5月4日、森林観察二日目は福井、滋賀、岐阜3県の県境付近にある夜叉ヶ池の森を訪ねるつもりでしたが

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 ごらんの通り、林道は途中で通行止め。毎年、雪崩で道が崩壊するため、その復旧が終わるまで入れないそうです。山開きは6月1日とか。

 ということで夜叉ヶ池はまたの機会の楽しみに取っておくとして、滋賀県最北端で福井県に接する山門(やまかど)水源の森に転進しました。ここは冬は豪雪の北陸型気候が支配する一方、夏は伊勢湾や瀬戸内海から暖かく湿潤な気流が入るため、寒地性と暖地性の植物が入り交じる多様性の高い森が形成されています。また、この山域の中央には湿原が広がっており、こうした立地条件も森林の多様性をますます高めています。

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 まず目を引いたのがこれ。イワナシというツツジの仲間の小低木で、もう花は終わって実がついていました。名のとおり、梨のような味がするとのことで食べてみたのですが、かすかに梨を思わせる味はするものの青臭く、まだ熟すには時間がかかりそうでした。

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 尾根道を登ってゆくとアカガシの純林となります。アカガシはカシの仲間の中では最も寒冷に耐えるのですが、それでも豪雪地にこれだけまとまって生えるのは珍しい。ただ、そのアカガシもスッキリと伸びた大木は少なく、写真のように株立ちしたものばかりです。これは、この山がかつて薪炭林として利用されていた名残で、当時の炭焼きさんたちがアカガシがまた再生するよう配慮して伐採したことを示しています。製炭が今も続いておれば、切り株から生えた萌芽を人為的に間引いて2~3本を大きく育てるように仕立てたはずですが、昭和30年代のエネルギー革命で製炭が産業として崩壊したため炭焼きさんも山から消えて間引かれることもなく、このような姿になったものと思われます。
 
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 さらに登ると、一転してブナを主役とする明るい落葉広葉樹の森となります。いまは、淡い緑色のブナの新緑が最も美しい季節でしょう。

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 森の木は写真になりにくいので、せめて樹皮の写真でも。これはナツツバキの樹皮。まだら模様が美しいです。

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 こちらはアカガシの老成木の樹皮。特徴のある剥がれ方がケヤキによく似ています。

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  これはクマシデの樹皮。アカシデもたくさん見かけましたが、シデの仲間は共通して老成すると独特の波打つ脈のような膨らみができます。

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 中央の湿地のそばでトキワイカリソウを見つけました。花が船の碇に似ているところからの命名で、これは年中葉があるためトキワ(常盤)のイカリソウ。ということは、普通のイカリソウもある道理で、葉を落とす種類のものは単にイカリソウと呼ばれています。今回は幸運にも、翌日、この普通のイカリソウにも出会うことができました。その報告は次に。

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 花をつけたコバノガマズミ。これも葉が小さいからコバノになるわけで、普通のガマズミもありますが、これは見かけず、その代わりにミヤマガマズミを見ることができました。

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 今回の森林観察での意外な収穫は湿原でちょうど花期を迎えていたミツガシワ。氷河時代からの遺存種といわれており、花弁が毛むくじゃらなのは寒冷適応だそうで、可憐な花なのですがついマンモスを連想してしまいます。尾瀬などの寒冷な高層湿原ではよく見ますが、こんな低地の湿原に群生するのは本当に珍しいと思います。

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 最後におまけ、アカハラの普通のイモリです。水がぬるんできたので気持ちが良いのでしょうか、浅い水の下でたくさんのイモリが活発に動きまわっていました。


 特発性間質性肺炎を発症して、森林限界を抜くような高山の登頂や、重荷を担いでの厳しい登山はドクターストップになってしまいましたが、実に幸運なことに、たまたま森林インストラクターの受験勉強をしっかりやったおかげで、自然を観察する基本的な知識を得ることができました。そこでそれを活用し、低山の森をウロウロして植物を観察する新たな趣味を見つけました。人間万事塞翁が馬なのですよね。

