2018.02.06 ご挨拶
コジローの長女です。長らく父のブログにお付き合いいただき、ありがとうございます。
礼状との重複になりますが、ご挨拶したくて書き込みいたしました。

政治、文学、音楽、絵、科学、環境、山、スキー、スポーツ…。
体力と知識欲と情熱にその行動力で油を注いで、どこまでも自由に走っていく父でした。
正義感は強く、けれど人には敬意と親しみを持って接していたように思います。
私たち家族は父の知見と行動力に引っ張られ、時に引きずられながら
沢山の経験をさせてもらいました。
ちょっと強引だった部分はありましたが、それでも「勉強しろ」と上から押さえつけられたことはなく、
むしろ私たちが興味を持って取り組むことを、助言しながら応援してくれました。
自ら学び、自分の道を切り開く喜びを父の姿から教わったように思います。

父 隆(コジロー)は、2018年2月2日午前8時33分、満65歳にて旅立ちました。
つい先週まで、自宅でスポーツを見て絵を描いて、お見舞いくださる皆様をとても嬉しく迎えておりました。
また皆様から頂いたメッセージについても、前日の夜まで読んでおりました。
1日の夜、久しぶりにスムーズに眠れたところ、深夜1時に急に咳と熱が出て
なかなか酸素濃度が回復せず苦しい時間となってしまいましたが
旅立つほんの10分くらい前まで、私や母の声に応え続けてくれました。

つい今までそこにいてくれた父の旅立ちはあまりにあっけなくて、家族である私たちも皆様同様戸惑うばかりです。
けれどご存じのように、自分のしたいことしか(ほぼ)してこなかった父のことですから、
皆様に支えられ、皆様を巻き込んで走りきったこの時間は、とても濃密で最高に楽しかったことでしょう。
これからは先輩方と遠慮なく語りあい、大好きだった犬たちと思う存分走り、
大好きな山もスキーも楽しみ放題、ひょっとしたら実はやってみたかったことも、こそっと始めているかもしれません。
……って言ってたら、
病院からのしばらくぶりの帰宅でも、斎場から帰るときも風花が吹いており
今日は和歌山市でついにこんなことに↓
Feb/6th/2018 庭

「僕ね、ちょっと山行ってくるから(*゚∀゚*)
 スキーしてくるから(*゚∀゚*)」

って、浮かれてるんやろな……^^ (名護市の選挙結果には憤懣やるかたないでしょうが)

これまで以上に好き放題して過ごすに違いないと思うので、笑ってやってください。
オリンピックやサッカー・ラグビーのワールドカップを観ているとき、
きっと皆様のそばにいますので、どうぞ一緒に楽しんでやってください。

本当にありがとうございました。
これ以上父らしい遺影もないのではないか

追記:和歌山市片男波公園内「万葉館」にて開催中の「名草まほろば絵画展」に
    1点出展しております。
    3月末までの展示ですので、お時間があるときに是非ご覧くださいね!

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 昨日29日午前、録画してあったNHKの『西郷どん』を観ていたら、なんと島津斉彬が藩主である実父の島津斉興にロシアンルーレットで禅譲を迫るというぶったまげ仰天シーンに出くわして目がテンになった。ん~、もうなんというか、いくらフィクションとはいえここまでふざけると、マズイとか呆れるとかの域を遥かに通り越して言葉もない。この視聴者を馬鹿にした度の過ぎる「おちゃらけ」を時代劇としてまともに批評しようとした自分のおめでたさを笑うしかないのだった。

 まさかそのせいでもあるまいが、昼食後、しばらくしてから咳が止まらなくなり、16時まで耐えて頑張ったがもうこれは限界だと思って救急車を呼び、和歌山県立医大附属病院に入院した。もう自宅の駐車場まで歩く力すらなく、救急車以外に移動方法はなかったのだが、それでも意識はきわめて清明、指もなんとか動かせるので、このようにキーボードを叩いて文章を綴ることができるのはありがたい。

 受け入れてくださった医師は自分の状況を観察してこれまでの治療は中止し、緩和ケアで対応すると説明、家族や近しい人には早く連絡して会っておくよう助言してくださった。状況がさらに悪化すれば鎮静剤(モルヒネ)を増量するほかなく、そうすれば意識が薄れてコミュニケーションが困難になる。そのことを見越してのご助言だ。長引けば療養型の病院に移されることもありうるが、恐らくもう再び自宅に帰ることはない。ということで、このブログもこれが最後の記事になるだろう。

