^;) カプセルを入れた袋に手書きで「百足粉」と書いてありました。ムカデには二度ばかり痛い目にあったことがあり、コジローにとり天敵ともいうべきヤツだったのですが、これに助けられるとは思ってもみませんでした。ともあれ、さすがというか、恐らくは試行錯誤の積み重ねだったのでしょうけれど、漢方はなんでも巧みに薬効を見つけちゃうんですね。しばらくはムカデに感謝しつつお世話になりながら、この痛みに付き合っていきたいと思います。
 10月5日、昨日は午前中に呼吸器外科の診察があり、ドレーン挿入孔の抜糸が済んで主治医の許可も出たので、午後からほぼ三週間ぶりに仕事に復帰しました。

 手術後の傷口の痛みはもうほとんどありませんが、左胸全体が神経過敏になったような感覚で、衣類に触れるたびピリピリとした尖った痛みがあります。じっとしている分には感じないのですけど、少し歩くだけでも衣服と擦れて痛みが走り、なかなか普通には歩けません。それを訴えると、主治医は大きく頷き、「ああ、そうですか、やはりね、肋間神経痛ですねえ」と話されました。胸腔鏡は肋間神経が走る胸膜を貫いて入るので、こうした肋間神経痛をきたしその痛みが結構長期間、ときには半年以上も残るケースがあるそうです。

 胸腔鏡下肺生検は全身麻酔下で行う一人前の手術ではありますが、がん病巣の摘出などと違い、確定診断のための単なる検査に過ぎず、これをしたからといって何の治療になっているわけでもありません。にも関わらずこの身体的負担はなかなかつらいものがあります。入院してから仕事に復帰するまで3週間というのも、現役の労働者にはかなりの負担です。高解像度のCTも開発されていることだし、もう少しなんとかならないものでしょうか。

 それはさておき、その診察でこの度の肺生検についての病理組織診の結果が示されました。肺生検では左肺の上葉と下葉から、それぞれ2cmほど肺の組織を切り取っており、それらの組織を顕微鏡等で詳細に観察検討するのですが、その結果、病理専門医はコジローの病変をNSIPとする所見を報告しておられました。それにしても、左肺下葉の組織切片について「正常細胞含まず」とのきっぱりした報告には、改めて冷厳な現実を突きつけられたような気がしました。

 ここで、間質性肺炎の診断についてあまり立ち入った話をするつもりはないのですが、そのNSIPを理解してもらう上で最低限の基本的な点に絞って少し書きます。まず、特発性間質性肺炎は、(Ideopathic Interstitial Pneumoniti)の頭文字をとってIIPs(アイアイピーズ)と略称されています。最後に複数を示す小文字の「s」が付いているのは、ひとくちに特発性間質性肺炎といっても一様ではなく、異なったタイプが複数あることからで、2002年にヨーロッパと米国の学会はこれを7つのタイプに整理、日本の厚生労働省も基本的にこれに準拠したガイドラインを定めています。

 この7つのタイプのうちで最も多い疾患は特発性肺線維症で、(Idiopathic Pulmonary Fibrosis)を略してIPF と呼びます。IPFは病理組織型からは通常型間質性肺炎といい、 (Usual Interstitial Pneumonia)を略してUIPと呼ばれることもあります。このIPF/UIPは特発性間質性肺炎の症例のうち約3分の2を占めるからこそ「通常型」と呼ばれるのであり、ひとくちに「間質性肺炎」といえば、このタイプを指すことが多いのですが、一般的には確定診断後の5年生存率が3~4割、10年生存率が1割といわれる恐ろしい病気です。現代の医学では完治は望めず、いくつかの新薬に期待が寄せられていますが、これまでのところ延命効果がすべての症例について有効と証明された薬も治療法もありません。ただ、個人差も大きいようで、ここで示された5年生存率などはあまりあてにはならないという話もあります。

 さて、そのIPF/UPIに次いで多いのが、特発性間質性肺炎の症例のうち約1割を占める非特異性間質性肺炎で、(NonSpecific Interstitial Pneumonia)を略してNSIP と呼んでいます。つまり、コジローはこのNSIPと診断されたわけです。NSIPにもさらに「線維化型(fibrosing)=f型」と「細胞型(cellular)=c型」の2つのタイプがあり、コジローがどちらのタイプかは現時点で不明なのですが、出現頻度はf型が圧倒的に多いようですので、恐らくはこちらだと思います。

 で、気になるf-NSIPの確定診断後の予後ですが、5年生存率が9割、10年生存率が3割強といったところのようです。生存者が5割を切るのは8年目くらい。間質性肺炎と診断されたときはまずIPF/UIPであることを前提に調べ、先に示した5年生存率や、コジローの年齢での平均余命が2年半なんてデータに接して覚悟を決め、腹をくくり、残された時間を測り、動けるわずかの時間のうちに何をするかを真剣に考えていました。

 それからみれば、抵抗できる時間はどうやら数年ほど延びる可能性があるようですが、執行猶予状態であることに本質的な違いはありません。でもまあ、なんだかんだいっても、生きられる時間が若干は増えたらしいことは素直に嬉しいです。やり残したことも、それから逝っちゃう前に後始末を付けなくてはならないことも、まだまだたくさんありますからねえ。

 たった一度の人生、時間って本当に大切ですよ。一期一会、光陰矢のごとし、二度と帰らぬ今この瞬間を、悔いなく、有効に使いたいものだとつくづく思います。



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