 昨年まで、ゴールデンウイークといえば、喜び勇んで雪山に出かけていたのですけれど、今年は私が所属する「紀峰山の会」の山仲間たちがいくつも計画を組んで白馬や槍に向かう計画の留守本部(遭難事故等に備えて山行計画ごとに指定を義務付けている緊急連絡先)を引き受けるくらいしかありません。しかし、せっかくの連休を留守本部だけというのはシャクなので、森歩きを会の正式の山行として登録し、三つの低山で森林観察を行ってきました。  

 まず5月3日に訪ねたのは福井県坂井市の雄島。観光名所の東尋坊の北にある、橋で陸地と繋がれた無人島で大湊神社が鎮座し、島全体が鎮守の森として守られてきたことから、見事な照葉樹の海洋性原生林が残されています。

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 雄島全景。正面の鳥居から階段を登ると大湊神社の社殿に出ます。そこから島の中腹を周遊する道をたどりました。

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 社殿にあったタブノキの堂々たる大木。タブは照葉樹林を代表する樹木ですが、海岸近くの人間が利用しやすい場所に生えていたためほとんどが伐採され、照葉樹林域にある和歌山でも今はほとんど見ることができません。まして、このような大木を見るのは初めてでしたが、この島には老成したタブの巨木が林立しており実に壮観でした。先に訪ねた綾の照葉樹林は内陸部にあるため、タブもなくはありませんでしたが、主役は圧倒的にイチイガシやシイ類で、こことはかなり様相が異なります。

 ついでですが、タブノキはコルク層が発達していて、触った感触が非常に優しい。どことなく、南国のおおらかさを感じさせる木なのです。

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 あまり良い写真が撮れなかったのですが、社殿を出てタブノキの巨木林をたどると林床にはちょうど開花期を迎えたウラシマソウが多く見られました。ウラシマソウは天南星(てんなんしょう)の一族で、花に見える仏炎苞内の肉穂(にくすい)花序から長く伸びた付属体を浦島太郎の釣り糸に見立ててこの名前が付いたとか。ちなみに肉穂花序とは、ミズバショウの中心に見られる棒状の物で、あれがこのウラシマソウの仏炎苞の中に隠れているわけです。

 さて、天南星族の生態は実に興味深いものです。天南星の仲間はすべて雌雄異株ですが、発生してしばらくは性別はなく、少し成長するとまず雄株になり、さらに成熟して雌株となります。子孫を残す、植物でいうと種子を作るのはやはり相当エネルギーを消耗する大変な作業のようで、成熟して根茎にかなり栄養分を蓄えないと雌株にはなれないのだと考えられています。
 
 また、受粉の仕組みも面白い。天南星族の受粉を媒介するのはハエやハナアブなどですが、蜜を求めて雄株の仏炎苞から中に入った虫は上に戻ることができない仕組みになっていて、下へ下へと誘い込まれて花粉まみれになり、巻きスカートのようになっている仏炎苞の最下部の隙間から、ようやく全身に花粉をまとって脱出することができます。

 そして次に雌株の仏炎苞に入ってくれれば、天南星側にとってはめでたく受粉成立なのですが、雌株の巻きスカートの最下部は閉じられていて脱出することはできません。つまり、受粉の役割を終えた昆虫はそこに閉じ込められて死ぬしかないのです。今回のウラシマソウは若いのでまだありませんでしたが、以前、同じ天南星族であるマムシグサの雌株を切り開いて調べてみたところ、数匹のハエが息絶えていました。 ん~、やっぱ、植物であってもメスは恐ろしい。(^_^;) ま、冗談はさておき、こうした植物と動物の関係を見ていると、やはり地球の主役は植物なのだという気がしてきます。

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 林を抜けると明るい草原状となり、そこここにナルコユリがひっそりと花をつけていました。よく似たアマドコロとは、花の基部に短い柄があることで区別できます。