 自分の死生観については、先にこのブログの記事『呼吸不全者の咳対処法』に書いたとおりであり、この期に及んでいまさら思い悩んだりするようなことは一切ない。胸に去来するのはただただ感謝の念だけだ。最近、その想いを見事に表現した歌を友人に教えてもらった。竹内まりあ作の『いのちの歌』がそれで、ご存知ない方のため、歌詞は以下のとおり。すべての歌詞が胸にしみるがわけても「いつかは誰でも この星にさよならをする時が来るけれど 命は継がれてゆく 生まれてきたこと 育ててもらえたこと 出会ったこと 笑ったこと そのすべてにありがとう この命にありがとう」と結ぶラストが秀逸。これこそまさに今この瞬間の自分の想いそのものだ。流行歌や芸能などは全く門外漢でなんの知識もなく恥ずかしいのだが、世の中には本当にすごい人がいるものだと感心した。

  生きてゆくことの意味 問いかけるそのたびに
  胸をよぎる 愛しい人々のあたたかさ
  この星の片隅で めぐり会えた奇跡は
  どんな宝石よりも たいせつな宝物
  泣きたい日もある 絶望に嘆く日も
  そんな時そばにいて 寄り添うあなたの影
  二人で歌えば 懐かしくよみがえる
  ふるさとの夕焼けの 優しいあのぬくもり

  本当にだいじなものは 隠れて見えない
  ささやかすぎる日々の中に かけがえない喜びがある

  いつかは誰でも この星にさよならを
  する時が来るけれど 命は継がれてゆく
  生まれてきたこと 育ててもらえたこと
  出会ったこと 笑ったこと
  そのすべてにありがとう
  この命にありがとう



 大勢の方がこの歌をカバーしていてユーチューブでいくつかは視聴もできるのだけれど、この中で自分としてはシンプルな合唱がもっとも気に入っている。歌もさりながら、バックに流れる動物の親子たちの写真がまた素晴らしい。無心な動物たちの親子の汚れない無私無条件の情愛に、自分たちが生きる世界の美しさが凝縮されている。そう、世界は本来、かくのごとく美しいのだ。だが愚かな人間のせいで、その美しい世界が危ない。以前にこのブログでも書いたが、人類は近い将来、多くの可哀想な動植物を道連れにして自滅するだろう。

 環境問題を語るときに「Point of no return」という言葉が使用されることがある。日本語に訳せば復帰不能点、元は故障等で不調となった航空機が離陸した空港に戻れる限界点を意味したらしく、これを超えるともう元に戻ることはできない。地球温暖化は目に見えるほど急速には進まないが、悪い要因が積み重なり促進し合って加速し、ある一点を超えるともうどう対策を講じても破局を避けられなくなる。この限界点を「Point of no return」と呼んだのだが、ジェームズ・ラブロックという有名な科学者はすでに20年も前、「そんなものは遥か昔に超えていて人類の破滅は不可避だ」とうれしくない太鼓判を押していた。だが、ラブロックは続けて「といって心配するには及ばない」という。「人類の残した悪行など500万年もあれば浄化され地球は本来の姿に戻る」からだ。

 『いのちの歌』が奇跡が出会うと歌った「この星」=地球はいま38億歳で、その寿命は100億年ほどという。その100億年の寿命における500万年は、人間の寿命80年に換算すれば2週間ほど。人類という新種のウイルスに罹患して悪性の風邪をひき、こじらせて床上げが長引いた程度の感覚だろう。ちなみにこの人類ウイルスが放射能を撒き散らすとか地球を破滅的に温暖化させるとかの悪行が300年続いたとすれば、同じ尺度でこの期間は72秒程度。ほんとうに短い時間なのだ。となると風邪というより低温火傷か捻挫くらいの感じかも知れない。ともあれ、だからラブロックは地球の立場に立って、心配しなくていいというのだ。ま、絶滅する人類にはなんの慰めにもならないが。

 人間は自らの母胎たる自然に対し傲慢になりすぎた。というか人間の中でも愚かな者ばかりがリーダーになり、結果として自滅への道を選んできた。滅びるのは自業自得でやむを得ないだろう。だが幸い、それまでにはまだ時間がある。人類の運命を左右する権力を握るのは愚か者であっても、市井には賢く真面目で人情豊かな人びともまた綺羅星のようにあまたいて、「ささやか過ぎる」かもしれないけれど「かけがえのない喜び」に満たされた日々を美しく暮らしている。

 自分はそんな素敵な人々と、仕事や活動や学びの場で、山や森や川で、どれほど多く出会えたことだろう。やはり飛び切り幸せな人生だったのだとあらためて深く思う。そんな素敵な出会いに、そしてもちろん出会ってくださったすべての人々に、ただ心から、ただ心から感謝あるのみだ。

 そんな素敵な友人の一人、遠くで暮らす高等学校ブラスバンド部の後輩が自分の現状を知って先日、一句詠んでくださったので、それに返して、このブログに書いたようなことを考えながら下手を承知でひねってみた。ま、ひとり残らず誰もがいつかは降り立って息をつく終着駅での感慨だ、「才能なし」も愛嬌のうちである。 とまれ、それを辞世としてこのブログを閉じたい。
 ここまでお読みくださり、ありがとうございました。


      億年の、永久にもいのち冬銀河




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 NHKのBS1スペシャル「欲望の資本主義2018~闇の力が目覚める時~」を観た。BS1スペシャルは、無謀なインパール作戦や731部隊の人体実験に積極的に関わった大学医学部の過去にメスを入れるなど、政府サイドへの忖度報道が目立つNHKにしてはなかなかホネのあるシリーズだ。今回は格差が広がり排外主義が蔓延し混迷する現代資本主義を問うという意欲的な企画だったが、各方面に右顧左眄(うこさべん)というか、様々な論者の意見を羅列するだけの散漫な内容に終わってしまった。

 とはいえ、資本主義の本質を解き明かそうとした経済学者としてマルクス、シュンペーター、ケインズの3人を挙げ、この3者の学説を軸に番組を構成した点は評価して良いだろう。現代主流の経済学はネオリベ=ネオリベラリズム(=新自由主義)だが、グーグルマンやハイエクらその論者の主張は、かいつまんで言えば、規制を緩和し資本が好き放題できるようにすれば市場の機能を通じ最適経済が達成されるということで、要するに200年以上前のアダム・スミスの焼き直しに過ぎない。資本の跳梁跋扈に一切手を出さず勝手にさせろというのなら、それについての学など不要な道理ではないか。つまりネオリベなど経済学の名に値しない。

 ということで番組が紹介した偉大な3人の経済学の話だ。まずマルクスは、資本主義社会を構成する原子である商品の分析から剰余価値を発見、そこから展開して大聖堂の巨大伽藍にも似た壮大で緻密な資本主義批判の理論大系を築きあげた。その仕事を代表する最大の成果が大著『資本論』だ。この書の中でマルクスは、資本主義の原子的構成単位である商品の分析から始めて資本主義社会総体の必然的な崩壊までを、比類なく厳密な論理構成で論証している。マルクスが没してすでに130年余、誤っているとか古いとか言われながらなおマルクスの名が蘇り生命力を失わないのは、要するにその学説が正しいからだ。

 マルクスを否定する論者はソ連の崩壊など社会主義の失敗を挙げるのが常だが、これはリンゴが腐ったからといってニュートンの力学を否定するのにも似たいいがかりの論法だ。理論の誤りは理論で論証されねばならないが、マルクスの剰余価値学説の誤りを論証できた例はなく、剰余価値学説の正しさを認めれば、それは必然的に純粋な資本主義の崩壊まで隙なく一直線に認めざるを得なくなる。だから、シュンペーターやケインズら真面目な学者はマルクスの正しさを認めたうえで、資本主義を一部「修正」することによってその延命を図ろうとしたのだが、最大利潤を損なう修正など受け入れたくない資本家の太鼓持ちであるネオリベの論者たちは不真面目で、前述のように腐ったリンゴでマルクスを否定したことにするか、ないしはマルクスなど初めからいなかったように振舞っている。

 では、その恐るべきマルクスの剰余価値学説とはいかなるものか。資本論は大著だが剰余価値を説く価値論はその冒頭の数十ページに過ぎない。だから読んでもらうのが一番で、ここで説明するのは荷が重いのだが少しだけ触れてみよう。まず資本主義社会とはどんな社会かだが、最大の特徴はすべての物品に値札がついていることだ。資本主義社会では世界の物品はすべて売買可能な「商品」として立ち現れる。持ち主がいない空気や海水ですら缶詰にしたり深層水を汲み上げたりして商品にできる社会なのだ。だからマルクスはこの資本主義社会の原子たる商品にまずに目をつけた。

 ここに100円のハンバーガーと50円のボールペンがあったとする。バーガー1個とボールペン2本の価値は等しいということになるが、なぜこれが等価といえるのか。詳しく論証するのはホネなので端折るが、マルクスはそれは両者に含まれる「労働」の量が等しいから、ということを突き止めた。ただし、この「労働価値説」はマルクスが元祖というわけではない。マルクスに先立ちアダム・スミスやリカードも気づいていたのだが、彼らはこの商品の売買を通じて利潤が生まれる理由を説明することができなかった。スミスらは利潤の源泉は市場にあると考えていた。上手に取引する、つまり価値以上の価格で売れば儲け=利潤が出ると素朴に考えたのだが、市場では一方の得は他方の損であるから、このような構造では社会の富はトータルでは増えないことになる。だが現実には、双方納得づくの正常な売買で利潤は生まれているのだ。この謎を解き明かした点にこそマルクスの天才がある。