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 島を半周するとまた照葉樹の森となりますが、北側はヤブニッケイの純林となります。ヤブニッケイに限りませんが、照葉樹の森を人間の目線の高さから樹冠部にかけて見ると、このように木の幹が複雑に錯綜した、なんというか、暑苦しい雰囲気です。

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 が、中に入ってみると、こんな感じ。下の方は結構すいているのですね。写真にはうまく撮れなかったのですが、森の中から見上げると、縦横に発達した枝と常緑の葉が空を分け合うようにモザイク模様を描いています。実に生命力に満ちた森なのです。

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 最後は和歌山ゆかりのキノクニスゲ。やはり照葉樹林でよく見かける下層植生で、雄島が分布の北限になるそうです。花は終わっていましたが、よく似たヤブランと混生していました。ちなみに葉の断面がM字になるのがキノクニスゲ、V字になるのがヤブランで、触れればすぐに識別できます。


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 先日、綾町の照葉樹林を訪ねたついでに、少し足を延ばして鹿児島県姶良市蒲生町の蒲生八幡神社のクスノキを見に行きました。かねて一度はお目にかかりたいと念願していた日本一の巨樹ですが、ご覧の通り、言葉を失うような圧巻の迫力。高さ約30メートル、胸高径(地上から1.3メートルの高さでの幹周)24.2メートルで、根回り33.5メートル、幹の中には広さ約13平方メートル(畳8畳分)の空洞があり、樹齢は約1500年と推定されています。

 一時は樹勢が衰えた時期もあったそうですが、手厚い手当の甲斐あって、このようにすべての枝から若々しい新緑を見事に萌えたたせていました。生命の偉大さに素直に頭が下がります。



 
 先の週末、有機農業の町として有名な宮崎県綾町を訪ねる機会があり、それとあわせて念願だった綾の照葉樹林を訪ねることができた。

 照葉樹林はクスノキやシイ・カシ類、ヤブツバキなどに代表される常緑広葉樹の森で、ヒマラヤ山麓から揚子江中下流域を経て海を渡り、台湾、沖縄、九州から南東北の海岸域までを覆う本来の植生であり、そこに照葉樹林文化と名づけられた共通する文化が成立したことで知られる。共通する文化要素としては、根栽類の水さらし利用、絹、焼畑農業、陸稲の栽培、モチ食、麹酒、納豆など発酵食品の利用などが挙げられている。日本人のルーツを解明する上で興味深い仮説であり、ブータンの探検で知られる中尾佐助や、「イネの来た道」をこのルートに追求した佐々木高明ら、知的刺激に満ちた論考は、読むたびに大きな興奮を与えられたことを思い出す。

 しかし、日本における照葉樹林は人間が最も暮らしやすい場所に分布していたため、その大半が伐採されて農地や都市に変換され、各地の神社の鎮守の森などを例外として、もうほとんど残っていない。綾町には、その貴重な照葉樹林がまだ千ヘクタールのオーダーで残されている。ちなみにユネスコの生物圏保護区に指定された照葉樹林の面積は、約700ヘクタールの核心地域を中心に緩衝地域、移行地域を含め2市2町1村にまたがる約14500ヘクタールに及ぶ。

 その貴重な綾町の照葉樹林を、この森を守り復元させる活動を展開する「てるはの森の会」のガイドさんの案内で半日に渡り、見学させてもらった。



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 綾町の入り口にかけられた看板

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 綾の大吊り橋から見た照葉樹林。モコモコしていてブロッコリーが集まったようにみえる。
 シイとカシの花が満開の今が最高の季節だ。

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 クマガイソウ

 森の見学なのだから樹木を載せるべきなのだが、樹木、特に大木は写真にならないんだよねえ。(^_^;)