 先の100円バーガーを売るバーガーショップで働くA子の時給が900円だったとしよう。資本主義社会では人間の労働も商品となる。A子は忙しく働きながら、自分の「1時間の働きの価値」はバーガー9個分なのだなあ・・と何度も思ったに違いない。だが、それは実は違うのだ。

 A子の時給、つまりA子の「1時間の労働の価値」も他の商品と同様、それを作るのに必要な労働の量で決まる。A子が明日も同じ労働ができるよう維持再生するコストということだが、まずA子の命を維持するための衣食住のコスト、人間はパンのみにて生きるものではないからレジャーやスマホのコストも必要だろう、病気に備えるコストやA子がこの仕事ができるようになるまでの教育のコスト、さらに本来なら(現代の日本では怪しいが)A子の跡継ぎを作るための恋愛や出産や子育てのコスト等々が1時間分に微分割されて含まれるはずである。

 かくして「労働の報酬」が正当に支払われ、生命が健康に維持されてこそ明日もA子は笑顔を輝かせてこの店で働くことができるのだが、実はここにひとつの誤謬がある。いまカウントしてきたのは正確にはA子の「労働力を再生維持するためのコスト」であって、その労働力を行使する労働自体のコストではない。そもそも労働とは行為そのものであるから、愛情のコストが(比喩的には別として)測れないのと同様、労働のコストなど計算のしようがないのだ。つまり、A子は「労働の報酬」という名で実はその労働を担う労働力の維持再生費、言い換えれば「労働力の使用料」を時給として受け取っているのである。

 「労働」と「労働力」は異なる、実はこれこそが資本主義の謎を解く最大の鍵なのだ。話が飛ぶようだが、太古、まだ人類が自然の恩寵と祝福を受けて暮らしていた頃、ひとりの人間が生きてゆくのに2個の芋が必要だったとしよう。話をごく単純化することを許されたいが、このとき、ひとりの人間が一日頑張って掘り出せる芋が2個だったとすれば、労働の成果と労働力の維持再生コストは等しい。ヒトの群れの個々の構成員は誰しも等しく自分が生き延びるための芋を掘ることだけに熱中していたことだろう。

 だが、例えば木の枝や動物の骨といった道具を使うことを覚え、もっと効率的に芋を掘ることができるようになれば、一日に3個の芋を掘り出せるようになる。一方で人間の命を維持再生するのに必要な芋は2個のままだから、残る1個は食べずに取り置いておくことができるだろう。つまり生産力が上がることにより、同じ労働で以前より1本多い3本の芋=価値を生み出せるようになった一方で、その労働を可能にする労働力の価値つまり労働力を維持するコストは芋2本のまま、ここが剰余価値のからくりを理解する勘所なのだ。

 このとき、10人の人間の群れは1日に30個の芋を生産できるが、群れが生き延びるためには20個の芋があれば足りる。ということは例えば7人が芋掘りに従事して21本の芋を生産することで、残る3人は芋を掘らず別のことをして暮らすことが可能になるということだ。最初は呪術師やシャーマン、あるいは用心棒などの専門職がこの特権に預かったかもしれないが、後にはこれが奴隷制という生産システムにつながる経済的基盤をなすことになる。つまり、生産力の向上こそが麗しき平等社会を破壊し、今日に至る階級社会に人間社会が分裂する動因となったのだ。

 と、このあたりからは史的唯物論の領域になるのでこのへんにしておくが、要するに生産力は歴史的にどんどん向上して労働は単位時間あたりより多くの価値を生み出せるようになっていく一方、労働力の価値(労働力を維持再生するのに必要なコスト)はそれほど大きくは変化しない。別の言い方をすれば、「労働力」はそれを使用することで元の価値以上の価値を生み出す特異な商品ということなのだ。そして、この「投入した労働力の価値以上に生じる価値」のことをマルクスは「剰余価値」と呼んだ。

 そこで次の問題は、この剰余価値を誰が手にするかだ。封建時代には封建領主や武士が土地の支配を拠り所として、それを耕す農民から年貢という形で剰余価値を吸い上げた。そして資本主義では、工場や店舗や工作機械等を所有し、原料を購入し、そして人を雇うのに金を出した(資本を投下したと言い換えてもいい)という理由で「正当」にその工場や店舗の売り上げを手に入れており、実はその中にこっそり剰余価値も含んでいるのである。アダム・スミスらが市場のうまい取引で生まれると思っていた利潤は、実は生産過程ですでに労働による剰余価値として生まれていたのだ。市場はそれを実現する場に過ぎない。これがマルクスが解き明かした資本主義の秘密である。

 バーガーショップで働くA子は今日も、自分の1時間分の労働の価値はこの100円バーガー9個分だと思ったかもしれない。だが違うのだ。現在の平均的な労働生産性なら恐らく、A子の労働には1時間に50個のバーガーを作って提供できる生産力がある。しかし支払われているのはA子の労働力を維持再生するコストだけであり、それがバーガー9個分に過ぎないということなのだ。残りは資本家がポケットに入れているのだが、気のいいA子にそれは見えない仕掛けになっている。これが資本主義の本当の姿なのだ。

 実際には、価値を生み出す労働は商品生産に関わるものだけであり、医療や教育などサービス業や多くの公務は新たな価値を生まないから、これに必要なコストは商品生産労働の剰余価値から控除する必要があるし、地代や利子など別に考えるべきコストももちろんあるのだけれど、これらを説明しだすと複雑になりすぎるので簡略に描いたが(もちろん『資本論』はこれらについても緻密で完璧な論理構成で解明している)、資本が増殖する秘密がこの見えない剰余価値にあることは概略説明できたのではないかと思う。

 ということで、冒頭のNHK・BS1スペシャル『欲望の資本主義2018』が取り上げた現代資本主義の混迷に戻るが、マルクスの学説に導かれ曇りない目で見れば問題の構造と原因は極めて明瞭なのであって、従って解決法も至ってシンプルなものだ。資本主義の問題は端的にいって1%の資本家と99%を占める労働者との利害の対立にある。双方の格差が最近天文学的に拡大したのは、ケインズらが資本主義の延命装置として導入した格差調整策さえ、ネオリベが唱える規制緩和の掛け声で、レーガン、サッチャー、小泉ら資本主義の政治的代官どもが捨て去ってしまったからだ。

 解決するにはどうするか。簡単だ。本来労働者が取るべき分を資本から取り戻せばいいのだ。ではどうすれば取り戻せるか。これも簡単で仕事をしなければいいのだ。もちろん一人がサボってクビになってはつまらないから、みんなで一斉にサボる。赤信号だって「みんなで渡れば怖くない」というではないか。蛇足ながらこれをストライキといい、もちろん合法である。いくら威張っても資本家は労働力がなければたちまち干上がってしまうが、労働者は資本家がいなくたって何も困らない。いま非正規など就業形態が不安定になり、働く人々の収入が減り、生活が苦しくなるのは、要するにその当事者が団結して戦わないからだ。労働者の強力な武器であるストライキが打たれなくなって久しい。武装解除した労働者ほど他愛なく扱いやすい相手はない。ということでいま、世の資本家どもはとことん労働者を舐めきって、強欲の限りを尽くしているわけだ。

 以上のように問題の本質も解決方法も非常に簡単である。だがだからこそ、こんな簡単なことに労働者が気づかないよう資本の側は全力を尽くしている。例えば、労働者の暮らしが苦しいのは移民が仕事を奪うからだと思わせる。生活保護や障害者福祉で一部が優遇されその煽りで自分たちは疎外されていると思わせる手もある。生活苦や閉塞感から鬱々とした苛立ちが起き上がってくるとみれば、それが資本の側に向かないよう愛国心を煽り嫌韓反中のヘイト感情を燃え上がらせてガス抜きするという手も使う。労働者の大軍を形成する可能性がある基幹産業の労働組合の幹部は買収し出世もさせて資本の手先にする。メディアも買収し、酒席での相撲取りの暴行とか、タレントの不倫とか、低俗なお笑いとか、総じて愚にもつかないことばかり報じて労働者が変に賢くならないようにする。もちろん、マルクスは古く誤っていることにするか、そもそもいなかったことにする。

 さてそろそろ結論だ。欧米で仕事を失う恐怖に駆られて移民を忌避しようとする人々には、寛容を説くのではなくあの自民党の女性代議士ではないが、「違うだろお!」と言うべきではないか。敵を見誤ってはいけない。「敵は本能寺にあり」ではないが、資本主義経済の剰余価値の秘密に潜んで労働に寄生する資本家たちこそが真の敵、国籍を問わず労働者の敵なのだ。ヘイトスピーチをがなり立てる連中はもっと程度が低いので同じ事を言っても通じないかもしれないが、対立を煽ってトクをする資本に踊らされているだけとわかれば目が覚めるかも知れない。いずれにせよ、人々の現在の生活苦や閉塞感は国籍などと関係なく、ただ欲望が肥大化した資本の凶暴な振る舞いの産物であることを知るべきだ。これを正すためのスローガンはひとつしかない。最後にマルクスのその言葉を引用してこのコラムを閉じようと思う。

         万国の労働者団結せよ!