 で、草花の写真にならざるをえないのだけれど、これはクマガイソウ。図鑑で何度も見て、いつか現物を見たいものと思っていたのだが、今回こうして初めて見ることができた。名前は源氏の武将、熊谷直実(なおざね)に由来する。騎馬武者は後ろからの弓矢の攻撃を防ぐため、母衣(ほろ)という袋状の防具を背負っていたのだが、この花を熊谷直実がまとった母衣に見立てたわけだ。

 その熊谷直実は一の谷の合戦で逃げようとする平家の若武者を追い、捕えてその若さに我が息子を思って殺害をためらうが、直実に討たれることを望む若武者の言を受けて泣く泣く首を取る。その若武者こそ横笛の名手として知られた平敦盛17歳だった。平家物語の山場の一つだが、この敦盛にちなむアツモリソウという花もあって、やはり袋状で、こちらは敦盛の母衣にちなんだものだ。

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 コバノタツナミソウ
 葉が小さく、花が一方向に並んで咲くことから立浪草と名付けられた。
 別名ビロードタツナミ、触れるとビロードの様な柔らかい感触がある。


 4月21日月曜日、朝のうちは昨日来の雨も残っていましたが午後から曇り。
 土曜日は和歌山県の斡旋を受けてパナソニックが田辺市龍神村に設けた「企業の森」の植樹活動のサブイベントで、初めて森林をガイドしました。

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結構急峻な斜面での植林作業です

 この日、参加した同社の社員は約180人。これだけの大人数が結構な急斜面にひしめきながらの植林体験が終わると、三つ用意されたサブイベントのうち森林学習を希望した約100人が、9班に分かれてそれぞれ担当の森林インストラクターからガイドを受けました。

 コジローはそのうちの一班を担当。植林に想定以上に時間がかかったため当初予定した時間を大幅に削っての慌ただしいガイドでしたが、林道から植林したばかりの斜面を登って尾根に達し、集合地点に下るまでの約40分で見かけた約20種の樹木を、名前に様々なエピソードを添えて紹介することができました。ガイドを終えて班を解散する際、盛大な拍手に添えて「すごく楽しかった」「来年も来るからぜひ案内してほしい」とお褒めの言葉もいただきましたので、まあ、デビュー戦としてはまずまず良くできた方ではないかと思います。

 せっかく龍神まで来たので、少し足を伸ばして久しぶりに本宮の山小屋に立ち寄ってきました。15年ほど前に『木の国熊野からの発信』(中公新書)という本を書いた時に、その取材の縁から購入した森の一角にまことにささやかなログハウスを建てており、近所の山に登った際などそこに泊まることもあります。

 いまこの森は、知り合いのNPOが林業体験ができる所を探しているというのでそれに提供していて、そのNPOのメンバーや学生が集まっては間伐をしたり、丸太コンロを作ったりしているようで、小屋の前には目の前の森から切り出したばかりの間伐材で作ったベンチやテーブルも設えられていました。

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ささやかな小屋とNPOが立てた看板

また、小屋の周りにはキツネノチャブクロというキノコがたくさん生えていました。キツネノチャブクロは植物の遺骸などを分解して栄養を得る腐生菌の一種で、ホコリタケの別名でも知られるように、棒などでつつくと中央に空いた穴からホコリ状というか煙のようにまとまって胞子が飛び出します。自然状態では雨滴の直撃を受けて胞子を飛ばします。食用になりますが、食べられるのは胞子を出すようになる前の若い個体で、写真のように成熟して胞子をだくと、胞子臭くて食べられないそうです。

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キツネノチャブクロ、つつくと中央の穴から煙状の胞子が飛び出します

 さて、別の話題。昨日20日の朝日新聞から夏目漱石の代表作『こころ』の連載が始まりました。ちょうど100年前の4月20日に朝日で連載が始まったのにちなんでのことらしいのですが、これに「時代の精神」というキーワードで漱石が生きた明治と戦後の時代を語る大江健三郎さんのインタビューが添えられていて、この内容に大きく共感するところがありました。これについては、また機会を改めて書きたいと思います。