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 さて久しぶりに病気の話。病状が進み、呼吸機能がますます落ちて、短い距離を歩くのも大変になってきた。そろそろゴールが近いことを実感する。

 いま命が終わることをゴールと書いたが、これは偽りない正直な感覚だ。命が終わることはただ自然なだけであって、たとえこれが自分に関わることであったとしても特にそれ以外の感慨が湧くことはない。寝床で天井を見上げて過ごす時間が増えてきて、折にその時のことを考えたり想像してみようとしてみたりもするのだけれど、世に言うような恐れといったものは全く感じない。まあ、これはたぶん自分が唯物論者であるからだろうと思うが、もしかしたら世の平均的な人々に比べ想像力が不足しているせいかもしれないし、恐怖を感じる感情が欠落しているせいかもしれない。いずれにせよ、命が終わることがなぜ怖いのかが全然理解できないのだ。ただ、それがゴールという感覚だけは明確にある。

 自分は自分の人生という長距離走を走っている。路上に他の走者はいない。走っているのは自分ひとりだけだ。だからこのレースに勝敗はない。そしていまは、長いあいだ無事走り続けてゴールとなる陸上競技場が見えてきたところだ。競技場にまっすぐ伸びる進入路が白く光ってくっきりと見える。そこを走り抜ければまもなく、トラックに続くゲートをくぐるだろう。これまでの緊張がやや薄れ、あと少しでゴールできそうだという少し安堵した気持ちが湧いてくる。

 自分の場合、自宅では呼吸不全の対応が難しいので、その時は病院で迎える事になるだろう。ただ、そこまで病状が悪化したとなると入院してもできることは限られている。きちんと確認したわけではないが、呼吸不全に伴う著しい苦痛に対処するためモルヒネが投与されるはずだ。というか、命が尽きるのは全然かまわないが、それまで苦しむのは絶対に嫌なので、そのように対処してくださるよう緩和ケアの担当医師に重々お願いもしている。ということで、ケアがこのような段階となれば恐らく傾眠状態となって意識が薄れ、周囲とのコミュニケーションも困難になるのではないかと思う。

 ここで自分が思い浮かべるのは、いよいよ陸上競技場のトラックに走り込んだ自分の姿だ。白いテープを張り渡したゴールはしっかりと見えている。残すはそこまでトラックを1周と少し、ざっと500mほどのビクトリーランだけだ。一人だけのレースでビクトリーもなさそうなものだが、他者とのコミュニケーションが成立しなくなった状態の自分はきっと、緩和ケアの助けを借りて苦しむこともなく、ゆっくりとしたペースでひとり、最期のビクトリーランを楽しんでいることだろう。

 さて、しかしそれまではまだ痰や咳との戦いが続く。肺の機能が落ちた中での咳は本当に苦しい。「息切れ」なんてなまやさしいものではない。ひどい時はあまりの苦しさに気絶しそうになるほどだ。だが、これとも戦い続ける中で、やや苦しさを緩和できる方法を見出してきた。もしかすると同じような咳に苦しむ人や緩和ケアに携わる医療者の役に立つかも知れないので、自分が編み出してきた咳への対処法を書き遺してしておこうと思う。

*咳は痰を出すために励起される。苦しいのは、痰がきれるまで咳が続き、その間、満足に呼吸ができないからだ。特に肺機能が低下した患者の場合、この苦しみは著しく大きい。

*痰をなくすことは不可能だから、咳を完全にストップすることはむつかしいが、できるだけ少なくしたい。そのためには、痰が切れるかどうかわからない状態でひっきりなしに励起してくる咳が勝手に暴れるのを食い止めることだ。咳だけして痰が切れなければ、苦しみだけを繰り返すことになってしまう。

*そのために、咳が励起してくる兆候を感知したら、とにかくこれを抑え込む対策を取る。喉がガラガラしてくるのを抑えるということだが、そのため自分はのど飴、こんにゃくゼリー、氷、冷水、ホットレモン、のどスプレーなどを試してきた。いずれも有効で好みのものを状況に応じて使い分ければ良いと思うが、いろいろ試してきて自分が今一番効果が高いと感じているのは氷またはアイスクリームだ。これでガラガラする程度の喉はなだめることができる。

*さらに進んで小さく咳が噴き出してくるようになっても、まだこの段階では痰が切れる確証はないので咳を許さない。その方法はなんというか、もう、全身の筋力を動員して咳を抑え込むって感じだ。とにかくギリギリいっぱい、もう我慢ができないというところまで咳を止める。止めることができたら、すかさず氷なりこんにゃくゼリーなりで興奮した喉をなだめる。全身の筋肉が凝り固まるが、とにかくギリギリいっぱいになるまで咳の回数を減らすことが最優先だ。

*それでももう咳が避けられなくなった段階。こうなれば少ない咳で痰を排出できる可能性が高いので、これを感知したら、まず酸素を最大流量に上げてSpO2を最高度にあげ臨戦態勢を整える。自分の場合は最大流量にしたうえでパイプからカニューラを外し、パイプについた連結器を口に入れて直接酸素を気管に取り込むようにしている。こうして込み上げてくる咳を迎え撃ち痰を出すのだ。

*かくして咳がやってくる、しかしそれでも咳が勝手に暴れるのを許しはしない。この段階でも必死に抵抗して咳は3回以上は続けさせず、途中で無理やり呼吸を挟む。必死の努力で呼吸を続けるのだ。気絶するほど苦しいのは咳が続く一方で酸素が補給されずSpO2が下がりきってしまうからだ。咳き込んでいる途中でも呼吸を意識し、少しでも酸素を補給できれば、その分だけ苦痛を軽くすることができる。

*いずれ咳が避けられないと判断したときは、吸入器を使う手もある。寝る前など、きちんと痰を切っておきたい時は、前述のような万全の態勢を整えた上で吸入器を使い、咳をこちらから呼び出して対応することもある。しかし、肺の中をすっかりクリーンにしようと吸入器に頼りすぎると、次々に咳が励起され止まらなくなって難儀したことがあるので、せいぜい2回痰を排除する程度で止めている。

  以上、少しでも同じ症状で苦しむ人のヒントになればうれしい。

 が、まあ、いずれこんな対応でもどうにもならなくなる時が来るだろう。それが入院のタイミングであり、先の例えで言えば競技場のトラックでのビクトリーラン開始の合図だ。今はただ、それまでの日々が、できるだけ平穏であることだけを願っている。


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 NHKの大河ドラマ『西郷どん』、前回このコラムで気の早い評価は慎んだが、第二話を観てやはりこれはダメだと思った。原作を読んでいないので判断がつかないが、その林真里の原作がダメなのか、それとも中園ミホの脚本がダメなのか(恐らく原作がダメなんだろうな)、いずれにせよこの調子では時代劇と称するも拘らず時代というものが全く描けないし、西郷の複雑な人物キャラクターも描けない。かくして出現するのは単に幕末から明治にかけての激動のエピソードを適当につまみ食いしつつ、人気俳優に時代の衣装をまとわせただけの安手のドラマというのが精一杯のところだろう。

 ダメなところは目白押しで指摘するのに不自由はしないのだが、なんといっても若き西郷が藩主島津斉興の国家老に年貢の徴収方法を改めるよう直接意見するシーンにはぶったまげた。薩摩藩は77万石から90万石で、加賀百万石に次ぐ天下の大藩であると同時に、人口に占める武士の比率が異様に大きく、それが武士階層内での大きな上下格差と厳格な格式や差別をうむとともに、全国的に見てもことさら苛烈な農民支配を必然化していた。

 西郷はその武士階層中、下から二番目にあたるほぼ最下層出身の軽輩である。ドラマでは、その西郷が少年時代に次期藩主の最右翼である島津斉彬に二度も直接話を交わすなど、まあ漫画になる寸前のエピソードもあるのだが、これは偶発的な出来事であることからまあフィクションとしてギリギリ許せるとしても、長じて今で言えば農政事務所のアルバイト程度ながら薩摩武士官僚集団の末端に列し武士としてスタートしたばかりの西郷が、天上人に等しい家老職に人も介さずのこのこ出かけて行って直接モノを言うなど、どんなに妥協しても有り得ない話で、リアリティを損なうにも程がある。

 結果として叶わなかったが、血筋から言えば最有力の世子(後継)である島津斉彬の江戸出仕の際に直接意見しようとするのも同じレベルの仰天エピソードだ。薩摩藩ではそもそも西郷などの身分では登城すら許されなかった。同藩に限らず江戸封建時代を支えた主柱のひとつはこの厳格な身分制度であり、そのあたりを丁寧に描かねば「時代」劇になどなりようがない。ついでながら、先の出仕のシーンで斉彬が馬に乗っているのも異様である。必ずしも駕籠にすれば安全というわけではないが、ひとり馬上で無防備な姿を晒し歩くなど鉄砲や弓の格好の的になるようなものであって身分の高い武士には有り得ない。

 さらに気になるのは西郷が郡方書役助として務め始めた際の上司像だ。人口に膾炙(かいしゃ)するというか、世の西郷伝の多くはこの際に西郷が従った迫田太次右衛門の地を這うような仕事ぶりとその経世済民の思想に西郷は大きな影響を受けたとしている。迫田は気骨のある人物だったようで、風水害による農村の疲弊を顧みず徴税の強化を求める藩庁の指示に怒り地方巡視を中断、鹿児島城下に戻って役所の門に狂歌のような一文を大書して抗議したエピソードが伝えられている。また、こうした反骨ぶりから後には辞職に至ったともいう。

 NHK西郷は新解釈というか、この上司を農民から賄賂を取るような輩にして、その賄賂を西郷に奪われても文句ひとつ言わない暗愚凡庸の夫として描いている。そして西郷の民衆の味方としての覚醒はただ、貧困から身売りを強要されるひとりの少女との出会いに収斂される構造なのだ。だが、こうした設定であれば、同様の境遇の少女はドラマのシーンの他にも大勢いたはずではないか。西郷はいかなる理由かは分からないが、それらは見捨てたということになる。つまり史実を無視して女性絡みの美談仕立てにする展開に無理があるのだ、浅はかというほかはない。これでは西郷という人物の陰影の深さを描くことは決してできない。

 さて、他にもダメなところは多々あるのだが、まあ、もうこれ以上言っても虚しいだけなのでこのへんにしておく。ただ、宿題として残ったままのわが西郷論について、もう詳しく書く体力も気力もないので、ひとことで結論だけ述べておこうと思う。といった次第で論証もせず乱暴な決めつけになってしまうが、自分に言わせれば西郷隆盛は要するに空想的社会主義者だったというのが自分の結論だ。

 最下層の武士階級に生まれてその辛酸をなめ尽くし、さらにその武士に虐げられる農民や奄美離島の貧しい民衆と長く近しく接して義侠に満ちた世界観を確立した西郷は、開明的な君主島津斉彬の抜擢を得て活躍の場を与えられ、徹底した四民平等の水平社会を夢想して国のかたちを変える革命に挑んだのだ。だが、明治維新の結果立ち現れたのは、武士に代わって資本が民衆を支配する新たな階級社会だった。そうした意味で、明治維新は西郷にとり「裏切られた革命」にほかならない。だが、西南戦争がそれを正す第二の革命であったかどうか、その評価はむつかしいところだ。仮に西郷にその意図があったにしても、この内乱には食い詰めた氏族の不満など様々な要素が混入しており、その意図が生かされたとは思えない。

 このところ「社会主義」はやたら評判が悪いが、その本質は西郷がめざした貧民の解放、身分や出身階層を問わず幸せに暮らせる平等社会の実現にあるのであって、それ自体なんら非難さるべきものではない。空想的社会主義といえばもうひとり、北一輝の名を上げずばなるまい。北一輝は2・26事件の首謀者として処刑されたある種天才的な思想家だが、自らを公然と社会主義者と呼んで顧みるところはなかった。まあ、ヒットラーだって自分を国家社会主義者だと言っていたのだから、それに近いと言えなくもないが、まあこれについては今はおく。北は西郷が夢想した四民平等の世界を、資本主義的西欧世界に対峙する地域としての東アジア全域に広げて夢想した。

 北一輝の平等観は西郷より徹底していて、天皇という例外すら認めなかった。北はいま自称愛国者の右翼バカどもが天まで持ち上げてありがたがる教育勅語を正面から否定し、その教育勅語が忠誠を求める天皇など「土人部落の土偶」に過ぎないと喝破して憚るところはなかった。あの狂信的天皇教がこの国を支配していた時代の話である。2.26事件が歴史に果たした役割は軍国主義ファシズムへの扉を最終的に開いたことだとされる。だがこれに参加したテロリストたちのなかには疲弊する農村の子弟が多く含まれており、彼らが北の唱える壮大で徹底的な空想的社会主義の夢に酔い動かされた心情はわからなくもない。

 そうした西郷や北一輝の心情自体は、カール・マルクスを始原とし日本共産党などが受け継ぐ科学的社会主義と結構親和性の高いものであると思う。ま、共産党にしてみればこれら内乱の首魁やクーデターを主導したテロリストと一緒にされるのは迷惑だろうが、客観的に見ればそうした面は否定しがたいのではないだろうか。翻ってみれば、米国で若者を中心にサンダース現象という政治的ムーブメントを引き起こしたバーニー・サンダースも自らを民主社会主義者と定義している。現代の資本主義が抱える深刻な問題を克服できる世界をまじめに考えるなら、素朴な空想レベルから本格的な理論レベルまで、社会主義は重要な選択肢の一つとして常にあるのだ。

 ということで、えらく端折ることになったが、西郷隆盛の評価は、社会主義という物差しで測ったとき初めてその実像が見えてくるというのが自分の見解なのである。